倒 錯わぁる ど

4:試行錯誤サイクル
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「あぁ、ようやくどうにかなったんだ、朱織おめでとう。」
「うん、ありがとぉ!僕の想いがようやく伝わったみたいでねぇ。うふふこれから僕はみおくんのことを完全にするために頑張るんだよぉ。」

ふふ、と楽しそうに言えばにぃちゃんはかたかたと震えるテーブルからティーカップを取ると、テーブルの足を勢いよく蹴り上げる。テーブルはびくりと一度体を揺らしたもののぴしりとすぐに体勢を立て直す。優秀な家具だなぁと僕はのんびりとその様子を見つめた。僕も少しだけ中身がこぼれたティーカップを手に取る。せめて僕がティーカップとるまで蹴り上げるの我慢してくれればよかったのに。それでも半分以上こぼすことはなかったので僕もメスを片手ににぃちゃんに追従することはしなかった。

「うーん、どうだろうね」
「んんー?にぃちゃん僕のこと侮ってない?」
「そんなことはないよ、逆だ。朱織がみおのことを侮りすぎなんだよ。」
「ふぅむ、でもまぁ長いスパンがあるから大丈夫だよぉ?」

にぃちゃんは楽しそうに口元をかすかにだが緩ませた。



「みーおくん!おっはよぉ!」
「ん、おは…ってうわ、」

みおくんは僕がスタンガンを構えているのに簡単に気づいてさっと避けられた。舌打ちは可愛くないので僕は舌打ちしたい気持ちを抑えてスタンガンをさっとしまいこんだ。教授にバレでもしたら危険物持ち込みと言う建前で研究協力を手伝わされてしまう。みおくんは僕の頭に強めのチョップを叩きこんだ。

「きゃん!いったいよぉみおくん!」
「そんな危ないもの僕に向けるな、虫殲滅用の道具じゃないのか?」
「スタンガンを虫に向ける人はいないし、みおくん突っ込みどころそこじゃないことに気づかないところがとってもかわいくて好き!」
「うるさいしそろそろ授業始まるから教室戻れよ」

みおくんがとっても冷静で悔しい気持ちを胸に僕は教室に戻ることにした。授業中は全くと言っていいほど耳から流すだけの作業と成り果て、ひたすらみおくんの隙をつくことばかりを考えるだけの時間となる。これではみおくんがにっくき敵のようだけれども、全く逆で僕ほどみおくんが好きな人なんていないだろうってくらい大好きなのだけど、おかしいなぁ。みおくんがお昼休みに教室を訪ねてきてくれるなんていう、数か月前から考えればあり得ない奇跡である。「なんか、やばい先輩呼んでる」なんていう名前も知らないクラスメイトが怯えながら声をかけてきて、教室の入り口を確認すればみおくんが居心地が悪そうに立っているのを確認したときは思わずうれし涙が出る勢いだった。

「みおくん!!どうして!?」
「気まぐれ。いいでしょ、別に。」
「えへへ、嬉しい。でもここじゃあ居心地悪いでしょ?というか、いつもどこで食べてるの?教室ではないでしょ、多分…」
「んー、裏庭」

裏庭。いつも鍵がかかっているはずだったけれども。僕が不思議そうに首を傾げているとみおくんは珍しく笑って裏庭の方向へと歩いていく。一応恋人という形に落ち着いてから数週間経ったけれど、みおくんが笑顔を見せる回数が多くなってきたような気がしてなんだか自惚れてしまうのはしょうがないだろう。みおくんと裏庭に向かうとそこは南京錠と鎖で立ち入り禁止になっていた。みおくんはそれをさも当たり前のように鍵で開けてしまう。

「な、なんで鍵持ってるのみおくん!?」
「一応優等生だからさ、ペナルティとかもらわないの僕。そしたらあの変人教授が協力と引き換えにこの鍵貸してくれたんだ。」
「さすがみおくんだねぇ。僕なんかあの教授に取引なんて持ちかけられないよぉ。」

当たり前だけれど裏庭には誰もおらず、いつもこんな静かなところで一人ご飯を食べていたのかと思うとなんだか切なくなる。別にみおくんは気にしてないのだろうけれど。多分購買なんかも行きたくないのだろうからみおくんはコンビニで買ったおにぎりの包装をぺりぺりと剥いでいく。僕はというとお手製のお弁当をぱかっと開いた。お弁当を作るのは僕の仕事。一応にぃちゃんのも作ってるけれどちゃんと食べているんだろうか。そういえば、とみおくんに聞いてみることにした。

