倒 錯わぁる ど

4:不足演奏者
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「あおちゃん、やまとくんにはここに来てから会ってないんだね?」
「うん…でも多分、やまとくんは僕を人質に取られちゃったんだと思うからもしかして同じようにここにいてもおかしくはないと思う。」
「ふーん、じゃあしばらく歩いてみようか。」

にぃちゃんの声が後ろから聞こえる。僕とあおちゃんが真ん中に二人で歩き、前はみおくんが歩いている。後ろからの襲撃にはにぃちゃんが、前からの攻撃にはみおくんが対応できるような布陣だ。僕も前に行くといったのに止められてしまった。たしかに僕は今チェーエンソーを持っていない。せいぜい武器になるのはメスと自分の言葉くらいだ。薄暗い地下からあがる道は行き止まりの二か所。つまり両方向から挟み撃ちにあってしまうと身動きがとれなくなってしまうという最悪の事態が考えられる。それを考えて僕たちはとりあえず上の階へあがることにした。みおくんとにぃちゃんは見張りの男を倒して下に降りてきたらしく、それを考えれば二人が屋敷に侵入していることはもうばれているとみていい。逃げ道を増やすためにも敢えて戻るということはせず、もう一つの出口から上にあがることにした。

なぜか見張りがおらず、正解はこっちだったのかと思わざるをえない。こっちから通ってくればもっと危険性は少なくなったかもしれない。なんてみんながぶつくさ言っているが僕としてはあまりにも不自然すぎて逆に頭を抱えてしまう。絶対に突破されてはいけない地下牢だったはずだ。と、いうかここに僕たちが助けだそうとしていた彼らはいない。僕らの侵入よりももっとおかしい事態が起こったからここから移したということだろうか?りぃにぃが何か派手にやらかしたとは思いにくい。僕がどんなに考えても考えるより行動派のにぃちゃんは階段をかん、かんと上がっていく。そこには和風の部屋があって、しかしっきまでの部屋よりもおじさんらしさが少なく、大きめの部屋になっていた。つまり重要な部屋であることは確かなのだけれど、それよりも重要なことから僕たちは目を背けるわけにいかない。

「おや、とてもかわいらしい子羊たちですね。わが主に惹かれて導かれてきたのでしょうか?ならばわが主は救いの手を差し伸べてくださいます。」
「九十九…適当なことを言わないで。僕は誰かを助けるほどの技量はないよ。」
「そうやって謙遜なさらずともわが主の身の潔白のほどは私がよくわかっております、嗚呼そうやって人間のように振る舞い人間に救いをお与えになるわが主はどうしてこんなにも慈悲深いのでしょう…」

目の前にいる白い髪の二人はどことなく外見が似ているようにも思える。オールバックのどこかあどけないのに話し方が変わった男性は目の前の三つ編みの男性に戴して恭しく頭を下げ首から下げたロザリオを握っている。いつもの光景なのかそれにたいして全く気にしていないのがむしろ僕たちには異様に映る。ぽかんと事の顛末を見守っていると三つ編みの男性が声をかけてきた。

「……椿のことを助けに来てくれたやまと君のご友人かな?」
「あ、ええ、まぁ…」
「僕は舞白、椿の兄にあたる。あおたくん、兄が君をあんな場所へ閉じ込めた無礼をお詫びするよ。」
「いえ、そんなことは別に気にしていません…」

僕も一応お詫びされるべきなのだけれどそこまでずうずうしいことは言わない。あおちゃんは招かれた上でああいう扱いを受けていたけれど、僕はただ身の流れに任せて飛びこんでしまっただけであって客人扱いではないのだから当然配慮にも違いが出るだろう。椿ちゃんのお兄さんだとするなら今目の前にいる舞白さんも一緒に椿ちゃんと幽閉されていたんじゃなかっただろうか。あおちゃんは彼の言葉に対してそういって目を伏せると思い切って顔をあげる。

「僕に何をしたかっていうことは今は問題じゃありません。やまと君は、どこにいるんですか?」
「……やまと君は、ごめんね、教えられない。」
「…!どうして…っ!」
「彼は関わりすぎてしまったから、兄から引きはがすことはできない。でも、君たちだけなら僕は助けてあげられる。」

椿も、やまと君も、そして兄のことも。そう言って舞白さんは悲しそうな表情を浮かべる。三つ編みがふわりと体の動きに合わせて何度か揺れると舞白さんは僕たちに向かって迷いのない目を向けてきた。その目が揺るがない決意を灯していることは誰にでもわかる。

「椿のことは、諦めてください。」
「…」
「そうすれば君たちだけは助けられる。確かに兄のやっていることは愚行かもしれません…それでも、まだ兄から強引に椿を引きはがしたりしないでくれませんか。椿がどうしてもここを出ていくという意志があるのなら、その時は僕と九十九でなんとかします。ですから…どうか、お引き取り願います。」

それは、思ったよりも強い、拒絶。自分たちの箱庭くらい自分たちでどうにかするから第三者は出て行けと言う警告。救いでも、助けでもない。他者介入から逃げて現状維持に努めようとしているだけだ。これが大人のやり方、方法だとでもいうのだろうか。現実を知って、堅実になって、それでなにが守れるというのだろう。それくらいなら僕は無謀な子供のままでいたい。ぐ、と拳を握りしめると一歩前に出る人物がいた。

「お宅の問題に首を突っ込んだのはこちらですから、言い分としては最もでしょう。しかし、うちの弟をここまでボロボロにしたんですから全員返してもらわないと分が悪いとは思いませんか?」
「……そうかもしれませんね、しかし彼らは不法侵入を犯しているのだからちょっとくらい番犬が噛みついたところで正当防衛です。…律さんはどうにかしましょう。それでも、やまと君は……」
「どうして!どうしてやまと君は一緒に帰れないの!?」

僕が「正当防衛にしては過剰だよ」とぶつくさ文句を言おうとしたけれど、それはあおちゃんの大声に掻き消されて消える。舞白さんは何かを言おうとしたけれどそれを遮るように九十九と呼ばれるオールバックの男性…年齢的には少年だろうか。彼が舞白さんの前に出ていく。

「わが主に大声を浴びせるのはおやめください、お美しいマリア。わが主を讃える讃美歌というのであれば話は別ですが。大天使ガブリエル、貴方は実弟の可愛らしいアンジュを傷つけられてご立腹でしょう、しかし黙示録を告げるラッパをお持ちではないようですね。アダムが真似て作った世界は、わが主のように7日間で世界を創造することはできませんでした。アダムはこの箱庭と言う世界を何十年もかけて創造なさったのです…その努力は認めうる功績でしょう。ナイトはイヴを助けるために黙示録へイヴをお導きなさった、けれど彼は考えが甘かったのです。彼は一人でラッパを吹けないことを、失念していたのです。」
「……朱織、この人何言ってるかわかる?」
「多分あおちゃんがマリアでガブリエルがにぃちゃん、僕がアンジュで箱庭を作ったアダムがおじさん、それを壊そうとするやまと君がナイト、イヴは椿ちゃんだろうね。箱庭世界の破壊、黙示録、ラッパっていうところから推測すると…多分ヨハネの黙示録のように世界を終わらすためには7つのラッパを大天使が吹き鳴らす必要がある、僕らはそれを揃えないうちに強行してしまった。時期尚早だったって言いたいんじゃないかな。」
「見目麗しいアンジュ、外見だけでなく中身も聡明でいらっしゃる。人間が理解できるようにするのであればそれで概ね正解です。貴方たちにイヴ解放のラッパを鳴らす資格はないと我が主は仰っておられるのです。」

九十九くんは素晴らしい、とぱちぱち拍手して僕の手を取る。その途端僕はみおくんによって九十九くんから引きはがされた。きっと口づけでもするつもりだったのだろう。九十九くんは仕方ない、と一息つく。

「…それで、あおちゃんの質問はどうなるの?答えになっていないよ。」
「ナイトはもう手遅れということです。彼は第一のラッパを吹き鳴らしてしまった。彼はもうアダムの箱庭に甚大な被害を与えてしまったということです。アダムの怒りから逃れる術はないでしょう…アンジュ、貴方とヨハネも危ないところだったのですよ。しかし今なら天啓を受けるのはナイトのみ。だからこそわが主は帰り道を貴方たちへ指し示しているのです。」
「…君たちはどうなの?いかにも他人事みたいに話してるけど。」
「ビショップ、貴方は私と似ている。アンジュさえ無事でいれば他はどうでもいいのでしょう?私もそうです、わが主の望みが私の望み。わが主が剣になれというならすべてを貫く雷のような剣となりましょう、盾となれというならどんな者にもわが主の葡萄酒を与えることは許さない盾となりましょう。わが主はこの世界の存続を望んでいらっしゃる…私はそれに従うまで。」
「つまり、アンタのいうわが主っていうのが僕たちに協力するって言うならアンタも協力してくれるわけだ?」
「もちろんですとも!この霧崎九十九、持てる力のすべてを持って貴方と共に終焉のラッパを吹き鳴らしてみせます。」

みおくんと九十九くんの会話でわかったことは舞白さんさえ説得できればこの箱庭ゲームは僕たちに優位になるということ。椿ちゃんは最初からここを出るという考えなのだからきっと僕たちに賛同してくれるだろう。そうすればおじさんの味方はあの奇形兄弟だけになる。あれは確かに厄介だけれどこれだけ数がいれば説得に押し切れる可能性も見えるのではないか。僕は望みをかけて舞白さんと交渉することを決める。

「舞白さん、ですね。僕たちに協力してもらえませんか?」
「それはできない、君たちまで巻き込むわけにいかない。」
「現状維持は結果として良いものをもたらしません。時期尚早だったというならその遅れを僕たちは今取り戻します。」
「……九十九、何か彼らに任せれば打開策が見つかると思う?」
「…そうですね、黙示録のシナリオを完成させるのであればラッパをふかねばなりません。彼らはそのためのピースを全く持っていない…ではこういうのはどうでしょう、勇気あるアンジュ。まずヨハネと合流しなさい、そのあとこの屋敷の中からアダムの”罪”を探して見つけ、わが主に提示すること。いいですね?それができるならあとはラッパを吹き鳴らすだけです。それのお手伝いをしましょう。」

おじさんの罪。そんな漠然としたものを提示されても困ってしまう。これはきっとヒントはもらえないだろうから僕はしばらく考え込む。おじさんが椿ちゃんにたいして異常なほど執着している理由、つまりこの家の過去について考えること、そこから屋敷を探索していくことがこの条件だ。きっと、舞白さんも九十九くんもそれを知っているのだろうけれど脅しの強行突破ではきっと許してもらえない。というか、めんどくさいから敵に回したくないタイプだ。おじさんと奇形兄弟に見つかることなくりぃにぃと合流し、屋敷を探索するというのは少々骨が入りそうな作業である。きっとりぃにぃならここにいるメンバーよりはこの屋敷に詳しいだろう。先にりぃにぃを見つけるのが先決かもしれない。

「…わかった、やるよ。」
「アンジェ、貴方が磔のユダにならないことを祈ります。そうですね…創世記にちなんで七日間と言うわけにはいきませんからあと七時間ということにしましょう。しかし現在時刻は夜中の十時です。十戒に安息日を心に留めこれを聖別せよとあります、休息はわが主がお与えになったものですから私たちはそれを賜る義務があります。わが主の前で眠ることを今日は許しましょう、朝の八時から午後三時まで。今は目を閉じて疲れを癒しなさい。霧崎家の者が見張りとしていますし、この部屋にアダムとその息子は入ってきませんから。」
「信用していいのかい?」
「ええもちろんです大天使ガブリエル。私はこの部屋で貴方たちがわが主に敵意を向けない限り、貴方たちの安息を邪魔することはしません。」

さっき彼がみおくんに言ったように、確かに九十九君は舞白さん以外に興味がないようだからその点を考慮の対象に居れれば僕たちを休ませてくれるという言葉に嘘偽りはないはずだ。僕は体の力が抜けてそのまま畳に頬を擦りつけるようにして倒れこむ。アンジュ、客用の布団を今ご用意しますという声を耳に入れると、僕はそのまま目を閉じた。


 

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