倒 錯わぁる ど

7:一方的搾取論者
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「お前は私のものよ」

慈しむように、憎いように、愛しいように。
彼女はそう言って俺の首に手をかけた。ゆっくり、ゆっくりと喉を白い指が圧迫していき、声を出すことが困難になる。そんな俺に柔らかく白い肌をこちらへ摺り寄せてきて俺が求めているような彼女の匂いをさせてはこない。彼女が俺に求めているものと俺が彼女に求めているものは違っている。そんなこと、あの瞬間からわかっていたけれど拒めないのは彼女が自分の半身であるからだ。俺の血肉の半分は彼女の物で、彼女が俺を求めるのならば離れることはできない。

「はは、さま」
「嗚呼××さま…」
「…母様、私は父上ではありません、千羽陽です、母様」
「何を御冗談を。自分の息子を欲望のままに抱く母親がどこにありましょう。」

彼女は本当に、不思議そうにそう言って艶めく唇を近づけてくると俺に口づける。赤ん坊に愛情の証としてするようなものではない、艶めかしく溶かすようで彼女が俺を息子としていないことは簡単に理解できる。もうずっと、こうしているのだから諦めているけれど、俺は母様のなんなのだろうとたまに、ぼんやりと思ってしまう。性欲の当て馬にするだけなら別に俺でなくてもいい。俺はただの代用品だ。母様は俺を父親と重ねている。それは、俺の容姿がまるで生き写しのように父親と似ているから。俺は朝起きて鏡を見るたびに鏡に向かって腕を伸ばして叩き割りたくなってしまう。俺と、母様を追いやったあの憎い父親の顔が俺の意思で表情をつくる。あんな父親と血がつながっているなどと、思わないくらい姿見が似ていなければよかったと何度も思うけれどこの容姿でなければ母様はこうして俺のことを抱いていないだろうし、愛情すらもらえなくなっていたかもしれない。自分たちのしていることが倫理的におかしいことくらい子供じゃあないのだからわかっている。わかっているが、俺に倫理観を守らなければいけないという固定観念はすでになかった。倫理観よりも、母様を守ることが最優先事項であり、俺がこうして母様の言うとおり愛情を享受し、人形のように動かず、母様のための華であれば俺はいつまでも母様から愛してもらえた。



「頼んだぞ」

なんて言葉を俺に残していくとはあの糞親父、何を考えているのか。俺と母様のことを切り捨てた癖に、俺があの男に対して強く嫌悪を持っていることにどうして気づかぬわけがないだろうに。俺は親父が息を引き取ると親父の死体に対して懇親の力を込めて蹴りを入れた。死んで間もない親父の身体はまだ寝ているのかと疑うくらいに柔らかい。親父の死体はごろごろ転がり、まだ温かい親父の匂いが染みついた布団を力任せに破る。羽毛布団からははらはらと羽が舞う。親父の面影を残す部屋をすべて力の限りに壊していく。その感情はなんなのか、俺にも全くわからない。腹いせだったのかもしれないし、生きているうちに文句の一つも言えなかった自分に対する腹いせからだったのかもしれない。理由なんてどうでもよかった。俺は俺の愛する母様を救うことができなかったし、救うことができたのはたった一人、俺とそっくりであるかつて母様を愛していた親父だけだった。どうして、母様を愛してはくれなかったのか。俺のことなどどう扱っても構わなかったし俺は親父になんと思われようがよかった。家のことなんて継ぐつもりもなかったのだから。それでも母様にはあの親父しかいなかったのだから、そんな女のためにちょっとでも愛情を分け与えることはできなかったのだろうか。畜生が、と吐き捨てると俺は久々に入った屋敷の中をぺたりぺたりと歩いていく。母様が好きだった種類の酒を飲みながら親父の息がかかった屋敷をぐるぐる見回しているとまるで女が生活しているのではないか、というような部屋を見つける。あの男、俺の知らんうちにほかの女を慰み者として家に連れ込んだのか。誰でもいいならああして離宮に入れた母様を相手取ればいいものを。俺はその部屋の扉をがらりと開ける。

「……」
「……あら、お父様?何か椿に用事でも?」
「…つ、ばき?」

派手な着物を纏った小柄な中性的な人型がこちらに顔を向ける。俺はあの顔立ちを数回しか見たことがなかったが、よくよく覚えていた。忘れられるはずもなかった。俺と母がどうしてあんなところへ閉じ込められたのか、その理由は俺の腹違いの弟だったのだ、そして、俺は目の前の弟を殺しかけた。嗚呼、あの時俺が下した決断は間違っていたのかもしれない。俺は、あの時、弟を殺すべきだった。そう確信してしまうくらい、目の前にいる弟はなんとも痛々しい存在に他ならない。弟があの糞親父にどういう教育を施されてきたのかは容易に想像がつく。部屋には甘ったるい匂いが充満し、屋敷のどの部屋より強く根付いた親父の影が俺に嫌な想像をさせる。想像ではない、きっと正解に近いのだろう。大嫌いな親父ではあったが、嫌いであったからこそ、親父のことは誰より俺がよく知っている。はじめのうちは、俺を自分のコピーにしようなどと考えていた親父のことなら多少考えるだけでわかる。親父は椿を、俺の弟を――そう考えたところで椿が俺に近づいてきた。

