倒 錯わぁる ど

11:終着開始の時を告げる
14/14

人数が三人増えて、さきほどの部屋に戻ると特にその部屋に変化は見られず、ただしつっくんが舞白さんの横ですやすやと眠っている。僕たちの姿を確認すると舞白さんはつっくんを揺らし、彼を起こした。

「あぁ…おかえりなさい、天使たちよ。手がかりは…見つかったようだね。」
「舞白お兄様、私、止まっていたくないわ。」

部屋に入ると椿ちゃんは舞白くんの前に正座しそう言い放つ。それはやはり綺麗に見えたけれど、実際それは子どもの主張である。自由に生きさせてほしいと、まるで自分の人生を掴んだように言っているが、舞白さんからすればやはりそれは戯言なのだろう。舞白さんは椿ちゃんに向き合うと優しげな雰囲気から一変する。声は変わらないけれども、まるで生徒を叱責する教師のように冷たい言葉を発した。

「じゃあ、椿はどうしたい?」
「ここから出たいわ。お兄様に縛られていたくはないの。」
「椿。まだ君は湯あみも一人でできない。料理だって律さんがいてくれたからどうにかなったけれど、家から出て律さんのところに転がりこんだりはしないよね?人に迷惑をかけちゃいけないよ。椿はこの家にいたから今までずっとわがままが通り続けてきたけれど、椿がここから出るなら今のままじゃいけない。一人で生きていかなきゃいけないし僕には今すぐ椿を外に出して、一人でやっていけるとは思わない。」
「でも、舞白兄様だって千羽陽お兄様に言ってくれたじゃない!」

まるで普通の家の兄弟喧嘩を見ている気分だ。というか、この事態すべてが結局は家族のもつれと言うか、喧嘩そのものなのだけれども捩れた兄弟間で彼の言っていることだけは確かに正論だ。ここまで人間が正しくていいのかと思うほどに。きっとこれが彼のすべてではないのだろう。僕はまだ彼のことをよくわからないけれど、ここまで正しくあろうとした人間が歪まないはずがない。どこかで何か歪みでも生まれていなくちゃあ正しくない。言ってることがごちゃごちゃに聞こえるけれどようは聖人君子なんて世界には存在しないというのが僕の意見だ。正しくあろうとしても、その正しさに押しつぶされて結局はそんなものにはなれない。だってそんなこと、気持ち悪いから。だから正しく見える彼はきっと何か別のものがあるのだろう。じゃなきゃこんな正しいことばかりぽんぽんと口から出せるはずがない。彼はまるで理想の兄のようなことを当たり前のように僕の目の前でやってみせるのだ。

「椿。自分の意見がすべて押しとおると思うのはやめなさい。どれだけの人に迷惑をかけているんだ。」
「で、でも…」
「兄さんを説得してからじゃないと椿は家から出せない。いいね。」
「おじさんを説得?そんなことできたら最初からこうはなってないでしょ〜。」

あまりに言っていることが正しすぎて。しかしこの場にそぐわなすぎる正しさに僕は口を挟まずにはいられなかった。正しけりゃいいっていうものじゃない。彼にとっての正義がどこにあるかわからないうちに一般的な正しさを押し付けられていては彼はいつまでたってもこの家から出ることができないだろう。お嬢様に媚を売るのも悪くない。僕はそんな適当な理由で動くことにした。正直僕はそんなこと本気で思っていなかったのだろうけれども――行動には何か理由が必要だというのならきっとそれくらい適当な理由でいい。僕はとにかく何故かこの兄弟の言い合いに口を突っ込んでいた。身内で解決したいなんて言っていたけれどもここまで来てしまえはそんなこと言ってられないだろう。今更蚊帳の外に追いやるなんてこと、できるはずがない。僕たちはちゃんと、この兄弟喧嘩に関与してしまったのだから。もう傍観者でもエキストラでもない。突然割って入ってきた僕に椿ちゃんはぎょっとして、舞白さんはなんだか冷静だった。僕が入ってくることくらい予想できていたんだろうか。こんな聖人のような皮を被ってこの人、中身は侮れない人だなと察した。こういう人が一番わかりにくい。ちょっと同業者みたいだから。僕はそこでなんとなく思って口をはさんだ以上は攻撃をしかけることにした。

