小説 | ナノ
○○しないと出られない部屋

目を開けるとそこは現実から切り離されたかのように、まるで生きているにおいのしない静かな部屋の中だった。
真っ白な壁に蛍光灯の光が反射して眩しい。
トキは思わず目を細める。
恐ろしいほどに無機質な部屋の中、どこを見たら良いのか分からなくてキョロキョロと辺りを見渡す。
すると、色のない空間の中に紛れるくらい明るい金色が目に入った。

「…で、これはどういう状況なワケ?」

見覚えがある後ろ姿を見ながら、ぼそりと呟いた声に返事はない。
こういう訳がわからない状況に陥る時の往々にして主な原因は目の前にいる人物なのだが、ターゲットであろうトキを放置して自分はえらく呑気なものである。
しばらくこちらに背を向けて寝こけている様子を眺めていたが、まったく動く気配がない。
かろうじて浅くゆっくりと肩が動いているから死んでいるということはなさそうだが、どちらにしても手がかりはそこにしかない。
ため息をつきながらそろそろと近づき、ポンポンと軽く腕を叩く。

「ねェ、起きて」

相手は身動ぎはしたものの目を覚ます気配はない。

「…ちょっと、起きてってば!」

焦れたトキはやや乱暴に肩を揺さぶる。
すると、ようやく相手は喉から絞り出すような恨みがましい声とともにのそりと上半身を起こした。

「…トキ?おはよう」
「あぁ、オハヨ…じゃなくて説明して」

距離を取って座り、床を2.3度叩くと何を言っているんだとでも言いたげな表情をしたルンバの人、もとい絆創膏に思わず眉根が寄る。

「この部屋なんなの?アンタご自慢の家具作る部屋?ていうか、どうでもいいから早く出してヨ」

あからさまに機嫌の悪そうなトキを見て絆創膏は首を傾げる。

「さぁ?俺にも何がなんだか。こんな部屋知らないですよ」

これだけ真っ白だと家具作りには適しませんね、などと検討違いの返答にこめかみがズキズキと傷んだ。
いつもと変わらぬのんびりとした口調はトキとは違い焦った様子はない。

「…マジ?アンタ以外に誰がこんな酔狂なコト…」

『おはようございます。お二人ともお目覚めになられたのですね。詳しくは私から説明させて頂きます』

突然部屋に響いた感情の読み取れない平坦な声。
スピーカーなどの音響機器を使ってというより部屋の全方向から蔓延するように響く謎の声はこの部屋の異質さをより一層際立たせた。
どこから聞こえてくるのか分からないぐわんぐわんと回る音に平衡感覚が失われそうになる。
トキが目の前にいる絆創膏を見やると薄くではあるが眉間に皺が寄っていた。
どうやら彼もこの状況を把握出来ていないようだ。
元凶であったと信じていた人物ですら何も把握出来ていない状況にトキの背中にぞわりとしたものが駆け抜けていった。

『この部屋を出るための条件は今から出す課題に必ず"お二人"でクリアすることです』

至極当たり前かのような語り口調にため息をつく。
どこの誰だかは知らないが随分勝手なことを言う。

『制限時間は2時間とします。クリア出来なければこの場でお二人とも死んで頂きます』

「ハァ!?」

あまりにも突拍子のない言葉に思わず声を荒げ、腰を上げたトキをちらりと見ながらゆったりとした口調は崩さずに絆創膏は

「2時間でクリアすればいいんでしょう?なら、問題ないですよ」

と言ってみせた。
どこからその自信が出てくるのかと呆れた顔をしたトキをまぁまぁと宥める。

「そうかもしれないケド、なんでそんな余裕なんだヨ…」

納得がいかないトキとこんな状況に慣れているのかとでも聞きたくなるほどやけに落ち着いている絆創膏には触れず謎の声は続ける。

「あなた方に与える課題は、愛し合うこと、です。どんな方法で示して頂いても構いません。それでは、私からは以上です。健闘を祈ります」

愛をというわりにはまるで心の籠っていない無慈悲な言葉に二人は沈黙した。
ああ、それはなんと酷なことを。
響き回る声が消えたかと思えばどこからかカチカチと時を刻む音がする。
知らずのうちに俯いていた顔を上げ最初の時のようにトキは辺りを再度見渡してみた。
出口になりそうな扉はあるが抉じ開ける道具などはない。
立ち上がりドアノブに手をかけ回し、押したり引いたりしてみたがまったく動かない。
それならばスライドさせようと力を込めたところで背後から声がかかる。

