小説 | ナノ
君を守る赤色

赤いベッドカバーに赤いカーテン、テーブルもゴミ箱も電子ケトルも何もかもが赤い。
時計や座布団代わりの四角いクッションなどあらゆるものが赤で埋め尽くされた部屋の中に気に食わない違和感のある絆創膏の金髪。
端から見れば異様な、トキにしてみれば楽園とも呼べる赤い空間の中にある眩しい金色は明らかに浮いている。

「ねェ…いつまでいるつもり?」

トキは頬杖をつきながらキョロキョロと部屋を見回している金髪に声をかける。
彼が来た時に淹れた紅茶はすっかり冷めてしまっていた。

「本当にどこからどこまでも赤ですね。いつ来ても落ち着かないです」
「じゃあ、さっさと出てけばァ?」

勝手に着いてきて上がったのそっちデショとそばにあったクッションを投げつける。
絆創膏が難なく片手で受け止めると中にビーズの詰まった柔らかいそれはぐにゃりと形を変えた。
連動するように顔を歪めたトキは面白くなさそうにテーブルに突っ伏す。

「たまには良いじゃないですか」
「最近その頻度が上がって、全然たまにじゃないんだけど」

するするとビーズが手にまとわりついてくる気持ち良いような気持ち悪いようなよくわからないクッションはトキの後ろにあるベッドに放り投げられる。

講義が重なる金曜日。
最近では毎週のように一緒に講義受け、終わるなりバイトへ向かうトキの隣には当たり前のように絆創膏が立っていた。
あおたは遠慮がちに「なにかあったら言ってね?」と声をかけてくれてはいるが、
そばにいる以外に何もしてこないので助けをどう呼べば良いのかわからないのが現状である。
バイトが終わる頃を見計らって迎えに来たり、家の前で待っていたりする甲斐甲斐しさは実に気味が悪いのだが、
友人の友人を無下にしていいのかと悩んだ末、とりあえずは好きにさせてしまっている。
元から何を考えているかわからない男だったがここ最近は拍車がかかっているように思う。
家具にしたいなどと言い出すことがなければ今の距離は仲の良い友人としてくらいには捉えることも出来るのに、
出会いが酷すぎたなと寝ている彼を起こそうとして殴られたことを思い出した。

「… なに?なんなの、見ないでヨ」

トキが思考を巡らせている間にじーっと食い入るように見つめていた絆創膏の視線をバッと手で遮る。

「いつ見ても君は綺麗ですよね」
「え、待ってなんで口説き始めたの?大丈夫?帰ったら?」
「知ってましたけどつれないですね、本当」

シッシッとめんどくさそうに手を振るトキから目を反らす。
絆創膏がそれを適当に流しつつベッドへ移動すると、トキはあからさまに嫌そうに眉をひそめる。

「ちょっと…まさか今日も泊まるワケ?」
「そのつもりですが。なにか?」
「なにか?ってなんでそんな当たり前でしょ?みたいに言ってンのォ!?」

服の裾をぐいぐいと引っ張り絆創膏を引きずり下ろそうとするトキに対し首を傾げると悲鳴のような声が上がった。

「そこ俺のベッドですけど!」
「知ってます」
「そうじゃなくて!帰、…っ!?」

抗議するうるさい口に手のひらを押し付ける。
トキが逃れるように後ろに身を引くとガタッと音がした。
すぐそばにあるテーブルに腕をぶつけたらしい。

「寝るなら先にシャワー浴びて…」
「着替えないんですけど」
「泊まる気だったなら持ってこいヨォ!俺の服着れるデショ!それ着て!」

なんだかんだ文句を言いつつ毎回折れるトキの頭をさらりと撫でるとまたガタッと音がした。
テーブル移動させればいいのにと腕をさすっているトキを見て絆創膏は思ったが、特に言う気にもならずそのままにしておく。
仕方なくベッドから降りて慣れたように風呂場へ向かう途中で振り向けば悪態をつきながら小さな箪笥に手をかけている姿が見える。
くすりと小さく笑みを浮かべてシャツのボタンに手をかけた。




簡単にシャワーを浴びた後バタンと音を立てて扉を開けると目の前のカゴにはバスタオルと紺色のジャージが置いてあった。
トキには少し大きいくらいであろうそのジャージは絆創膏にはやや窮屈だったので、仕方がないと下だけ履いて上着は裸の上に羽織った。

「シャワーありがとうございました。君もすぐ入りますか?」

タオルで雑に髪を拭きながら声をかけるとテーブルに肘をつき、けだるそうにスマホをいじっていたトキが目線だけちらりとこちらに寄越した。

「ん、ああ…って、え、それ入らない?」
「少し。寝るには窮屈かなと」
「前のは確か洗って帰すって持って帰ったままデショ。ジャージあんまり持ってないからあと俺が着ようと思ってたやつしかないんだけど」
「いいですよ、このままでも」
「うわ、半裸で人のベッドに寝る神経マジでどうなってんのォ・・・」