「お父様、何をなさっているの?椿のところに来たのでしょう、ならば他にご用事がおありで?」
「よ、寄るな!」

俺は着物の帯を緩めてこちらに手を伸ばしてきた椿の白い腕を跳ね除けた。椿は大きな目をより大きく丸くして、本当に驚いた、というような顔をする。それからすぐに笑顔を浮かべたがその笑顔に温かさはまるで見られない。どこか機械的で作られた笑みは、不気味さと驚くほど冷たい綺麗な美術品のような様子を俺に与える。それを見て母様を思い出した俺は、ぞくりと自分の奥底にある生物的な欲望を垣間見た気がした。普通の欲望ではない、ただの原罪ではない、俺の奥に渦巻く欲望はさながらウロボロスの蛇のようだと思う。がたがたと震える体を確認して、とりあえず、椿は母様のような存在にはならないだろうということに少し安心する。しかし俺はあの親父が残した椿をどうするべきなのだろうか。俺は、椿に対して何をすればいいのだ。触れられもしない存在をどうしていけばいいのだ。しかし俺の奥底にいる蛇はしゅるり、という音をたてて俺の心をむしばんでいく。蝕む?いや、そうじゃあない。俺は最初からこうなのだ。俺はあの男とは違う、こうして男の庇護なしで生きていけない椿を俺はそのまま何も知らないまま育てていこう。俺は椿に対して無感情で声をかける。

「俺はあの親父ではないぞ、椿よ。」
「あら、お父様に瓜二つだというのに、椿冗談は嫌いよ。」
「冗談ではない、俺はお前の兄だ。親父は死んだ。見ていただろう」
「お兄様…?お父様は、本当に死んだというの?」
「試してみるがよい、俺はお前に指一歩触れんし、親父のように愛しはしない」

あの父が与えた暴力的な愛情とは違う、精神的な愛情を俺はお前に与えよう。親父の影を俺の中に見て、その違いに幻滅していけばいい。俺がどこからおかしくなったのかなんて、わからない、わからずともよい。ただ俺は椿をこの箱庭から決して出さない、それだけはもう確実に俺が遂行しないといけないことだ。俺は、今度こそ母様のように自殺するようなことだけはさせるまい。たとえそれが椿や舞白の望みだったとしても、俺は俺のエゴで生きている。誰だってそうだ、自分のために生きていかない人間がどこにいるというのだ。他人のために生きるなどと、笑わせる。俺は世間一般的に言う「正しさ」なんていらない。俺は俺のために行動することが「正しい」と思っている。それでいい、生きてさえいればまた、ああやって、母様は俺に笑ってくれたかもしれない。

「なに、よお父様と同じ顔して、私にそんなこと言うなんて」
「愛さないというわけではない、俺はちゃんと、お前を愛している」
「……っ、」
「お前はそうやって綺麗な花のままでいろ、俺がお前のための箱庭を作ろう」

ただ与えられるだけでいろ、与えられるだけの花でいるがいい。そうでなければお前は生きられない。そう実感して毎日生きていけばいい。お前は手折られた花だ。俺が母様に容姿だけ、求められたように。ぽかんとする椿に背を向けて部屋を出るとそこには舞白がバツが悪そうに立っていた。

「兄さん、椿に何を…?」
「別になんということもないだろう、お前が後継者として育てられていたのだから文句を言いたいこともわかる。が、俺は別に権力などどうでもいい。お前が予定通り後継者となればいい。だが、親父が俺に任せたと逝ってしまったのだから家のことは俺に任せてもらうぞ。」
「後継者だとか、家のことだとか、そんなことはどうでもいいです。僕は兄さんに従います、しかし椿は…」
「舞白、お前ならわかってくれるだろう?ああして離宮の中で自由のない生活を強いられていても俺のところへ足を運び続けてくれた優しいお前なら。お前しかいないのだ、俺のことを支えてくれるのは」

目を伏せる舞白が、俺に反抗できないことくらいわかっている。それで付け込むことのどこが悪いというのだ。ぞくりと奥底から湧き上がるのは愛情か、加虐心か。何もわからないけれども、俺は舞白の奥に母様を見た。それから先は、何をどうしたかよくわからないけれど、俺は結果として母様が俺に対してしたように弟と肌を重ねた。それが、背徳的な行為が、安心して仕方がなかった。母様はだからこうして俺を抱いたのかと納得した。

「のう、俺のしたことは間違っていないだろう?お前はあの時の精神科医やあの餓鬼のように俺を否定したりしないだろう?」
「正しくはないと、思いますよアダム。しかし間違ってもいない。」
「では俺の箱庭を壊そうとするあいつらが間違っているのだろう。」
「いいえ、あれも正しくはなくても間違いではない。つまり、方法論のぶつかりあいにすぎないのですよ。どちらが勝とうが、どちらかが潰されようがそこに正義とか悪とか、そのような大義名分はないのです。これは聖戦などではありません、ただの喧嘩と言うのですよ。」

九十九はそう言った。喧嘩、確かにそうかもしれない。前にどこぞの精神科医に言われた忌々しい言葉を何故か思いだす。

『貴方は意見を戦わせたことや、拳を交わしたことが一切ない。貴方は争いと言うものを一切知らない、ただ奪われるか奪うか一方的なそれだけだ、だから貴方が誰かと同じ力でぶつかりあったとき、貴方は引き際と言うものを知らない。それがどれだけ恐ろしいか私には想像もつきません。貴方はそのまま、奪い続けていけばいいでしょう。そうでありなさい。』

確かに言っていることはわかった。わかったが、それは俺の意思でやることだ。お前に指示される覚えはない。だから精神科医は嫌いなのだ。これは喧嘩なのか、一方的な蹂躙ではないのか。俺は、あんな餓鬼共と互角の力しかないのか。そんなはずは、ない。俺はあんな餓鬼共と喧嘩なんてしていない。

「聖戦でも、喧嘩でもない。これはただの徴収だよ、九十九」

小さく俺は喉を鳴らして笑った。

 

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