「にぃちゃん、いつもちゃんとお弁当食べてる?」
「さぁ…でも教室戻ると空の弁当箱が置いてあるし食べてると思うけど」
「うーん、捨ててたりしそうだなぁにぃちゃんのことなら…もしくは誰かにあげてたりとか…今度あおちゃんかトキくんに聞いてみようかなぁ。」
「…いつも朱織が作ってんの?」
「え、うんそうだけど。」

みおくんはお弁当を僕からとりあげると僕がまた食べてすらいないお弁当を勝手に食べてしまう。もちろん、僕の端を使って、だ。みおくんはおかずをバランスよく一口ずつ口に入れると僕に返した。僕はそれを受け取ってみおんの反応を待つ。突然取り上げられて食べられたのは若干驚いたけれども、今はそれよりみおくんの反応のほうが気になる。

「…おいしい?」
「いつも二つ弁当作ってるんだろ、時間かからない?」
「ん〜そうでもないかな、昨晩の残りとか詰めたりしてるし。」
「じゃあ二つも三つも変わらないでしょ、僕にも作ってきて。どこのウジ虫が作ってるようなものよりは、安全だろうし。」

そのあとでぼそっとみおくんが「おいしかった」と言うものだから僕はみおくんの要望に対してあっさりとオーケーを出す。みおくんが言うとおり二つだろうが三つだろうがそんなに変わらない。それにこういうことをするのは得意だし好きだったりする。一時期キャラ弁にハマったときは「さすがにやめてほしいかな」とにぃちゃんに言われたけれど。だらだらとお話をしていたら予鈴が鳴る。あぁもう授業かなんて言ってみおくんが立ち上がった。そこで僕はハッとする。あんなに計画立てたのに全く実行に移す機会がなかった。みおくんの隣でご飯を食べるのがあまりに嬉しかったせいだ、自分の計画性のなさに頭を抱えてしまう。みおくんは立ち上がらない僕に声をかけた。

「置いていくけど、いいの?」
「あ、ごめんねみおくん!」

みおくんと僕の教室前で分かれて教室に入る。付き合いたては同じ授業をとっている女子なんかに「みお先輩と仲いいの?」「いいなぁ、どうやって仲良くなったの?」なんて群がられもしたけれど僕が「僕の好きな人だから、僕を通してみおくんと仲良くなろうなんて思わないほうがいいよぉ?」なんて言ったりみおくんがそれを見るや近づいてきて「まず人工の制汗剤だか香水だかウジ虫が使うものじゃないし、僕そういう匂い好きじゃないからあんまり朱織に移さないでくれる?っていうか邪魔だからどいて。」なんてことをしていたらもう近づくことはなくなったようで僕としてはとても助かる。それでも以前より人が近寄らなくなってしまったことは、なんとなく寂しい。別に友達がいようといまいと困ることはないのだけれども。一つ上にたくさんお友達いるし、りっくんややまとくんもいるし。何もこんな低レベルの友人なんて作る必要もないか、と完全体新人類の設計図を描きながら前向きに考えることにした。



「みーおくん、かえろー!」
「ちょっと待って。まだ準備できてないから」
「はーい。」
「あ、朱織くん」

みおくんの席まで走っていけばほんわかした雰囲気のあおちゃんがそんなに遠くないところから手を振っていた。みおくんを待っている間は暇だし僕はあおちゃんのところまで走っていくとそのまま挨拶代わりに抱きつく。あおちゃんからふわっときつすぎず控えめではあるが、シャンプーのいい匂いがした。あおちゃんはそれを怒りもせず受け止めてくれた。今日の昼にみおくんにぶつけた疑問をぶつけてみようと思ったんだったか。体を離してあおちゃんに尋ねてみることにした。

「あぁ、あれ朱織くんのお手製なんだね、すごいなぁ」
「あおちゃんこそ、料理上手いの知ってるんだからねぇ僕!」
「ふふ、そんなことないよ。絆創膏くん、ちゃんと食べてるよ。むしろ無機物か朱織くんが作ったものしか体が受け付けないみたいで僕が何か用意しても受け取ってもらえないくらいだもん。」
「そっかー、捨ててないかちょっとだけ心配で!…っていうか肝心のにぃちゃんどこ?」

