倒 錯わぁる ど
1:赤い糸分岐点
6/6
大学のプリンス、そんなあだ名はどこから聞いたかもう覚えていない。
とにかく王子様みたいな人がいると一年の女子の間で話題になっていただのだ。僕は王子様という言葉からスタイルが良くて接合しやすそうな検体だといいなぁなんていう興味本位で一つ上のプリンスとやらを見に行ってみようと思っていた、それだけ。
「あ、えっと、ごめん名前覚えてない。顔もわかんないや。だってみんな同じ気持ち悪い顔ばっかり。え、人間だったんだ。やけにウジ虫にモテるなぁって思ってたけど…ごめん、人間でもウジ虫と区別がつかない子は無理。」
女の子たちの空気が一気に凍った、その中心にいる人物がまさに僕の探していた興味対象。確かに噂されるだけあってかっこいい。でも僕が惹かれたのは外見だけじゃあなかった。端正な口から流れるように出てくる罵倒の言葉。目の前の彼は人間を人間として見ていない、完全に普通じゃなかった。たくさんおかしい人は見てきたけれど、自分と同じベクトルのおかしい人はにぃちゃん以外知らない。それが今目の前にいた。
「あの、」
「ん…?あれ、さっきまでのウジ虫とは性別が…違う?ごめんわからないや。」
「僕、1年の朱織って言います!」
意気揚々とあいさつした。僕とみおくんはこれが初対面だった。
*
「みーおくん!」
「げ…またお前かよ」
「そんな嫌そうな顔しないでよーみおくん。今日こそ僕と人間の理想個体についてお話しよ!」
「だから僕は人間と虫を区別したいだけなんだってば!不便なんだよいろいろと!さすがに教授にウジ虫なんて言えないじゃん!」
「みおくんそういうところ真面目だよねぇ。」
二年の教室に押しかけてみおくんの隣を陣取る。みおくんの周囲にひっつき回ってはや数か月、みおくんは僕の顔をようやく覚えてくれたらしく、僕が来ると必ず嫌そうに顔をゆがめる。それだけでもある意味進歩だった。
「ねー今日帰るの?帰るなら僕と一緒にりっくんカフェでお茶しながら新人類設計図を見てほしいんだ、ね、行こう?」
「ほんっと…毎日毎日いい加減にしろよ…この弟どうにかしろよ」
「…えー、俺?んーそうだなぁ朱織。」
「なぁに、にぃちゃん。」
みおくんから助けを求められたにぃちゃんはとてもめんどくさそうに僕にそう声をかける。にぃちゃんが僕のことを責めることなんてまずないことくらいわかっていた。にぃちゃんは予想通り僕の肩にぽんと手を置く。
「家にはちゃんと毎日帰ってきなさいね。それ以外なら何しててもにぃちゃん怒らないから。」
「僕だって放っておいたら餓死しかねないにぃちゃん置いて一晩でもどこかに泊まるなんてできないから安心して!」
「…だそうだ、とりあえず家に押しかけて泊まることはしないよ、よかったな。」
「ふざけてるだろ」
にぃちゃんは助け舟ともいえない言葉だけ残すと教科書をバッグに閉まってルンバを抱えるとそのまま家に帰っていく。みおくんは遠くを見ながらあきらめたかのように帰り支度をはじめ、僕はそれについていくのが入学してからの日課になりかけていた。
「みおくんは人間とウジ虫の見分けつかないのはいつから?」
「…さぁ、おぼえてない。最初からじゃあないの。」
「ふふふ」
「なに、気持ち悪いんだけど」
「僕と同じだなって、やっぱ僕のことを理解できるのはみおくんだけだよ。」
あまりにも僕が嬉しそうに笑ったからだろうか、みおくんが珍しく文句の一つも口にしなかった。なんだかんだ言いながら僕の歩幅に合わせて歩いてくれるみおくんは優しいなぁとにまにましていればまた気持ち悪いと一蹴された。
「お前さ」
「ん?」
「なんで僕にそこまで執着するの、マゾヒスト?」
「あはは、みおくんってばはじめて僕に興味持ってくれたね!
僕はマゾヒストではないよ。でもみおくんに出会えたことが嬉しいだけなんだ、僕みたいな人そうそういてもらっちゃあ困るし。」
ふぅん、とみおくんは特に興味なさそうに相槌を打った。きっと僕に対して興味を持ってしまったことに嫌悪しているのだろう。めんどくさいことになったとか思っているのかもしれない。みおくんが僕のことを好きでないことくらい当たり前に察している。察したうえで僕はみおくんにくっついて回っているのだ。僕だってはじめて理解者になりうる相手を簡単にあきらめるわけにはいかない。
「じゃあ僕のこと好きとかじゃあないんだね。」
「うん、今のところは。なに?みおくんもしかして僕に好きでいてほしかった?なんちゃって!」
「そんなことあるわけないだろ、ただ僕が今のところウジ虫と見分けられるのお前くらいだなって思っただけ。」
みおくんがそう言って笑うから思わずどきっとする。
みおくん、普通にしていればかっこいいことくらい初対面の時から知っているんだからやめてほしい。思わず戸惑っていれば僕より前を歩いているみおくんが振り返って首をかしげる。
「お前、そんな風なバリエーションもあるんだ」
「…へ?」
「バカみたいに笑ってるよりそっちのほうがいいんじゃない?」
「…あのさぁ、みおくん、からかってるでしょ」
「いつものおかえしってやつ。」
理解者を好きになったら本末転倒もいいところだろ、僕!
と少し体温が上がったであろう頬を両手で挟んでぺちぺちとたたく。好きになったら、満足できなくなってしまう。みおくんの今の身体では愛せなくなってしまう、今みたいに隣で歩いたりできなくなってしまう。愛してしまったら。僕はみおくんをちゃんと愛さなくちゃあいけない。
それは、できない。
「みおくん、僕のために何か捨てられる?」
「…なんで僕がお前なんかのために?」
「うん、それでこそみおくんだ。」
わけわからない、とみおくんは眉を顰める。みおくんを理解者にするか、恋人にしてしまうか、それはきっとどちらかしか選べない。それならば僕はどちらを選ぶべきなんだろう。僕はみおくんの前へとたた、と小走りして一本道をふさいだ。
「みおくん、僕のことは僕に見えるんだよね?」
「まぁこれだけ付きまとわれてるし」
「じゃあみおくん、僕と取引をしよう!
みおくんはウジ虫と人間を区別したいんでしょう?なら一か月だけ疑似恋愛しよう。僕はその間不用意にみおくんの周りをうろつかない、だからみおくんは本当に僕を愛していると仮定して僕と接してみて一か月後まで僕のことを覚えていられるかどうか実験しよう。」
「…お前の利点は?」
そう、僕の利点。それはこれからみおくんにどっちのアプローチをしかけるかきめることだ。でもそれを今みおくんに言うわけにはいかないけれど、こんな時に限ってうまい言い訳が出てこない。
「みおくんと一か月間邪険に扱われないでおしゃべりができるっていう利点があるよ!」
「…なんだ、それ」
「どうする、みおくん?」
一か月疑似恋愛、きっと明日からスタートだ。
→