倒 錯わぁる ど

5:僕は誰のヒーロー?
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俺は椿嬢を助けにここまで来たっていうのに。何をしているんだか。俺は自分の不甲斐なさにどこにもぶつけられない胸に留まったむかむかした感情を握りつぶつように拳にぐっと力を入れる。一緒に来たりっくん先輩と朱織ちゃんを置いてちはやサンのところまで走ってきたのはもう三時間ほど前の話だ。俺は勢いよくちはやサンと相対すべくただ椿嬢を助けるために走ってきたのだから、俺はちはやサンに負けるつもりは毛頭なかったのだけれども、爪が甘いとはこのことである。俺がすべてを捧げようと思っていた彼がちはやサンに目をつけられていたなんて、誰がわかるだろうか。いや、もっと俺が深く思考していればこうはならなかっただろう。ちはやサンを知っているなら自分のためにはなんでもするのだとちゃんと警戒するべきだった。なのに、俺はあろうことかあおちゃんから目を話してしまったのだ。ずっとあおちゃんを避けるようなマネをしていたのは俺があおちゃんに顔向けできなかったからだ。自責の念から逃げるように、あおちゃんを避けていたのだけれど、それが裏目に出てしまう結果になったのはやっぱり俺の責任で。俺がちはやサンの部屋に行くとそこには和式の部屋にはそぐわないノートパソコンが一台とちはやサン、そしておっかないスーツのボディーガードが数人ずっしりと構えて俺を待っていた。

「よく来たな、椿のお気に入り。」
「アンタ……っよくそんな呑気に俺を出迎えなんてできたもんだな…」
「そう熱くなるな、俺は熱血漢と言うのがどうも嫌いでな。」
「…椿嬢はどこだ」
「とりあえず腰を下ろせ、そんな殺意のこもった眼差しを向けられてはこちらも何を言う気もおきんぞ。」

ちはやサンの言うことも最もだ。しかし胸に秘めた怒りは鎮めることなく、俺はちはやサンの前のソファに腰かける。ちはやサンが合図をするとボディーガードはノートパソコンを開いてブラウザを表示させた。最初は暗くてなんの映像なのかわからなかったけれど、そこが地下であることはわかる。ズームされてよくよく目を凝らしてみればそこにはあおちゃんが幽閉されていた。俺はそれを見た瞬間立ち上がって飛びかかるようにちはやサンの胸倉をつかむ。自分でもどうしてこんな行動をとったのかわからない。とにかく、俺はあおちゃんがちはやサンによって人質にとられているのだと理解したのにあおちゃんの身の危険のことも考えず、カッとなって行動してしまった。悪い癖だとはわかっているけれどそれで制御できるほど俺の脳は理論的にできていない。ちはやサンはふ、と口から笑い声のようなものを漏らす。

「…勢いと正義感だけで何かを守れるほど世界は簡単にできていないぞ。」
「大人からの、助言ってやつですか。」
「助言ではなく苦言だな。手を離せ、あの男がどうなってもいいのか?」
「…あおちゃんに手を出したらその時は絶対に殺す。」
「俺はお前のそういう目は嫌いじゃないぞ。」

俺はボディーガードによってちはやサンから引きはがされた。ちはやサンは押さえつけられる俺を見て特に何も言うことはない、という風に無表情を浮かべてこちらを見ていた。それがなんだかぞっとして仕方がない。そういう時の顔は、そうじゃないだろう。もっと勝ち誇ったようなそんな顔をするべきだろう。なのにどうして俺なんて眼中にないようなそんな顔をするんだ。ちはやサンはそのままボディーガードに命令を下す。

「今オミマルは外に放しているからな…離れにでも連れていけ。」
「くそ、くそ………ッ!」
「お前の浅はかさは何も救えやしないよ。いいことを教えてやる、お前が連れてきたんであろう律とあのガキは今頃俺の番犬に殺されるだろうよ…お前は全部失う。自分の思慮不足を精々後悔することだな。」

まさか。りっくん先輩と朱織ちゃんがそうそうやられるはずがない。あの二人に敵う相手なんてそうそういないはずだ。そう言い聞かせているのに何故か嫌な予感がしてしょうがない。信じるんだ、と何度も念じるように言う。ちはやサンの姿が遠くなるのが悔しくて俺は一人呻くことしかできない。強くなっても何も変わらない。俺は何をしにここに来たんだ。ヒーローごっこでもしたかったのだろうか。できるだけ、俺の目に届く範囲にいる人は助けたかった。それだけの理由か?俺が椿嬢に抱いている思いはそんな博愛主義のようなものなのか?そうではない。じゃあ俺は椿嬢が好きなのか?それは…あおちゃんより?しばらく考えていると俺は小さな離れに突き飛ばされるようにして入れられた。契約の条件としてちはやサンに「ここにだけは近づくなよ」と言われていた場所だが…一見屋敷と違う点は見られない。少し小さいけれど別におかしいところはなかった。俺はぶらぶらと屋敷の中を歩き回る。出られる場所はないらしい。というか、腕づくでやれば扉くらい簡単に壊せるのだろうけれどあおちゃんを人質にとられている今、俺は何もできないのだ。がらり、とある扉をあけると俺は驚くことになる。

