倒 錯わぁる ど

3:全人類は僕たちだけ
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どこかでたかをくくっていたのかもしれない。この実験はきっと失敗に終わるであろうことをどこかで予想していた。僕自身本当はそうあってほしかったんだろう。なんてうまくいかないんだろう。だってさ、わかるわけないでしょう、僕を区別しちゃうなんて僕だって思わなかったよ。きっとただ同じ有象無象の中の一つとして流してもらえると思ったんだ。なのにさ、そんなところだけ見ちゃうなんて、みおくんってひどいや。


いつものようにみおくんを迎えに行こうと教室から出ると廊下にみおくんが立っていた。廊下が騒がしかったのはこのせいか。みおくんが僕を迎えに来てくれるなんてどんな風の吹き回しだろう。僕が声をかける前にみおくんは僕に気づいて微笑んだ。それが本当は嬉しかったのだけれども、違和感が心を先に満たしていく。みおくん、僕のことちゃんと見分けられてる?いつもなら不機嫌そうな目で人ごみを凝視して僕の声が聞こえてからもう一度じっと僕に焦点を合わせてようやく僕だと認識してくれるのに。僕が話しかける前に僕だってわかるなんて。もしかしたら案外実験はうまくいっているのかもしれない。なんだかそれはそれで嬉しい。理解者より恋人になるほうがいいのかもしれないなぁなんて自惚れているとみおくんが僕の手首を引っ張る。

「えっ、みおくん?どうかしたの?」

みおくんから答えはない。ずんずんと進んで行ってしまう。いつも僕がひたすら喋っているだけの帰り道を今日ははじめてみおくんが先導して歩いている。頭がごちゃごちゃで僕はみおくんの背中をひたすら見つめることしかできなかった。いつもの帰り道から逸れて、みおくんが絶対に近寄らないであろう駅のほうへとみおくんは進んでいく。いつもはウジ虫の巣窟に誰が行くかなんて悪態ついているのに、どうして?みおくんは僕のほうを見ずに声を発する。大学から出てはじめて僕は今日、みおくんの声を聞いた。

「僕のこと、舐めるのもいい加減にしろよ」
「へ、」
「僕はどことも知らないウジ虫の気持ち悪い体を触った手を、そいつに向けた笑顔と同じものを、向けられてたんだろ?本当に、ふざけた話だよ。」

みおくんが立ち止ったのは僕がつい最近訪れた場所、ひいてはバイト場所、ラブホテルだった。そこで僕は気づく、気づいてしまう。だって僕、そんな馬鹿じゃないもん。でも、今日くらいはバカでいたいと思った。みおくんは掴んでいた僕の手首を捻りあげる。あまりに痛くて声をあげれば、みおくんは繁華街を気にしたのかいつも僕が通る、警察避けの路地裏に入り込んだ。みおくんの顔が近くにあって、ああやっぱり王子とか言われるだけあるよなぁと呑気に思う。現実だと納得したくなかったのだ。

「僕にあれだけ条件つきつけといてお前はこんな好き勝手してるんだもんな、何が実験だよ。」
「み、みおくん、だって」
「大嫌いだ、お前なんて。二度と僕にかまうなよ。実験は終わりだ、中止。それをとがめる権利があると思うな。」

僕はきゅ、と唇を噛んでみおくんを見つめる。みおくんは表情だけで見てわかるように怒っていた。みおくんは不機嫌ではなく、間違いなく怒りをあらわにしている。僕はとんでもないことをしてしまったかもしれない。震える声で僕はみおくんに質問を投げかける。

「みおくん、僕のこと、”人”として認識できたんだね。」
「…さぁ、どうでもいいだろそんなこと。もうお前は俺の視界に映らないんだから、その姿がウジ虫だろうと人間だろうと関係ない。」
「…みおくん、それはね、僕が言うのもなんだけどもきっと嫉妬だ。」

今にも立ち去りそうなくらい怒っているみおくんに対して僕はあろうことか油を注いでしまう。みおくんは眉間に皺を寄せて僕を睨む。ああ、こんな顔もできたんだ、みおくん。みおくんは自分しか人間がいない世界で生きてきて、だから世の中を全部下に見てきた。そんなみおくんが今人並みに怒っている。僕ってばすごい実験を成功させてしまったのかもしれない。みおくんはまた僕に向き直って一度大きな舌打ちをした。

「は、ウジ虫相手にそんな感情持つわけないだろ」
「だってもう、みおくんの中で僕は人間だもん。だから不機嫌じゃなくて、僕個人に怒ってるんでしょう?そして、みおくんの世界に置いて、人類は僕とみおくんだけだ。それなのに僕は同じ人間であるみおくんを置いてウジ虫なんかと性行為に及んでいる。それに嫉妬したんだ。つまり、簡単に言ってしまえばみおくんは僕に恋しちゃったって訳なんだけれど。」

