倒 錯わぁる ど

12:ワガママディスカッション
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執着。それに限る。確かにおじさんに悪影響を及ぼす環境が蔓延っていたのも確かかもしれない。けれど、おじさんは明らかにミスを犯した。それがいけなかったのだ。僕の答えに場はしんと静まり返る。この回答のジャッジをするべきなのは果たして誰なのだろうか。一番最初にこの場所を設けたつっくんがまず口を開く。

「アンジュ、それではあまりにも曖昧です。私たちにもわかるように天啓を下してください。」
「言われなくてもそのつもりだよ。おじさん、よーく聞いててね。」

僕はおじさんに声を投げかけた。おじさんは不満そうな目でこちらを一瞥する。そんなもんだろう、というかこの反応が見れただけで少しだけ安心できた。だってもし的外れなことを言っていればおじさんは僕を挑発して緊張と焦りで戸惑う僕を見て笑っただろう。おじさんに会うのは二回目だけれども、一度の会話だけで性格がいいという印象は全く持たなかった。これくらいひねくれていると考えるのが妥当だろう。そんなおじさんがぶすくれた顔でこっちを見ているということは案外的外れではないということだ。カマをかけるようでずるっこい気がするが致し方ないだろう。僕は内心の安堵を見せないように言葉を続ける。

「執着、それがおじさんの罪。僕が集めてきた情報はそんなに多くない。りぃにぃやヤマトくん、椿ちゃんから話を聞けばもうちょっと詳細が掴めて輪郭もはっきりしたかもしれないんだけど…それはちょっとフェアじゃないでしょ?だから多くは聞かなかった。おじさんがどうして離宮にいたのか、なんでおじさんとお父さんが仲が悪かったのか。そんなこと僕には関係ない。踏み入れるべき領域ではない。僕の専門はその先。」

一応予備知識として知っているのはおじさんと舞白さんと椿ちゃんは父親が同じだけれども母親が違う腹違いであること。椿ちゃんが甘やかされて女性のように育てられたこと。跡継ぎはおじさんではなく舞白さんであること…その程度だろうか。ここで手に入れた情報は確信を得るための、僕が動くためのエンジンというべきものばかりであり、勝てるカードではない。勝たなくてもいいのだ。僕は。おじさんに勝つのが目的じゃあない。舞白さんとつっくんに納得してもらえるのであれば負けてもいいのだ。僕は唾を飲んだ。

「おじさんの罪。おじさんが、おじさん自身で決めて、おじさんが選んだ行動。人生って行動の連続だからね、誰だって間違うことはあると思うんだけどさ。何に執着しているかなんてわかるよねぇ?もちろん、おじさんの兄弟。おじさんは執着して、そのまま執着し続ければよかった。おじさんはもっと、もっと、椿ちゃんを華でいさせたいのであればもっと頑丈に縛っておけばよかった。舞白さんを人形でいさせたいのであればもっと愛情を渡してやればよかった。おじさんの執着は、中途半端すぎた。」
「家の中ですべてを済ませればよかったとでも言うのか?」
「そうだね。おじさんの執着は人間の欲望としてあるべきだ。でもおじさんは箱庭を広くしすぎた。箱庭に他人を入れこみすぎた。それがいけなかった。特にヤマトくんなんていうヒーロー気質の彼を入れてしまったことがいけなかった。」
「それについては同感だ、餓鬼。」
「おじさんは怠惰だ、自分の箱庭にいれる人形くらい自分で選ばなきゃ、おじさんだけの箱庭になるはずない。そうは思わなかった?」

そう、おじさんは執着した、それならまだしも執着したくせに怠惰を極めた。おじさんはもっと自分の箱庭を大切にしなければいけなかった。この箱庭は実験じゃないのに、おじさんの世界なのに、おじさんは世界生成を怠った。そしておじさんは今もそれに気づいていない。気づいていないのか気づかないフリをしているのか、それとも手遅れだからこそこうして強硬手段に及んだのか。とにかくおじさんが自分で作り上げたと思っていた箱庭はおじさんのものではとうになくなっていたのだ。

「自分でここに入れる人間を選べばこうはならなかったと?」
「違うよ、おじさんが箱庭に入れる人間を選ばなかったことは確かに一番のミスだ。でもおじさんは中途半端だって言ったでしょ?本当に箱庭から出したくないんだったら蓋をしてしまえばいい。絶対におじさんから逃げられないようにしてしまえばいい。方法なんてたくさんあるでしょ?例えば、逃げるための足を切断しちゃうとか…ね。」