ため息をつきながらも諦めたのかそばに用意してある着替えを持ってゆっくりと立ち上がる。
そのまま風呂場へ向かったかと思えばすぐに引き返してきて

「寝るならせめて髪乾かしてよネ…」

風邪引いても知らないからと一瞬キッと鋭い視線を送られる。ドライヤーをテーブルに置いてため息をつきながら風呂場へと戻っていった。
赤いテーブルに乗った赤いドライヤーを見て本当にあれは赤いものが好きだなと思う。他に色味がないせいで自分がやたらと浮いているように感じる。
実際間違ってはいないのだけど、それでも少しは見慣れてきたような気がするのは自分だけだろうか。
肩にかけていたジャージを落としてコンセントを探す。
プラグを差し込んでスイッチを押せばブォーッという轟音と共に出る風を頭に向けると少し長めの髪がバサバサと顔にまとわりついてくる。

「んー…これは」

せっかく拭いた顔にビチャビチャと滴がつくのは酷くうっとおしい。
スイッチを切りテーブルの上に置く。

諦めて随分と湿ってしまったタオルで乱暴にがしがしと拭いてみる。

「ちょっと…乾かす気ないデショ」

パシンと軽く頭を叩かれたかと思えば、洗面台に置きっぱなしだった眼鏡をわざわざ置きに戻ってきたらしいトキがすぐそばにいた。

「自分でやるとどうも髪が絡まってしまって」
「バカなの?そうなんでしょ?」
「自然乾燥でも別にいいでしょう」
「良くない。上着てないし風邪引くって」

呆れたようにため息をつき、不健康なくらいに白い手が伸びてきてコンセントに繋いだままのドライヤーを掴む。

「…大人しくしててよネ」

自分が寄りかかっていたベッドに座り、さっきタオルでかき混ぜるように拭いたせいで絡まっているびしょびしょに濡れた髪に指が通される。
丁寧にするすると解いていく細い指。少し伸びた爪は立てないように気を使っているらしい。
スイッチをいれ、思考を遮るように音を立てた赤いドライヤーから発せられる熱風にぐらぐらと頭が煮えるような感じがした。

「やってくれるんですか」
「アンタがやらないなら俺がやるしかないデショ。嫌なら自分でやって」
「俺は別に。このままでも」
「それは許さないって言ってるでしょうが」

またバシンと叩かれる。今度は先ほどより大きな音がした。

「・・・眠たくなりますね、これ」
「いいヨ。そのまま床で寝て」

触れる指はこんなに優しいのにつれないことを言う。

「ていうか、ベッド狭いから一緒に寝たくないんだけど」
「いつものことじゃないですか」
「いつものことがおかしいことだって気付けってばァ!!」

ぐっと頭を押さえ込まれミシミシと食い込むような感覚がする。

「痛いです」
「先にベッドで寝てやがったら本当に怒る」

その台詞を聞くのは何度目だろうか。一番初めに来た時からずっと言われているような気がするけど。
最初に先にベッドで寝ていた時は落とそうとして足蹴にしてきたところを掴んで引き摺りこんだんだったか。
しばらく暴れた後、そのまま腕の中で寝たのには多少驚いたが、翌日本人に聞いたところ「力強すぎて抜け出せなくて腹立って不貞寝した」と言われたのには思わず笑ってしまった。

「君が床で寝るのは頂けませんからね。傷が付いたら困る」
「じゃあ、アンタが床で寝るか帰るかしてヨ」
「嫌です」
「ワガママ・・・」

自分は床で寝る気はないし、トキを床に寝かせるつもりもない。それならば答えは一つしかないだろう。

「・・・客用の布団買うかなァ」
「どこに置くんですか」

大学生の一人暮らしの狭いワンルームのどこにそんなスペースがあるのか。

「アンタが来なければいいだけの話なんだケド?」

恨みがましく吐かれた言葉にそうですねぇ、と適当に相槌を打つ。

「やめる気ないんでショ・・・」
「よくわかりましたね」

はぁーっと大げさにため息をつかれる。よくそんなため息をつくことがあるものだなんて感心してしまう。

「明日のご予定は?」

段々と乾いてきたのか頭が軽くなってきた。さらさらと通る指が気持ち良い。

「買い出し行こうかなって。誰かさんがよく来るせいでいろいろと消費が激しくて」
「へぇ、それは困った人がいたものですね」
「ホントにね!!」

はい、終わり!と音が止み、スイッチの切られたドライヤーがテーブルに置かれる。

「君のは俺が乾かしてあげましょうか」
「何言ってんの?いらないから」

立ち上がり、床で寝ていてネーなんて言いながら今度こそ風呂場へ向かっていった。
手入れくらいさせてもらいたいものだ。
人のことを世話するのは厭わないのに自分のこととなると途端に無頓着になるらしい。頂けない。
足は特に忘れるらしく伸びすぎた爪が食い込み、痛い痛いと言っているのをよく耳にする。
伸びた爪は切らせてもらおう。彼には美しくいてもらわなければならない。

眼鏡をかけて改めて部屋を見れば、赤い部屋にちらほらと目に映る物たち。
じわじわと侵食していってるのを彼は果たして気付いているのだろうか。
洗面台に行けば自分用の歯ブラシがあるし、プレゼントだと言って渡した青いビーズクッションはベッドの上に転がっている。
喉が渇いたなとキッチンに行けばこの間買ってきた青いマグカップがある。

「・・・旦那さんは一体どこにいるんでしょうね」

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