「おじさんの意見が曲がるとでも思う?舞白さんも椿ちゃんも軟禁しようとしたんでしょ?そんな手段も選ばない、しかも僕たち侵入者に対してあんな奇形チートをぶつけてきたんだから。そんなおじさんがどうにかなるなんて思わないなぁ。」
「確かにそうだね。じゃあ君は椿をこれから一人で生きさせろって言うのかな。」
「そんなの椿ちゃんがどうにかするでしょ。僕が指摘したいのは舞白さんがおじさんに甘すぎるってこと。椿ちゃんのこと考えているように見えるけどそれって本当に椿ちゃんのためなのかな。確かに言ってることは大人らしい。現実をよくわかってる。でも誰かの人生が捻じ曲げられるってときに一般的な常識を叩きつけるのが大人だっていうのであれば僕はずっと子供のままでいい。…僕のことを子供扱いしてくれる人が果たしてどれくらいいるのかわからないけれどね。」

もし舞白さんが一般常識を振りかざす聖人君子であるのであれば、対処しようもある。けれど十中八九そうではないだろう。舞白さんの正しさの基準は一般社会にない。そうであれば舞白さんはとっくにこの家から出ていくはずだ。最悪の事態だけれどもきっと舞白さんの正義は、正しさはおじさんだ。どうしておじさんなんかに、と思うけれどもそれこそ家庭の事情だ。きっと何かあったのだろう。若いころのおじさんは今よりは素直でしっかりしてたのかもしれない。全く想像もつかないけれど。舞白さんはうろたえる様子もない。手ごわいなぁと頭を悩ませてしまう。

「君は他人だから椿がどうにかするだろうなんて曖昧で無責任なことを言っても当たり前だけど、僕は椿の兄だ。責任を持つ義務がある。」
「じゃあ家にいさせるつもり?結局どうしたいの?」
「…アンジュ、まず私に貴方方の答えをお聞かせもらってもよろしいですか。貴方の答えが私の真理に見合う供物であれば私がイヴの家を用意しましょう。私は三人方すべてと血が繋がっているわけではありませんがこの家の関係者です。そうすれば我が主も部外者に迷惑をかけるといった罪悪感が晴れるかと。」
「ん、たしかにそれなら舞白さんの言い分はなくなりそうだね。わかった。」

おじさんの罪。そのすべては当事者から話を聞いていないためつかめていない。けれど家を見て考察した可能性であればいくらでもあげられる。けれどおじさんの罪は一つしかない。僕の言葉が最大限に武器として発揮できる時がきた。しかし目の前の二人とて一筋縄ではいかないだろう。それくらい、わかっている。だから捲し立てちゃいけない。一言一言を大切に、焦ってはいけない。段階を踏んで言葉を組み立てていくんだ。僕が息を吸う。

「楽しそうなこと、してるじゃないか餓鬼。俺にも聞かせてもらえんかな。」

ちょうど舞白さんとつっくんの後ろ手の襖から姿を表したのは今裁かれるべき罪人である。このタイミングでやってくるやつがあるか。しかも僕がこっぴどくやられたあの奇形兄弟まで一緒に連れてきている。頭の弱い奇形は僕の顔を見るなりとても嫌そうな表情を浮かべる。ここまで来たっていうのに、ふざけるな。世の中の理不尽さに対して湧き上がる苛立ちが隠せない。感情は表に出すべきではないというのに。人生はそう簡単に、物語のように望んだ展開には落ち着いてくれないようだ。僕はおじさんの顔を多分、睨みつけていたのだろう。おじさんは舞白さんをつっくんと挟むような形で座り込んだ。

「ほら、面白い話をしていたじゃないか。九十九、俺の罪を探せだとかコイツに言ったそうだな。俺も気になる、餓鬼ごときに俺のことを見抜けたかどうかはわからんがな。」
「あはは、おじさん、都合が悪くなっても逃げないでよ?」
「ふん、そうなったらお前にはこの場で死んでもらうほかないだろうな。」