息ができなくなった。これ以上何も言えなくなった。僕は畳に叩きつけられて体が浮き上がって、強い力で首を絞められてさらに畳に押し付けられた。数秒の出来事。その正体くらいわかっている。だって僕はそれを誘導したんだから。視界に揺れる栗色の髪。僕は挑発するように笑う。

「…なに、その顔?僕が倫理的にひどいことを言ったから?君の御主人様がどれだけのことを仕出かしたか考えてみなよ、それくらいやっててもおかしくないんだよ。」
「おとぅさんのことを悪く言うな!これ以上何か言ってみろ!おまぃの爪を一枚一枚剥がして体の部位を切断してひたすら苦しめてから殺してやる!簡単に死ねると思うな!」
「おーじさん、そんな怒らないでよ。これで僕は一つ分かったことがあるんだから。」

僕は絞められた喉からどうにか声を絞り出す。これが、これが見たかったんだよ僕は。そうじゃなきゃ僕だって椿ちゃんの足を切断すればいいなんていわない。そんなことを言って本当にそんなことされたらどうしようもない。けど、違うんだって薄々わかったから。おじさんには自覚がないだろうけれど、おじさんはやっぱり中途半端なんだ。冷酷にもなりきれない、綺麗にはなれない、けれど黒くもなりきれない。僕みたいな真っ黒からすればおかしい存在なんだよ。僕は皮肉げに笑う。

「おじさん、椿ちゃんのこと愛してるからそんなひどいことできないんでしょう。」
「…」
「椿ちゃんのことも、舞白さんのことも愛している。おじさんはそれがわかりにくいだけ。拗らせた原因はあげればきりがないんだろうけど…でもおじさんはちゃんと二人のことを愛しているじゃない。狂気的な愛じゃなく、どこか狂った愛でもなく、おじさんの愛はまるで一般的だ。僕だったら手に入れた途端とりあえず僕しか見えなくするよ。おじさんはそれができないでしょう?だからおじさんは戻れる。まだ引き返せるところにいるんだよ。

僕は反応のないおじさんに困惑する奇形児を押しのけて上体を起こすとさきほど椿ちゃんの部屋から持ってきた写真立てを出す。椿ちゃんのほうへ振り向いてごめんね、とジェスチャーすれば驚いた表情を垣間見せたがふるふると首を振った。怒っている様子や、それを見せるな、と言ったような表情はない。きっとお咎めなしということだろう。そういう風に解釈しておいてあとで謝ることにしよう。僕はそれをおじさんの前に出す。

「これ、椿ちゃんの部屋のものだよ。椿ちゃんの部屋に入ることも怖かった?おじさんはそんなに椿ちゃんを割れ物扱いしてた?確かに椿ちゃんは何も自分ですることを禁じられてた。でも人心掌握ってそんなに簡単だと思ってた?椿ちゃんはおじさんがいなくても生きていける。おじさん以外の人と幸せになれる。おじさんが守ることなんかない。椿ちゃんは自分で自分を守れる。自分を守れてないのはおじさん自身だよ。」
「…ご立派な考えを振りかざすんだな餓鬼。自分が正義の味方とでも思っているのか?」
「とんでもない。僕はただこの混乱に乗じて金目のものでもちょろまかしていこうかな〜なんて思ってるただの部外者。ここまで突っ込んでいく気は全くなかったよ。でもねぇ僕の箱庭にまで手を出してきてほしくはないんだ。つまりはわがまま。僕の理論は僕にとっての正義で外から見ればただの駄々かもしれない。そんなことを判断してくれる人はいないよ、神様くらいじゃない?」
「俺は無神論者なもんでな」
「僕もだよ。だから自分が自分を守らないと神様がいない世界で自分を守ってくれる人なんて他に居ないんだ。それなのにおじさんは自分を守ろうとしない。おじさんを今まで守ってくれていたのは、舞白さん…貴方だね。きっとおじさんは貴方がいなかったら本気で黒くなっていたかもしれない。…ねぇおじさん、考えてみなよ。舞白さんはそんなおじさんをずっとそばで支えて、椿ちゃんは三人で仲良くできていた頃の写真を今でも大切に持っている。じゃあおじさんは?おじさんはどうしたいの?」

