倒 錯わぁる ど

13:リセット≒コンティニュー
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華が、散る。人形が動く。いったい俺はどうしたらいいのだ。これは戦争なんかじゃなかったはずだ。これは徴収だったというのに。俺は、俺はどうしたい?そんなことわかるはずがないだろう。俺は俺のやりたいように動くだけだ。やりたいこととはなんだったか?俺はいつから、こうなった。

「私は、今までお兄様のお陰でこうして生きてきたわ。」
椿が俺の前に立っている。
「だから私は貴方を憎んでないの。」
椿が俺の手を包む。小さくて、柔らかくて暖かい。
「やりすぎだったところだってたくさんあったけれどね。」
俺の身体は震える。これ以上俺に触れているな。
「私は外に出たいわ。」

俺は椿の手を払った。椿はそれを驚いたような顔で――驚いた?違う、そうじゃない。椿はそれによってなんだか寂しげな色を浮かべた。傷ついたような、そうか、これは、母様があのクソ親父に見放されて浮かべた顔と類似している。椿と母様が似ているわけがないのに、俺は何故かそう思うしかなかった。俺はあの親父と同じことをしている?そんな、そんなことはないはずだ。俺は親父の庇護下でしか生きていけない可哀想な椿を…可哀想?今俺の目の前に可哀想な椿なんてものがいるのだろうか?椿にもう俺は必要ない、じゃあ俺はどうすればいい?もはやわからない。俺が椿を支配していたのか椿が俺を支配していたのか、はたまた支配なんて大それたこと誰にもできていなかったのか。俺のしてきたことはなんだったのか。きっとなんでもなかったのだろう。俺はぐるぐると周囲を見回す。焦点は合わない。

「お兄様!」
「兄さん!」

声が重なった。それと共に両の手が別々の手に包まれる。誰か、なんてわかりきっていた。愛しい俺の華と人形…いや、違う、俺の弟たちの声が。思い出したような気がした。椿を殺めそうになったときに笑ったその天使のような顔。俺が椿に触れることを嫌がっている時に俺を支えると言ってくれた舞白の優しく柔らかい笑顔。俺は間違ったことしかしてきていない、それがある意味自慢のようなものだ。だというのに、間違ったことしかしておらず、あの餓鬼から言わせてみれば中途半端な俺をこうして今まで見捨てないでいたのは何故だ。俺は何も見てこなかったのかもしれない。我慢して生きてきた舞白にわがままばかりを押し付けた。甘やかして育てた椿の口から出た望みは叶えられるだけすべて叶えた。舞白と椿が真に望んでいることはなんだ?俺の箱庭で叶えてやれない願いは一体、なんだ。

「…お前たちの望みはなんだ?」
「…望み、ですか。」
「…望み、ねぇ。」

舞白の笑顔は変わらない。ずっとあの頃と同じ、柔らかくて俺を安心させるそれのままだ。椿の笑顔も変わらない。いつまでも天使のように繊細で芸術品のような美しいまま。

「叶うのであればずっと、兄さんのそばに居させてください。」
「私は……お兄様におかえりと言ってほしいわ。」

家から出たい、そんな言葉が来ると思っていたのだ。俺は驚いてしまう。特に椿からはそう言われると思っていた。俺だけじゃない、椿の発言には全員が驚いていた。なぜならこれは椿が望んではじめた戦争であったはずだったからだ。とは言っても実際そうじゃなかったかもしれない。椿を幽閉したことに腹を立てた外部の人間が助けに来た。その流れであったはずだ。それに椿はずっと外に出たい、と言ってきたはずなのに。椿は呆れるようにため息をついた。

「馬鹿ね、私は確かに外に出たいと言ったわ。でも私の帰る場所はここしかないじゃない。他にそんな場所があるっていうのかしら?」
「…じゃあ、」
「私は大学に行きたいの。勉強してみたいわ。それに家のことも自分でできるようになりたいし、料理だってしたいの。私、知りたいことがたくさんあるわ。私はその知った知識を誰に話せばいいのよ、お兄様しかいないでしょ。椿が見た世界を、貴方にも見て欲しいのよ。だから私は家を出ないわ、ごめんなさい。でも今のお兄様ならそれでも大丈夫だと思うの。…信じていたいのよ。」

気づけば椿に触れられているのに身体の震えは収まってきていた。信じていたい?この俺を?椿は舞白に何か言うと舞白は俺から手を離す。そして、椿の身体が俺に預けられた。椿の手は俺の着物の裾を掴んだ。俺は抵抗することもできない。すると舞白が椿を挟む形で俺の背に手をまわしてくる。まるで、あの時のように。何も、変わっていない。

「椿におかえりと言って、朝にはいってらっしゃいと言って。お願いよ。」
「あの時はできなかったけど、今度は支えてみせますね。」

俺は、本当はここで二人を突き放して自由にしてやるべきなのかもしれない。それが正しいことなのかもしれない。でも、俺は間違ったことしか選べないからしょうがないよな。俺はそうやって言い聞かせる。

間違った道しか選べない俺は、二人を抱きしめてやった。

二人分の重さは俺に支えきれるものではないかもしれない。だからなんだというのだ。俺は何度も転んできた。今更擦りむいたところで何が怖いというのだろう。

「餓鬼」
「…このタイミングで僕に声かける?空気読めないなぁ。」
「お前がいなければこんなに拗れることはなかっただろう」
「は!?なにそれ僕結構頑張ったと思うんだけど!何度殺されかけたと思ってるの!?」
「だからオミマルを頼む。」

首がもげそうなくらい体を揺らされる。ぐわんぐわんと体が揺らされると意識が飛んでいきそうだ。それくらいの力を持っているのが誰かくらいわかる。

「おとぅさんそれどういうこと!?」
「納得…できない。」
「…椿と一緒にオミマルも外に出てみるといい。別にお前たちを捨てようというわけじゃない、椿と一緒に帰って来い。お前たちの力に知能も足し合わせればその餓鬼なんて簡単に捻れるぞ。」
「ちょ、意味わかんないんですけど!?ほんっと自分勝手な人だね!?」
「後で椿とオミマルはお前たちの大学に入学するよう手続きをしておく。」

餞別として嫌がらせでも受け取れ、と思う。礼なんて言ってたまるか。舞白がふふ、と微笑んでいるのですべてお見通しかもしれない。俺は笑った。どんな風に笑ったかはわからないけれど、舞白と椿が泣きそうな顔で笑ってこちらを見たのでいつもとは違っていたのだろう。

「お兄様、写真と同じように笑っているのね。」

なんだか照れ臭くなって俺は顔を背けた。話を逸らすようにして九十九に向き直る。なんだかんだ一番この事態で被害を受けたのは(主に律とヤマトのせいで)霧崎家かもしれない。

「すまなかったな」
「…いえ、私は貴方が主の願いを受け入れてくださっただけで満足しております。アダム、貴方の罪はそう簡単になくなるものではないかもしれない。それでも償うことは、できるでしょう。」
「償い…ばかばかしいことを言うな。」

俺はそろそろ足が痺れたので舞白と椿を押しのけようとしながら九十九の言葉に応える。箱庭は、俺だけの箱庭だと思っていたそれは、今日からは違う。

「俺は俺のしたいように、また間違っただけだ。」

箱庭は世界になる。俺たちの、世界に。



 

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