「さすがに無理じゃないですかね。君力ないですし」
「ひっど…じゃあ、アンタやってみればァ?」

不満そうなトキを下がらせ、代わりに絆創膏が立ち上がりドアとの距離を詰めノブに手をかける。
ガチャと確かに鍵のかかっている音がした。
ぱっと見ただけではわからなかったが抉じ開けることも突き破ることも出来そうにないほど重い。
殺すなどとのたまうだけのことはあるということか。

「…駄目ですね」
「いや、諦めるの早すぎデショ…」

もう少し頑張ってみてヨとかかる声を無視してそばの壁にずるずると座り込む。

「愛し合う、とは難しい…」
「大前提として俺とアンタじゃ成立しないってば」
「愛でるなら出来るんですけど」
「家具にするのは一般的には愛でてるとは言わネェから」

いつものような軽口を叩き合うが、見慣れない風景に確実に時を進める音。
どうしたってまるで日常とは交わらない状況にトキは何回目かわからないため息をつく。

「そもそも愛し合うって抽象的過ぎデショ…」
「人間同士で愛し合うって具体的にはどんなことをするんですか?」
「はァ?」
「俺にはよく分かりません。愛でるなら出来ますけど、君はお気に召さないようですし」

唐突に投げられた質問に目を見張る。そんなトキを横目で見ながら絆創膏は続ける。

「どんな方法でもと言っていた訳ですから向こうにそう見えればいいんでしょう。なら、目に見えることをする方が適用するんじゃないですか?」
「目に見えるって…死にたくないんだけど」
「俺はそれ以外愛すということがわかりませんので、旦那さんを愛してる君に愛し合い方を教えてもらえたら解決方法も見つかるかと」

絆創膏からしてみればあくまで出る方法を問うているのだが、トキの顔はどんどん険しくなる。
何かおかしなことを言っただろうかと首をひねって考えてみたけれど答えは出なかった。

「アンタ、わかって言ってる?その、具体的に愛し合うとか、そういう」

思ったことをズバズバと切るように喋るトキには珍しく目線を泳がせ言葉は途切れ途切れに紡がれる。

「君が愛されてると感じることなどを俺がすればいいとは思ってます」

家具になれば感じて頂けると思うんですがと言えば、ならネェって言ってるだろとイラついた声で吐かれた。

「目に見える良い方法だと思うんですが」
「それ俺どうやったって愛せないからネ」

愛し合うってそうじゃないからと偉そうに言う割に答えは出てこない。いつまでも終わりそうにないやり取りに口を閉ざし、やけに鮮明な頭で考える。
朱織は、あおたは、他の人間たちはどうだっただろうか。
人間が人間を相手にする時どういうことをしていたかを思い出す。
特定の相手を持つ人間たちがしていたこと、ああそういえば通学途中にもそんなような奴等がいたような気がする。
家具にする前にお願いされてしたことはあるが、その時のそれは愛情とはかけ離れたものだった。
つまりは、そういうことだろうか?

「トキ…ちょっとこちらへ」

やらずにいるよりは何かすべきだろうと名前を呼び手招きすると、警戒しているのかビクッと身体が跳ねた。

「…急になンなの」

恐る恐る近づいてくる様子をじぃーっと眺めたあと自分の隣に座るよう目をやる。
静かに腰を下ろしたのを確認して、視線を上げればつくづくこの男は良いパーツを持っているなと思う。
そろりと手を伸ばせば信じられないとでも言いたげに目を見開いて後ずさる。

「え?本気?」
「ここを出るのと俺と死ぬのどっちがいいですか?」

分かりきったことを問えば、言い返す気力もないのかパクパクと音もなく口を開閉させ、そのまま閉ざされた。

「出るまでですから我慢しなさい」

膝を抱えて座り直したトキとの少し空いた距離をずずっと詰めれば視界の端で拳が握られるのが見えた。

「俺のことを旦那だとでも思えばいいんじゃないですか」

生きるか死ぬかだというのにこんな生娘のような反応をするとは。
絆創膏が仕方なく出した提案に黙って頷きぎゅっと目を瞑るのを見て、小刻みに震える拳にそっと右手を重ねる。
それがさらに縮こまったのを手のひらで感じながら全体の距離を近づけた。
早くしなければ。自分とて長引かせたい訳ではない。
目の前にいるのはまだ家具ではないし愛するルンバでもないのだから。
やけに部屋にうるさく響くカチカチとした音に急かされている気がした。
左手を顔のすぐ横の壁につき足は抱えられた膝を囲うように回したら、あと数pの距離。
肉が薄いせいかはたまた緊張しているのか密着させた身体はひんやりとしている。