しん、と場が静まった。おじさん、また選択の時がきたよ。今度は間違えないで。間違ったことしかしてきていないおじさん、だけど今だけは間違えないで。今、間違えてしまうのなら。こんなに愛されていながらまだ間違おうと思っているのであれば、僕は貴方を許せないからだ。許せないし、貴方は許されない。僕は誰かを裁く権限はないけれど貴方を愛している人たちには貴方を裁く権利が十分にあるのだから。曖昧な答えでは、狂ったフリでは乗り切れない。おじさんは微動だにしない。これだけ人が密集している空間で誰も言葉を発しない。

「兄さん」

声を出したのはおじさんじゃなかった。おじさんじゃなく、舞白さん。舞白さんは隣に座っているおじさんのほうへと向き直って頭を下げた。おじさんはそれを見ている、しかし、その表情はわからない。

「兄さん、僕のことを許してください。僕は兄さんに嫌われたくなかった、兄さんに見放されたくなかった。だから、兄さんのためだと思って何も口出ししなかった。椿、君にも謝らなくちゃいけない。僕がこんな自分の身可愛さに椿のことを考えずにただ傍観していてしまった。いつまでも椿は赤ん坊のままだと思ってしまった兄をどうか許してほしい。君の自由と言うものを、君の意思と言うものを無視してしまってごめん。」

いや、謝るべきは貴方じゃないでしょう。きっとこの場のすべての人がそう思っていたはずだ。舞白さんは二男でありながらこの家の跡継ぎであり、おじさんのわがままな愛と椿ちゃんの成長に板挟みになっていたのだろう。きっと根は真面目な人なのだ。だからこうして罪悪感を抱いてしまって謝罪の言葉を口にしたのだろう。呆れてしまうくらい善人だ。舞白さんは顔をあげておじさんの目をじっと見た。その横顔を見て僕は胸を撫で下ろす。僕の答えは舞白さんのことを少なからず動かすことができたのだ。とはいえ、ずっと罪悪感を抱え続けてきて息を吹きかければすぐ動いてしまったのかもしれないけれど。もう僕の役割は終わりだろう。そう思ったところでヤマト君がす、と前に出てきた。

「…”守るということは束縛だ。絶対に庇護できる自分の力の範囲内で捕えて、離さぬことだ。お前も同じ考えではないのか。”貴方は俺にそう、言いましたよね。俺はそれを今、否定できます。俺はまだまだ好きな人を野放しにして守ることはできない。そんな、怖いことはできない。だから未熟なんです。俺は気づけた、俺だけが守ってるわけじゃない。俺には俺にしかできないことと、絶対に俺じゃできないことがある。椿嬢の兄で、父で、すべてであることはできない。そんな無茶なことをしようとしたらどこかで躓くのは当たり前で…俺はあおちゃんを守って、あおちゃんに守ってもらって、そうやってこれからやっていこうと思うんです。」
「好きにすればいいだろう、」
「…ええ、貴方に会わなかったらわからなかったと思います。」

ヤマトくんは笑った。彼も何かを乗り越えてくれたのかもしれない。これからもあおちゃんとヤマトくんは大丈夫だろう。この騒動は確かにどうしようもなく周囲を巻き込んだ酷い戦争になったけれどただ失っただけの人は誰もいないのかもしれない。そうであってほしい。そして、この戦争は終わる。おじさんはまだ何も言及しない。そのまま、なぁなぁのまま終わらせていいのだろうか。それでももうここからは僕が煽るべき領域じゃない。僕はただおじさんの中途半端さ、それ故におじさんには愛情があるんだということ、そしてまだ取り返せるんだということを言えれば終わったようなものだ。この家にある事情というものはもっと深いのかもしれない。でも僕はそれを知るべきじゃあないし知っても答えは変わらない。おじさんはまだ引き返せる、それは覆らないのだ。

「お兄様、どうにか言ったらどうなのかしら?」

このまま減速して僕たちの戦争は終着駅に向かう、そう思ったところで飛んできた声。あのまま彼が成長しなかったら。ヤマトくんに出会わなかったら。出会ったところで恋に落ちなかったら。そうであったならいつまでも愛でられる対象としてここに居続けたであろう彼は、もうそうではない。彼はもう華ではない。綺麗なそれではない。綺麗でなくても、彼は綺麗であろうとする。きっと罪悪感もあるのだろう。自分が我慢していればと思ったり、ここまで被害を大きくしたことを申し訳なく思っているのかもしれない。それでも彼はそれを表に出さない。だからみんなは、いや、僕自身も彼を崇高であると思うのだろう。

「…椿。」
「答えて、お兄様。貴方の望みはなに?」



 

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