さすがにこれは僕も言い過ぎたなと思った。それでもみおくんがいままでなしえなかった「人とウジ虫の区別化」に成功したということはそういうことなのかもしれない、というただの仮説である。みおくんに突っぱねられてもおかしくない。みおくんはじっと僕のことを見たまま動かなくなった。さすがに心配になって僕はみおくんの顔をおそるおそる覗き込む。するとみおくんは僕の肩を掴んでそのまま路地裏の壁に叩きつけた。みおくんの壁ドンなんてレアだなぁと思う余裕はさすがにない。殺されるんじゃないのかって勢いだったのだから。

「み、みおく…」
「本当に、お前人間なんだもんな」
「いやみおくんの目がおかしいだけでみんな人間ではあるから」
「虫は全部僕の玩具だったし僕は恋人作っても全然人として認識できなかった、僕の玩具がどこで何をしていても特にどうも思わなかった。おもちゃ箱みたいに世界は玩具であふれていたから。だからはじめてなんだよ。」

みおくんはそのまま僕の肩にのしかかる。さすがの僕もこの事態は想定していなくて動揺した。みおくんが定期的に息を吸うのがわかる。うなじにかかる髪の毛がそのたびにぱさりと左右に分かれていった。路地の向こうにはがやがやとしたいつもの繁華街が広がっているのに僕の目の前の空間だけはあまりに現実離れしていて僕は夢なんじゃないかとまた現実逃避をしはじめようとした。それでもみおくんが隣で呼吸をしているのは確かで、僕はみおくんのことを抱きしめることもなく、直立不動で壁を背にしていることしかできない。さすがに壁が寒くて凍りそうだと思ったところでみおくんが僕から離れた。

「僕の興味が尽きるまでウジ虫との交尾は禁止」
「そ、それはちょっと困るよみおくん…僕生活できなくなっちゃう」
「朱織、今日からお前僕の玩具ね。いつまで僕が人間として認識し続けられるかの実験だよ。それまで僕のことだけ考えていればいいよ。生活なんてどうにかなるだろ、ならなくなったらうちに来ればいい。」
「…みおくん、それは世間一般で言うところの告白っていうやつですが」
「お前が言ったんだろ、恋だって。お前がウジ虫とそういうことしてることに無性に腹が立ったのも、それが原因でお前を突き放そうとしたのも、その光景が嫌に頭から離れないのも、思い出してはいらいらするのも全部そういうことなんだろ、わからないんだってこういうの。」

みおくんが真面目な顔でそんなことを言うから思わず笑ってしまった。みおくんに文句を言われるより前に冷たい壁から離れて僕はみおくんに飛びつく。みおくんは倒れたりせずちゃんと支えてくれる。なんだかじんわりと目頭が熱くなってきた。絶対嫌われると思った。まさかみおくんが僕とウジ虫を見分けちゃうなんて、まさかみおくんがそれに対して嫌悪を抱いちゃうなんて。全く持って予想外なことしかしてくれないや、みおくんは。かなわないなぁと心の中でつぶやいた。

「みおくん、泣いてもいい?鼻水もついちゃうかも。」
「…きったない」
「ごめん」
「でも虫じゃないから許す」

その一言と共にぼろっと目から涙があふれる。流れる涙は地面に落ちることなく目の前の布にしみ込んでいった。僕の想いはすべて目の前のそれが受け止めている。その事実が何よりうれしくてみおくんに回す腕の力を少し強めればみおくんはまるで勝手がわからない、と言うように僕の頭をつついた。そういう時は撫でるんだよふつう、なんて思いながらまた涙が止まらなくなる。しゃくりあげるように泣けば路地裏に響いた。みおくんは僕を引きはがして乱暴に頬の涙をぬぐう。

「ねぇみおくん、僕、奇形愛好だけど、みおくんのこと好きになったらみおくんのこと切り刻もうとするけど、いいの?」
「別に僕はお前に愛してもらおうとは思ってないよ、勝手に僕がお前を愛玩するだけ。お前の意思なんて知らない。でも万が一朱織も僕のことが好きになって切り刻みたくなったら好きにするといい。僕は玩具に下剋上されるほど柔じゃないから、多分無理だろうけど。」
「あー、だめだ、これ。僕みおくんのこと好きだよ…降参…」
「?鉈でもノコギリでもチェーエンソーでも好きなの持って来いよ。全部受け止めて僕は五体満足のまま生きてやるから」
「もーやだ!みおくんすき!」

王子様とお姫様がくっつくなんていうありきたりな話じゃあなくて、最初から王子様にはお姫様しか他に好きになれる対象がいなかったという話。ましてやお姫様だって女性なんかじゃなくて、ちょっと変わった性格で趣味のお姫様。きっと世界はいつまでも歪でどうしようもなく理不尽だろうけれど、世界は二人で構成されているのだから二人が正しいと思えばそれが正義で真実で正しい道だろう。二つの影が夕焼けのどろりと溶けたオレンジと黒に映されて、やがて一本の橋をかけるように影が二つになった。

一応ここでみおしお実験は終わりです。ハッピーエンド、ありがとうございます。ということで4からはぐだぐだとみおしおがくっついた後の話をあげていくつもりです、まだ終わりません。


 

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