倒 錯わぁる ど

5:相互イレギュラー
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「なんでみおはしおちゃんに手出さないの?」

久々に会ったと思えば余計なことしか口にしないやつだ。にやにやと冷やかすような態度をとっている目の前の男に対して苛立ちを隠すこともなくただ冷やかに見つめ返す。今日は用事があるとかなんとかで一人で学校から帰っていた。そんな時突然絡まれたのであって、別に話したくてこんなやつと話しているわけではない。

「お前の頭の中はそんなことしかないのか」
「いや〜しおちゃんから相談されちゃって〜」
「は?」
「僕ってそんなに魅力ない!?みおくん未だに僕に手出さないんだけど!」

微妙に似ている声真似がむかついたのでいつでも殴れるように拳は握っておく。やまとはわざわざバイクを押してまで隣を歩いている。はやくどこか行けよと思ってもこいつははいそうですかと応じる相手でもないので、気が済むまで喋らせておくことにしよう。

「っていうかさぁ今日だってしおちゃん別のお仕事行ってるかもよ?しおちゃん可愛いんだから今まで相手してたやつだって黙ってないんじゃない?」
「それはない」
「しおちゃんにもうその気がなくても襲われる可能性だって無いとは言い切れないし…それにしおちゃん、あれだけ仕事でしてたんだから欲求不満になっててもおかしくないよね。また仕事再開しちゃったらどうするの?」
「だからあり得ないってそんなこと、」
「みおはしおちゃんに好かれてるからそうやって余裕でいられるんだろうけどそんな冷たい態度とってたらいつ愛想尽かされるかわかんないよ、」

ひらりとバイクに跨って「じゃあ俺はこのへんで!」なんか言ってすぐに立ち去ってしまう。ぽつんと言葉だけ残されてもどうすればいいのかわからない。今日は、確か健全なほうのバイトだと言っていたはずだ。うさぎさんと戯れるお仕事だよー、なんて言っていた、気が進まないけれど、少し様子を見に行ったほうがいいのかもしれない。こんなふうに他人の動向を心配してしまうなんて数か月前の自分からしたら想像もできない。それに苛立ちを感じないのだからとことんあいつに感化されてしまったようだ。無意識でゆるむ口元をぱっと手のひらで覆う。繁華街は相も変わらずうじゃうじゃしたウジ虫が犇いていた。その光景を見るだけで吐き気がしても青ざめてしまうが、それを知りもしないウジ虫が勝手に善意の押し売りをしてこられても困る。話しかけられて適当にあしらうのも面倒だ。あいつのバイト先はどこだったかと上を眺めてビルに書いてある店名を確認していく。上を向いていると何度かウジ虫と接触してしまい、その部位から切り落としたい気持ちに駆られた。

「っ、と…これか」

ちゃんとバイト先の店名を教えてもらっていなかったがうさぎのキャラクターが看板にかかれていたので多分ここだろう。吐き気をどうにかこうにか誤魔化しながらビルの中に入っていく。ウジ虫が少なくなってどうにか気分も落ち着いた。大きく深呼吸を繰り返してからビルをエレベーターであがっていく。扉が開くと先ほどのロゴと店名が書いてある扉が目の前に現れた。あまりにもファンシーな雰囲気で入るのにはばかられる。こんなところを大学にいるウジ虫にでも見られたらめんどくさいことになりかねないだろう。ううん、と唸ってメールをしてみることにしたがバイト中にメールを送れる状況ではないだろうから返信は来るはずもなかった。大きくため息をついてドアノブに手をかけて一気に引く。

「いらっしゃいま…」

その声はいつもうるさく耳にしている声と同じだった。途中で言葉が途切れる。俯いているので相手の表情がどうなっているかはわからない。しばらく無言の空間が継続される。おずおずと声を先に発したのは朱織でも僕でもなく他のアルバイトのウジ虫だ。性別は…女だろうか。声質からそうと判断する。

「朱織くん?お客様のご案内まだ…?」
「えっあっ、い、いまするよぉ!」
「…あれ、その人朱織くんの待ち受けにいる…」
「わー!わあああ!それ言っちゃだめだよぉ!」

待ち受け?そんなものチェックしたこともなかった。ウジ虫は確かに待ち受けと言ったけれどもあとで問い詰めてみることにしよう。別に如何わしいようなことは一切なく、ただいつもの私服にエプロンみたいなものをつけているだけだ。一連にはずらっとケージが並んでいてそこにはふわふわもこもこしたウサギが並んでいる。こじんまりとしているが、僕から見ていればウジ虫がうさぎをかわいいと愛でながら触れ合っている異様な光景に映る。机の前に座らせられてウジ虫の店員がいろいろと説明をしてくれた。そのあと朱織がやってきてすとんと目の前に座る。

「…みおくん、どうしてここまで?」
「…別に、」
「何かあったの?」

落ち着いたようでいつもの調子に戻りかけてはいるものの、やはり疑問はあるようでこちらに質問を投げかけてくる。なんと答えるべきか考えてみるが、先ほどやまとと話したことを思い出して少し眉間に皺を寄せてからどうにか声を出してみる。

「…いつか、えーと、その、そういうこと」
「…?」
「だからそれまで、我慢してろ。」
「…我慢?なんのことかよくわからないけど、僕はみおくんにそう言われれば我慢するよ?あ、でもでも別れろとかそういうのは嫌だよ!?」

やっぱりあいつの言うことがおかしかっただけじゃないか。ほっと胸を撫で下ろしながらその気持ちに気づいてやきもきする。朱織はみおの表情を伺ってからにっこりと笑う。もふもふしたうさぎをケージから出すと僕のほうまで持ってきて差し出す。目を丸くして引け腰になっていると朱織は僕の久にそれを乗っけた。とくとくと小さくて丸くてふわふわしたそれは動かずにじっとしている。ぴょこぴょこと動く耳にうずうずして僕はそっと腕をそれに向かって伸ばす。ふわっとした感触がする。ウジ虫と違って気持ち悪くもないしうるさくないしめんどくさくない。これは、飼ってもいいかもしれないと思うくらいの癒しを見た気がする。その様子を見ながら朱織はふふ、と笑い声を漏らした。

「な、なんだよ」
「ふふ、かわいいなぁって思って。ふふ。」
「か…!?」

逆の言葉なら何度もウジ虫に言われて来たが、それは全く聞いたことがなかった。朱織は別のウサギを抱きかかえてにまにましている。朱織は一旦立ち上がってドリンクを持ってくると目の前のテーブルに二つのグラスを置く。からんと氷の当たる音が響いた。

「バイト、あと少しで終わるからそしたら一緒に帰ろう?」
「まぁ、待っててあげてもいいよ。」
「うふふ、ありがとう。」
「あとで待ち受けの件は聞かせてもらうからね。」
「そ、それは忘れてよみおくん!」

やまとが言っていた心配はたぶんないだろう。今までずっと何もしていないのは別に好きじゃないからとか嫌いだからとかではない。サンプルをサンプルとして愛することは簡単だった。こうやってウサギをなでるようにペットのような愛情を注いでやればいいだけの話だった。けど、今は違う。ちゃんと人間として好きだと思える相手が隣にこうして居ることは人生ではじめての経験だ。どうやって扱えばいいのかこっちだって手探りの状態である。それでも、イレギュラーなのはお互い同じだろう。あっちだって今まで好きになった相手はすぐに殺していたのだから。お互いに手探りしながら近づいていくしかすべはない。面倒だと思うことではあるがそれもまぁ悪くはないか、と小さく息をついた。

 

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