あおちゃんはその言葉を聞くと少しだけ視線を宙に迷わせて答えにくそうにしている。その瞬間ドアが壊れるんじゃないかと言うくらいの音をたてて開いた。そこにはいつもにぃちゃんとあおちゃんと一緒にいるトキくんが恐怖と困惑に満ちた表情で走りこんでくる。そして僕とあおちゃんの姿を確認すると結構な距離があるのに叫んできた。

「あおちゃん!そのカバン取って!」
「え?あ、わ、わかった!」
「あ、ルンバ弟じゃん!ちょっとこの兄貴どうにかしてくれない!?」
「僕ルンバ弟なんて名前じゃないですぅ!」

そこで遅れてにぃちゃんが教室にログイン。さすがに血の繋がった兄弟なだけあってにぃちゃんが真剣であることは表情から読み取れたしその対象がこのトキくんであろうことも理解できた。黙っていれば素敵な笑顔を浮かべてはいるがあれは絶対に騙されてはいけない笑顔である。弟の僕じゃなくてもそれはわかるはずだ。にぃちゃんの姿が見えた途端トキくんは焦ってあおちゃんからカバンを「あおちゃんごめんね、ありがと!」なんていう言葉と共にひったくるようにすると窓から体を乗り出す。ちなみにここは1階、逃げ口としては上等だ。にぃちゃんってば、本気ならこういうところから潰していかなきゃだめだなぁなんて呆れてしまった。

「あーあ、逃げられちゃった。」
「にぃちゃん、そんな本気なら徹底的にやらなきゃだめだよぉ?」
「そのままお前に返すよ、今日だけで朱織なら何度だってみおの…そうだな、四肢切断くらいできたんじゃないのかな?」
「別に、今日じゃなくてもいいんだし、」
「そういうことだよ、俺も。」

なんとなく丸め込まれたような気がしたけれど言い返すことはしないことにした。そこでみおくんが僕の襟口を掴んだ。振り返れば不機嫌そうな表情で立っている。無言の帰るぞオーラに僕だけでなく周りも察した。

「ごめんね、じゃああおちゃんまた今度!にぃちゃんはあとでね!」
「じゃあねぇ朱織くん!」
「夜までには帰ってきなさいよ。」

手を振る僕を強めに引っ張るみおくん。ずんずん進んでいくので僕はみおくんの腕をぎゅっと引っ張り返してやると驚いて歩みを止める。

「みおくん、そんな怒らないでよ」
「別に怒ってない」
「ただのお友達でしょお?僕みおくんしか切り刻みたいと思わないよ」
「…全然それ、嬉しくない」

みおくんは確かに嬉しくなさそうに言ったが、不機嫌さは消えたようだ。いつもの帰り道からそれて、僕はりっくんのカフェに行こうとみおくんを説得する。みおくんは「やまとがいるかもしれないところに行くくらいならまだお前の家行くほうがマシ」なんて最後まで悪態をついていたがそんなことを言いながらも僕と一緒にカフェの方向へ歩いて来てくれたから無言の了承であるのだろうと言い聞かせる。りっくんのカフェに入ると当たり前だがりっくんの声がする。入口から入ってきた僕たちを確認すると仕事モードの笑顔がなくなった。一応お客さんなんだから笑顔で接客してくれてもいいのになぁ。気恥ずかしいだけなのかもしれないけれど。りっくんはオープンキッチンから出てくると僕たちのほうへと近づいてくる。

「いらっしゃいませ、珍しいな他に人を連れてくるの」
「えへへ、好きな人です」
「うるさい」
「あー、はいはい。よろしくね」

りっくんは僕には見せないような営業スマイルをみおくんに向ける。そんな営業スマイルもきっと虫にしか見えていないから無意味なのだけれど、りっくんはみおくんのことを知らないからそういう対応をしてしまうのもしょうがないだろう。知った時の反応が少し楽しみになった。そんな風に想像にふけっていると奥のほうからいつも聞く声が飛んでくる。

「やー、朱織ちゃん」
「あ、やまとくん。あおちゃんのお迎えは?」
「さっき家まで届けてきた。にしても…ねぇ、へー、ふーん?」
「何?腹立つんだけどそういうにやけ顔。」