「………つ、椿嬢……」
「あら…やまと、なんで貴方がここに…」

そして。今に至るわけだけれど。俺がこの屋敷に来た目的ともいえる椿嬢がまさかここにいたのだ。ちはやサンがそれを知らずにここに俺を閉じ込めたとは思えない。椿嬢は顔には出さなかったけれど不安だったのだろう。少しだけ顔を明るくさせる。俺は椿嬢の近くへと歩み寄っていくと椿嬢は立ち上がって俺の腰に手を回した。怖かったのだろう、心細かったのだろう。椿嬢に俺はどう見えているのだろうか。救世主のような、そういう風に見えているのかもしれない。実際俺はただみじめなだけだというのに。

「やまと、ありがとう。助けに来てくれたのね。」
「…お待たせ、しました。」
「ふふ、いいの。嬉しい…はやくお兄様から逃げましょう。」
「……それ、は」
「できないの?」

椿嬢は首を傾げる。本当に不思議そうに。俺が椿嬢のところまで来たら二人で逃げるのが当たり前でしょう?とでも言いたげに。 椿嬢にとって俺は従者なのだからその反応もあながち間違いではない。しかし俺は椿嬢を従者として助けにきたのだろうか、俺は椿嬢に何を求めてここまで危険を冒してきたのかわからない。俺は、椿嬢をどう思っているんだろう。俺が考えているのをよそに椿嬢は畳みかけてくる。

「舞白兄様は九十九が助け出してくれたわ、心配いらないの。だから私のことは貴方が助け出しなさい、やまと。」
「……椿嬢、それはできません。」
「どうして?何か不都合でもあって?」
「それは、」
「やまと。聞いて?」

椿嬢は俺の手を握ってさきほどの不安をにじませた表情はどこに隠してしまったのかというくらい、暖かみのある笑顔を浮かべている。それは俺の知っている椿嬢とは違ってなんだかどきりとしてしまう。椿嬢は俺の知らないところで成長していたのか、そういえば最近湯あみは一人ですると言っていたし何かきっかけでもあったのだろうか。椿嬢は俺の目をまっすぐに見据えると口を動かす。

「貴方はそんなに小難しいことを考えて答えを出せるほど頭がよかったかしら?私は猪突猛進でもすべてを守ろうと躍起になる貴方だから好きになったのよ。私が好きなやまとはそんなんじゃあないわ。」
「……椿嬢、それは」
「私は一人の男性として、やまとのことが好きよ。愛しているわ。…それに気づかせてくれたのが貴方の恋人なのだから、なんというか報われない話よね。」
「……すみません、」
「いいのよ、やまと。私はお兄様から自由になってね、自分でなんでもできるようになるの。やまとが私の想いを断ったこと、後悔するくらいに、彼よりも素敵になって見返してやるわ。楽しみにしてなさいよ。」

そうやっていつものように自信たっぷりに笑う椿嬢に俺はあっけにとられてしまった。椿嬢の想いもそうだし、それを乗り越えられる強さも、俺は全く知らなかった。俺が守らなくても椿嬢ならこの状況を乗り越えられたかもしれない。俺の行動は間違っていたのだろうか。椿嬢はしゃがみなさい、と俺に命令をする。俺はそれに従わない選択肢はなかったので言われたとおりにしゃがんだ。椿嬢は俺の首に手をかけて首輪を外して見せる。

「貴方は解雇するわ、お疲れ様。やまと。」
「そんな、俺は…」
「貴方はもう私の従者じゃないから私のことは放って彼のことを探しにいきなさい。私は貴方がいなくてもお兄様と対面して勝つわ。」
「椿嬢、それは無理です。ちはやサンに真っ向から向かって勝てるわけが…」
「なら友人として、協力して頂戴。お願い、私とお友達になって?」

なんというか、俺は大切なことを忘れていたようで。どんなヒーローも一人で強敵に勝てるはずはなかったのだ。俺は椿嬢から伸ばされた手をとって笑った。さっきまでの迷いはもうない。考えるだけ無駄だと椿嬢が教えてくれた。俺は椿嬢が好きだ、それはきっと人間として。あおちゃんのそれとは違う。椿嬢は自分で自分を守ってほしい。でも、あおちゃんは、あおちゃんだけは俺がこの手で守りたいんだ。椿嬢の手は小さかったけれど、頼もしく思える。

「えぇ、是非俺とお友達になってください。」
「それじゃあ、その椿嬢って呼び方も禁止よ、椿と呼びなさい。」
「椿嬢、お友達には命令はしないものですよ。」
「…お友達って難しいのね。」

椿嬢はそう言って笑った。俺も笑った。俺は椿嬢の望む返事はできなかったけれど、椿嬢の成長のために何かを残すことはできたのかもしれない。俺は何も考えずここまで来てしまったけれど、まだ遅くはない。簡単にりっくん先輩と朱織ちゃんがやられるとは思わないしあおちゃんもそんな早く危害を加えられることはないだろう。とりあえず、俺たちが今できることはそんな友人のことを信じて待つことだけ。きっと一人でそんな状況に陥ったら俺は耐え切れずこの離れから飛び出していただろうけれど、俺の隣には椿嬢がいる。繋いだ手はしばらく離れることはなかった。


 

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