言ってることがはちゃめちゃだ。自分から聞くとか言って座り込んどいて気に入らなかったらその場で僕を殺すなんて。僕にこれ勝ち目ないじゃん。ほんっと、大人ってセコい。すると僕の隣でどしん、と音がした。その音の方向へ目を向けるとみおくんがどっしりと座り込んでいる。僕がみおくんのことをじっと見つめるとみおくんは僕の手を握った。死ぬときは一緒に死ぬなんて言わないでよね。ここに首突っ込んできたのは僕であってみおくんは僕に関わってなければこんなところに来る必要なかったんだから。それでもみおくんの体温が愛しくて僕は手を握り返した。

「朱織はやりたいことやりなさい、俺はこの屋敷にいる素敵な方をもらうためにいるだけですから。」

にぃちゃんが逆サイドに立って僕のことを励ましてくれた。気負わせない励まし方をしているのか本当にそれしか考えていないのかわからないけれど僕のやりたいことをしろ、と言ってもらえるのは何よりもうれしかった。僕は後ろを振り向く。椿ちゃんとあおちゃんを真ん中に据えてサイドをヤマト君とりぃにぃが固めている。心配することはないだろう。何かあれば二人を守ってくれるはず。僕は安心して目の前に視線を戻した。僕とおじさんたちの距離は2m。何かあってもどうにかなる距離とは言い難い。なんせ相手があの奇形児なのだ。常識の範囲で考えること自体が間違っている。どうにか距離を取ってしまいたいがそんなことをできるはずもない。最悪、殺されるのは僕だけだろう。にぃちゃんにはみおくんを守ってもらって…なんて考えていると僕の手を握るみおくんの力が強くなった。

「朱織、余計なこと考えないでいいから。」
「…余計なことじゃないよ、みおくん。僕の考えてることわかるの?」
「わかんない。でも碌でもないこと考えてるのはわかる。」
「…そう。でもね、僕は君だけは守ってみせるよ。」
「それ僕のセリフだから。」

さすがに胸焼けするような言葉の応酬に目の前の彼も苛立ちを隠さなくなってきたので僕は本題に入ることにした。まるでここは裁判所だ。笑ってしまう。僕がこんなことをする日がくるなんて。せめてごっこ遊びの裁判でもしたかったけれど、これはどんな裁判よりも危険な裁判である。怖くて全身が震えそうだし汗が止まらなくなりそうだ。これはただの戯れじゃない。僕の言葉一つで結末が変わる。言葉とはこういうものなのか。ここまで勉強してきて僕はその重さに今まで気づけなかった。大げさじゃなく、僕は世界を今変える位置に立っている。誰かの世界を、誰かの未来を、捻じ曲げる位置に立っている。さすがにもう、部外者だからと言って逃げ出すわけにはいかない。もはや部外者でもいられなくなってしまったかもしれない。僕は意を決した。僕は僕の世界を守る。僕の背を見てくれる人を、僕の隣にいてくれる人を、ここで死なせやしない。僕も死なない。最悪のケースを除けば、だけど。最悪のケースにならないように想いを言葉にのせろ。僕自身を言葉として発信しろ。そうじゃないと誰にも届かない。ハリボテやはったりの言葉は武器になるけれど最強武器にはなりえない。ラスボスに届く代物ではないのだ。心配そうな顔をする舞白さん、いたって真面目に事の顛末を見ようとするつっくん、機嫌が悪そうに僕を睨む奇形児たち、にやにやと笑うおじさん。必要なキャラクターはすべて揃った。僕は彼らに対峙する。

「さぁ、アンジュ。少し予定が狂いましたが答えあわせといきましょう。」
「見物人が増えたところで僕の答えは変わらないよ。」
「”アダムの罪は何だと思いますか?”」
「おじさんの罪は、」

時間が止まったような気がした。
周りの音は僕の心音で聞こえない。
声帯が震える、ちゃんと声出せるかな。

「おじさんの罪は、執着だ。」

これにて終着。



 

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -