倒 錯わぁる ど

3:姫は平民に焦がれる
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ずきずきと体のあちらこちらから悲鳴があがるのを知りながらも僕は見ないフリをすることしかできなかった。こんなもので愚痴を垂れている暇があるのなら脱出方法を考えなくてはいけない。あの奇形コンビもおじさんもどこかに行ってしまった。僕がああいう権力とか暴力と互角に、それ以上に渡り合うためには対面して言葉で弱みを掬い上げていくしかないのだからこうして孤立させられてしまうと僕はもう手も足も言葉すらもでない。チェーエンソーはさっきの襲撃で落としてしまったし手元にあるのはメスくらいだけれども脱獄には向いていないだろう。八方塞がりの状況は誰か会話ができる人間が現れないと難しい。それまで静かに待機していないといけないのかと思うと気分が鬱々としてしまう。

ふんふふん、と鼻歌を口ずさみながら僕はこれを打破するべく思考を巡らせる。十中八九あの奇形児コンビはおじさんの切り札的存在だろう。それを僕とりぃにぃにけしかけてきたということはおじさんにとって僕たちが一番消したいと思っている存在であることは間違いない、つまりおじさんにとって僕とりぃにぃは簡単に言えば「苦手なタイプ」ということ。そんなこと誰だってわかるしそうであったとして、それがこの状況の打破にどう使えるかと言ったらわからない。しかしこれは「ラスボスにたどり着けば必ず勝てる手段を見つけた」というのと同義であって僕たちにとってはいい情報であるはずなのだ。僕がここから出れたら、の話だけれども。

「そういえばやまとくん、どこ行ったかなぁ。」

それは単なる独り言。一人で単独行動をはじめてしまったやまとくんの身を案じて発した言葉。それが対人関係を得意とする僕にとって、打開策を生み出すとは思ってもいない。がたん、と隣から物音。僕はそれに気づかないほど呑気にことを構えていない。おじさん側の人間か、とにかく言葉が通じる相手であればいいのだけれども。しかし聞こえてきた声は地下の廊下から響いているのではなく、壁一枚隔てた向こう側からだということを理解する。そしてそれは僕にとって聞き覚えがある声だったことも。

「やまとくん、今、誰かやまとくんって言った?」
「……あおちゃん?」
「え、なんで、なんで名前…」
「ふふ、混乱してるから僕が誰だかわからない?朱織だよ、あおちゃん。」

あおちゃん、やまとくんが大切にしている人だ。ああやってちょっと軽そうに見えるやまとくんだけれどもあおちゃんと付き合っていなかったら多分そうなっていたであろうことは想像がつく。やまとくんはあおちゃんがいるからこそいつも紳士的なやまとくんなのだ。あおちゃんがいかに偉大であるかということは想像しやすいだろう。あおちゃんはにぃちゃんのクラスメイトでもあってたまにお話してくれる優しいお兄さんという印象を受ける。そんなあおちゃんだからこそ、やまとくんにたいする依存が深いことも納得はいかないでもない。そんなあおちゃんがどうしてこんなところに?あおちゃんは多分、こういうことに自分から首を突っ込んでいくタイプではないだろうし憎まれるようなタイプでもないだろう。りっくんややまとくんじゃああるまいし。それでも確かに隣の牢から聞こえる声はあおちゃんのものであることは確かだ、とにかく話をしてみないことにははじまらない。

「あおちゃん、どうしてこんなところに?なんかこの屋敷に知り合いでも?」
「そういうんじゃ、ないんだけど…やまとくんのバイト先がここでたまにお迎えに来てて、顔知ってる人がいて…やまとくんたちがここに乗り込むっていう話を聞いて心配で来てみたら黒髪の男の人が連れてってくれるって…そのあとは記憶がないの…」
「おじさんったらあおちゃんにまで手出すなんて…見境ないなぁ」

大方やまとくんと相対するときの取引材料のつもりだったのだろう。純粋なあおちゃんを騙してスタンガンか何かで気絶させてこんなところに放り込むなんて。あおちゃんはいつもよりも元気がなさそうな声だった。表情を見なくても沈んでいるのはわかる。なだめようにもあおちゃんも僕も同じ状態なのだから励ましあったって無駄だ。うーん、と頭を悩ませてそういえば、とポケットに入っていたスマートフォンを取り出す。しかし、さっきの戦闘で壊れてしまっているようで電源が入らない。多分電源が入ったとしても妨害電波の一つや二つお手の物だろう。援護を頼むという手はない。りぃにぃがどうにかここまで来てくれるのを祈るだけだがりぃにぃは深手を負っているし彼が捕まったらそこで終わりだ。おじさんの目論み通りおじさんの日常は、危険思想は守られてしまう。きっと僕たちだって生きては返してもらえないだろう。あそこまで奇形児コンビを煽ってしまった僕は嬲り殺されでもするんだろうな、という予想までは完璧だと思う。その完璧な予想を今から覆すにはどうすればいい。あおちゃんはぽつりとそこで言葉をこぼす。

「やまとくん、危ない目にあってるんでしょ?」
「…まぁ、そうだろうね。あおちゃんは見えないだろうけど、僕何本も骨イカれてるし。そんな奴がたくさんこの屋敷にいるのであれば、やまとくんもどんな目にあってるかわからないねぇ。」
「そこまでしてここにいるお嬢様が大切なのかな…」
「お嬢様?」

そういえば行く前にやまとくんがそんなことを言っていたような。確か名前は椿嬢。あおちゃんはやまとくんが椿ちゃんという子に取られることを案じているのか。椿ちゃんを見たことがないから言えるのかもしれないけれど、僕からしてみればやまとくんにはあおちゃんしかいないのだけれどもそんな根拠のない励ましはかえって不安にさせるだけだ、と口をつぐむことにする。

「僕がやまとくんにできることってなんだろう。」
「できること?」
「朱織くんは、みおくんに何ができる?」
「ふむ。」

牢にとっ捕まっているというのにこれではちょっとした惚気話もいいところである。みおくん、最初は理解者になってほしかった人。それが今は恋人と言うことに落ち着いているけれど毎日違ったみおくんを発見できるのはとても楽しい。みおくんはかっこいいしデートしててもみおくんに視線が集まっているのはわかっているけれど、みおくんの視界には僕しかいない。みおくんにとって人間は僕だけ、そんな優越感があるからこうして余裕ぶっていられるわけでそうでなかったら僕も僕らしくなくうじうじと悩んでいたかもしれない、というかみおくんがそんな人だったらもうすでに僕はみおくんを殺してしまっているかもしれないけれど。僕は考えてみる。答えはそんなに難しいものじゃなかった。

「またね、っていうこと。」
「…え?」
「挨拶だよ、ただの。言葉って対人関係に置いて最も重要でしょ?その中でも挨拶って一番重要なの。だから僕は帰り際にみおくんにまたね、って言うの。明日また会えるように。だからあおちゃんは何もできないなんて悲観しないの。やまとくんにとってあおちゃんは居場所なんだから。不安かもしれないけどやまとくんが帰ってきたらちゃあんとおかえり、って言ってあげればいいんだよ。」

世の中には適材適所というものがある。自分がどういう立ち位置にいてどういうベクトルから対人関係を築いていくかというのが重要なのであってなにもあおちゃんがやまとくんのようなヒーローになる必要はないのだから。あおちゃんの顔は見えなかったけれど、少しでも彼の憂いを軽くしてあげられたならいいのだが。みおくんのことを考えて、僕もさすがにこんなところで殺されるわけにはいかないな、と思う。またね、って約束したから。僕はちゃんとみおくんのところに戻らないといけないのだ。またみおくんを一人きりの世界に残していくわけにはいかない。別に僕だってなんとなくてここまできたわけではないのだ、りぃにぃとやまとくんが大切にしている人ならちょっとくらいお手伝いしようというまぁ確かに動機は軽かったかもしれないけれども。あんな奇形児の番犬がいるなら最初から来なかったかもしれない。後悔をしているわけではなく、ちょっとだけ寂しくなっただけ。

しばらくあおちゃんとも打開策がでないうちにぼんやりと過ごす。誰もここには通りかからないし、ただ地下の冷たい空気が僕たちの肌を刺していくだけ。打つ手がない。外が暗いのか明るいのか時間感覚すらわからなくなっていく。窓もない、時計もない部屋というのは精神をおかしくしていくのかもしれない。時間感覚が狂うというのはたぶんそういうことなのだろう。お腹も空いたし喉も乾いたし眠くなってきた。思考することすら僕から奪うなんてそんなことしたら僕はただのかわいい男子大学生でしかなくなってしまうじゃないか。まぶたが何度か上下して、視界がだんだん狭まっていく。そんなときしゃらん、という音がした。

「!?なんの、音…?」

僕はできるだけ鉄格子に近づいて外を見ようとする。薄暗くなった廊下に誰がいるかなんて視界に入れることもできない。しかしコツコツと、確かに足音が聞こえてくる。とにかく、誰か言葉の通じる人でありますように。そう祈りながら僕はその人物のことを待つ。お願い、どうか、状況を変えることのできる何かでありますよう――。そこで突然、足音が止まる。というか、その前に確かに誰かがその足音を立てていた人物を蹴り飛ばした音がした。ばきっ、という音と共に足音は消えて代わりに地面に何かがどさりと落ちる。そのあとしゃらん、という音。それにまた、足音。なんとなく音だけで展開はわかるけれども、倒れたのが敵か味方かというのが問題である。

「無断外泊は禁止だよ、悪い子だね。」
「いいから早くそれ寄越せ、はやく!」
「……あ、」

僕もみっともないなぁ。緊張の線がぷつんと切れた瞬間に、安心した途端に、また視界が歪んじゃうんだから。きぃ、と鍵の開く音。僕は目の前にいる彼に思わず抱きついた。彼は体勢を崩しかけたが、どうにか立て直したようでそのままいつものように恐々と抱きしめてくれた。僕はお姫様じゃないんだけどなぁ。ただ、ただの人間なんだけれど。それがきっと、特別なんだろう。

「何してるんだよ、バカ。」
「ふふ、ありがとう。ありがとうねみおくん、にぃちゃん。」
「ん、あ、ばんそこ…くん…」
「本当に、手間のかかる子たちなんだから。」

にぃちゃんは目を擦って眠たそうにしているあおちゃんの手を引っ張って牢から出していた。隣に居たとは言え、あおちゃんの顔をちゃんと今確認してみると目元が真っ赤になっているのは明らかだ。あおちゃんの前でこうして僕はみおくんに抱きついてしまっているのはなんだか申し訳なかったけれども、みおくんは僕の王子様なのだから少しくらい許してほしい。流石に背中に回していた手はほどいて指を絡めるとみおくんに笑いかける。みおくんはやっぱり怒っていたけれども、ちゃんと手をぎゅ、と握り返してくれた。

「で、僕とみおの目的は果たしたのだけど、きっと君たちの目的はまだなんでしょう?帰ろうって引きずったって拒否されてるのは目に見えてるんだから協力してあげる。」
「やまとくん、を見つけたいの。」
「りぃにぃを見つけてこの箱庭に閉じ込められてる子を解放する。」

みおくんもにぃちゃんも無謀な話にちゃんと乗ってくれた。地下から上に空いた穴をみあげればすっかり外は暗くなっていて星がきらきらと瞬いている。地下に僕たち以外に誰かが囚われていることは明らかなのだ。場所さえ見つけてしまえばさきほど僕たちが解放されたようにみおくんとにぃちゃんが監視から盗んだ鍵であけることができる。あとはやまとくんとりぃにぃと、できればおじさんを見つけられれば終わる。きっと、一日で箱庭がどうなるのか決着がつくだろう。こんな小さい場所にこれだけ因果が重なればその場所がどうなるかくらい、想像するまでもないのだから。僕は力強くみおくんとつないだ手を握りしめた。


 

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