「ねェ、やるなら早く…」

微かに震える瞼が開けられるのとほぼ同時に口を塞ぐ。
身体とは違い熱さを宿した唇から言葉は紡がれることなく、んっと鼻から抜けるような声がした。
触れた瞬間は僅かに見開かれた目が今度はきゅっときつく閉じられる。
力が込められた全身を解すように右手は握られた拳に浮き出た骨をなぞるように優しく撫で、壁についた左手は首筋に滑らせた。
輪郭を確かめるようにするすると指を這わせればくすぐったいのか逃げるように身を捩った。
絆創膏の身体で閉じ込められた狭い空間の中で緩く背が反らされる。

「んんっ…」

浮いた肩を押さえ付け、口付けを深くすればくぐもった声がした。
角度を変えて何度も食べるように唇を合わせて舌を差し入れ、引っ込んでいた熱い舌を捕まえる。
悪くないと絆創膏は頭の片隅でぼんやりと思う。
家具にする頃には冷えきっていて熱さなど感じない。
新しい発見に興味が沸いてきた。
そういえば家具にする奴等にお願いされた時には唇同士を合わせるなんてことはしていない。
唇を使用したくなるほどの魅力ある家具は今までいなかったからだ。
これは何かのアクセントにでも使えるだろうかと考えていると

「んーっ!!んっ、あ、ちょっ」

言葉になりきらない声を上げて制止するよう涙を溜めた薄く開かれた目で訴えられた。
初めての感覚に加減が分からない。
唇を離せば二人の間でちゅっと水音がする。

「…愛し合えてます?」
「や、やり過ぎ、デショ…」

肩を上下させるほどにすっかり息が上がり頬を染めたトキを見ながら、珍しいものを見たと思う。
青ざめた表情や嫌悪する表情は何度でも見てきたが、こんな表情も出来るのか。

「ほら、今あなたの好きな赤色に染まってますよ」

このままの状態で保存出来たら良いオブジェとなりそうだ。飾っておきたい。

「ムカつく…っ」

呼吸を整えながら絞り出すように吐かれた言葉に、はいはいと適当に流し扉を見る。

「…これくらいじゃ開かないんですね」
「ハァ!?足りないって言うのォ!?」
「みたいですね。続きしますか」

さも当たり前かのように距離を詰める絆創膏に慌てて緩く拘束されていた手を外しバッと唇を隠す。

「そこじゃなくても触れることは出来るんですけど」

こぼれ落ちそうになる涙を舐めとればびくびくと反応する。

「愛し合わないと出れないんですよ。わかってます?」
「わかっ、てるケドォ…」

身体はこれだけ素直だというのに、口ではまだ抵抗を続けるらしい。
ため息をつけば、びくんと大きく震えてじわりと涙を溜めた。
普段のつり上がった目が嘘のように目尻が下がっている。

「なら、協力してください」

自分だってここで死ぬ気はない。まだ家具を完成させていないし、先ほど得た発見を実現させなくてはならないのだから。
促すように視線をやれば、おずおずと服の袖を握られる。
弱い力ではあるが、ぐいっと引っ張られる感覚に身を任せ顔を近づける。
腰に腕を回し頬に手を添えれば遠慮がちに背中にしがみついてきた。
カチッとどこからか鍵の外れる音がする。
愛し合うとは存外簡単なものだなとあっけない終わりを感じていたら回された手の力が抜けたのを感じたが、構わず唇を合わせてみた。

「っ!…なっ、あ」

音はトキにも聞こえていたのだろう。終わりだと思った矢先重ねられた唇に戸惑っているようだった。
酸素を奪うように深く深く求めてみれば、控えめに舌が差し出された。
自身の舌と絡めてみれば背中にぎゅっと力が込められる。
両耳を塞いでわざと音を立てるように唾液を流し込めば、ガクガクと震えながら喉が上下した。
咥内を探るように舌でなぞれば鼻から熱っぽく息が抜ける。
良いところに当たったのか、すがり付くように力が込められた。

「ぁ、…んぅ…」

蕩けたような表情に変わったのを見て、絆創膏はそっと唇を離した。
舌を繋ぐように銀色の糸が垂らされる。

「さて、出ましょうか」

長い口付けによりぽってりと腫れた唇をそっと撫でる。
こくりと頷いたのを見て立ち上がると腰が抜けたのかトキは床に手をついたまま動かない。

「早く出ないとまた閉じ込められたら困るでしょう?」

「それともここで続きしますか?」

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