みおくんが人間として見分けられる人物のもう一人がこのやまとくんだったりする。僕より多分先なんだろうけれど、みおくん曰く「あいつの声が聞こえた瞬間から人間として見えるからやめてほしい。あいつの顔なんて拝みたくない。」なんて言っていたから人ごみにまぎれてしまえばやまとくんもみおくんからすれば有象無象にすぎない。僕のほうがランクは上のはずである。だからやまとくんに嫉妬なんて見苦しいことはしないのだ。やまとくんは僕とみおくんが並んでるのを見てにやにやと笑っている。僕には見せないやまとくんのそういう底意地の悪そうな顔が見れるのはレアだ。

「とりあえず…おめでとう?」
「は、だから嫌だったんだよやまとがいるかもしれないところに来るのは。これくらいならまだウジ虫が集まる駅前のほうがマシ。」
「あっそ、じゃあ駅前いけば?俺はここにいるから。ねー、朱織ちゃん?」
「何言ってるのかよくわからないんだけど、朱織は僕についてくるから」

やまとくんが面白がって火に油を注いでいるのは丸わかりである。きっと心の中では腹を抱えて笑い転げているのだろう。僕には親切で紳士的だけれどいつものりっくんとの掛け合いを見ていれば性格が悪いであろうことくらいはわかる。心理学専攻の僕でなくても見抜けるだろう。りっくんがそれを見兼ねてかやまとくんの頭を思いっきり殴った。がん、と手で殴った音ではないような音がしてやまとくんがテーブルに顔を思いきりぶつける。

「りっくん…さすがに今のは痛いんだけど」
「お客様、喧嘩なら外で」
「あ、はいすいませんごめんなさい俺が悪かったです」

りっくんはあんまりみおくんのウジ虫発言には動じなかったようだ。少し残念だったけれど、みおくんがやまとくんの様子を見て今まで見たことがないくらい爆笑していたのでそれを見れたことでよしとしよう。しばらくして、りっくんがケーキとミルクティを運んできてくれる。もちろん三人分。険悪な空気ではあるがりっくんが抑止力になってくれているため、どうにかなっている状況だ。僕は二人とも好きなんだけれども、好きな人同士が仲良くないというのは好ましくない状況である。というか、みおくんが基本的に誰も好きじゃあないだけだった。打開策は見当たりそうにない。

「朱織くんの相手がみおだったとは思わなかったよ、このウジ虫野郎のどこがいいの?」
「ウジ虫はどっちだよ、」
「全部好きだよ!みおくんほど僕に出会うために生まれてきたような人はいないって初対面からそう思ったくらいだもん!」
「へー。そりゃ随分ご執心だったんだね、よかったじゃん朱織ちゃん。みおが朱織ちゃんを幸せにできるとは思えないけれどお幸せにね」
「ありがと、やまとくん!」

みおくんは僕がやまとくんとおしゃべりしたり笑顔をみせるたびに不機嫌そうな様子だったけれども、それでも多分退屈はしていなかったはずだ。りっくんのお店から出てやまとくんは「バイトだから」とバイクに乗って立ち去ってしまう。僕たちはいつものように帰り道に影を落としながら歩く。みおくんの手を握っていたのを指を絡めて恋人つなぎにすれば、その瞬間手を振り払われる。自惚れじゃなく、みおくんが照れているのがわかったのでもう一度指を絡ませればもう好きにしろ、と言うようにそっぽを向いてしまう。

「…みおくん、案外ウブだよね」
「…そりゃあ、今までウジ虫しかいない世界で恋愛なんてしないからね」
「うふふ、じゃあ僕がみおくんの初恋だ。」

ゆるやかに、太陽が沈んでいく、僕たちはそれを眺めながら二人で手を繋いで歩く。分かれ道ではいつものように「また明日ね」と挨拶をする。みおくんと、名残惜しいけれど手を離して、いつものように。しかし突然みおくんが手首を引っ張って僕は前につんのめる形になる。それをみおくんがぐい、と引き寄せて僕の額にキスをした。

「…み、みおくん」
「顔、真っ赤。初恋だからって余裕ぶっていられるのも今のうちだよ。」
「う…う、ま、またあ、ああ…明日ね!?ばいばい!」

にぃちゃんが朝言っていたことをふと思い出す。これは一筋縄じゃいかなさそうだよ、どうしよう!僕は未だに熱が引かない顔を両手で挟んで太陽と逆の方向に向かって走り出した。


 

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