倒 錯わぁる ど

9:私の望む私になりたい
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ヤマトの表情は読み取れなかったけれど、私は本当にこれでよかったと思った。別に、強がりじゃあない。本音はとても寂しい。とても悲しい。いつもの私ならば絶対にヤマトを手放すことはしなかっただろう。私は今まで欲しかったものはすべて手に入れてきたのだから、今回だって多少無理をしてでもそれを貫くつもりでいた。今までの人生で培ってきた人生観というものがたった数日でこうも変わるものだとは知らなかった。なんというか。拍子抜けしてしまう。誰かの幸せが自分の幸せより優先されるなんてそんなお人好しじみた考え方は大嫌いだったはず。私が幸せならそれでいいじゃない。そうすればお兄様たちも笑顔でいてくれるもの。私の幸せがお兄様の幸せなのよ、私の周りにはお兄様しかいない。なら私はそうするべきじゃない。他人の幸せのために自分が泣きを見るなんてあまりにもばかばかしいわ。今でもそう思う。それでも、今目の前に広がっている光景はあっさりと私の中にすとん、とおさまりがつく。これは私の望みでも私の幸せでもないはずなのに。ヤマトが私の世界を広げた。私はヤマトの幸せを優先した。それが私の不幸せだとわかっていながら。これが大人の愛し方というものなのかしら。ならばお父様のアレは、愛じゃなかったのかしらね。それでも私はアレを愛だと認識したかった。そうしないと生きていけなかったのよ。こうして抱きしめあって泣くような、そんな愛はわからない。

「よかったの?」
「……貴方は、だれ?」
「あぁ、そっかごめんね。僕が君を知っていても君は僕を知らないよね。僕はヤマトくんとりぃにぃのおともだち…うーん、違うなぁ。まぁそんなところだと思っておいて。名前は朱織。よろしくね、なんて。」
「私は貴方とよろしくするつもりはないけれど。」
「ははは、厳しいなぁ。別に害を加えるつもりはないから安心してよ椿ちゃん。僕は君の意思を聞きたいんだ。言いたくなかったら言わなくてもいい。事情聴取をしたいわけじゃないからね。ただ君は今まで心に押し込んできたパンドラの箱の紐を解いてくれればいいんだよ、今までどこにも出せなかった願いってやつだね。」

突然話しかけてきた白髪の少年。男性と言うにはまだ若いだろう。くるくるした髪型は触ったら柔らかそうだ。目が赤いことからアルビノを彷彿とさせる外見だがそんなことはないだろう。彼には快活そうなイメージがある。喋り方はどこか間延びしたような印象だが、どこか言葉の一つ一つが重い。直感ではあるが私はこの少年が嫌いだと思った。嫌いというか苦手というか、とにかくよろしくもできないし仲良くできないだろうと思う。彼の言葉はどうにもうさんくさい。こういう場であっていなければ話術に飲まれてしまったかもしれない。

「そんなものがあったとしたら私はお兄様にお話しします。貴方には関係ありません。」
「うん、そうかもしれない。僕には君の悩みなんて心の底からどうでもいいと思うよ。でも僕は聞かなきゃいけない。その義務がある。女の子が悲しい顔をしてたら声かけたくなるじゃない?いやいやさすがに僕だって君が女性でないことはわかってるから安心して。」
「わからない人ね、なら正直に言わせてもらうわ。私は貴方とこれ以上お話をする気はないからもう話しかけてこないで。」
「君は自由を手に入れたくないのかな?」

彼はそんなことを可愛らしい顔で突然言う。私の心に突き刺さるような言葉を突然叩きつけてきた。私はどうしたらいいのかわからない。答えることもできない。今まで答えを出したくなくて保留し続けてきたものをこの少年はさも当たり前のように今こそ答えを出す時だなんてこちらに提示してくる。ずっとこのままじゃいけないことくらい私にだってわかっているけれど答えを出すことを他人に強制されたくはない。彼はまるで私の答えを待つように、そしていつまでも答えない私を責めるような視線をこちらに向けてくる。気持ち悪くて仕方ない。俯く私にしびれを切らした彼はため息交じりに話しだす。

「無自覚なのか、答えを出したくないのか、いったい君はなんのために生きているのかな。君はいつまで誰かの花でいるつもりかな?今の環境が楽だっていうならそれでもいいけど君がそう思っているとは思えない。」
「うるさいわ、」
「ヤマトくんが君に教えてくれたことはなんだったのか、よく考えてみて。君はどうしてヤマトくんを手放す気になったのか。…手放すもなにも最初から君のものじゃなかったけどさ。でも君ならそれくらい捻じ曲げられたはず。なのになんでそれをしなかったのかな?」
「うるさいッ!!!」

思ったよりも大きな声で叫んでしまった。こんな感情をあらわにするのはいつぶりだろう。もしかしたらはじめてかもしれない。私の声を聞いて周囲の人はみんな私に視線を向ける。ヤマトも、その恋人も。一番最初に駆けつけてきたのは律
だった。

「朱織!君椿ちゃんに何を言ったんだ!?」
「べつに〜?僕はみんながお嬢様に言えないことをあえて言っただけだよ。あとねりぃにぃ、別に僕いじめてるわけじゃないから。そんな怒らないでよ。」
「…そういう言葉は一番信用できないな。」
「あはは、りぃにぃったらひどいなぁ。ねぇ、椿ちゃん。僕は君が望んでるヒーローにはなれないしヒーローなんてこの世には存在しない。僕みたいな性格悪い奴がうようよいる。でもここよりはマシだと思うな。」
「貴方に何がわかるのよ、」

吐き捨てるように言う。悔しくてしょうがない。彼の言葉で自分の感情が引き出されてしまったことが悔しい。ずっと隠していたかった。ポーカーフェイスを気取って痛くないフリをして、強く気丈に振る舞っていたかった。そんな私でいたかったのに突然私の幼さを引きずり出すなんて性格が悪いにもほどがある。千羽陽お兄様がこういうタイプの人を苦手としているのがなんとなくわかった気がした。落ち着くために息を吸おうと思った。私は体を上下させて空気を取り込む。その時、ぽたりと何かが落ちる。一回だけではない。留まることなく、ぽたぽたと、私から何かが落ちていく。小さく震える。

「だ、って、好きだって言ったところでどうしようもないことくらいわかっているもの…仕方ないでしょ」
「…」
「でもこのままじゃ胸が張り裂けそうで、だから言っただけなのよ。言ったことで何か変わるなんて思ってないの、だから言わないだけじゃないそれを突然引き出させるなんて貴方、デリカシーないのね…」
「デリカシーなんてあったら心理学学んでいられないからね。面白いよ、心理学。よかったらうちの学科においで。」

こんなところでそういうどうでもいいことを言うあたり彼はどこかで他人と一線を引いているのかもしれない。しかし彼の言っていることは魅力的だ。本当に学べるものなら私もそういうことを勉強してみたいかもしれない。まだどんな分野もわからないから彼と同じ学科にいくと決まったわけでもないしまず、ここから出ていけるのかどうかもわからないのだ。ヤマトがこちらを見ていることに気づいて私はヤマトのほうへと視線を向ける。

「今更そんな顔をこっちに向けないで頂戴。私と貴方は友人でしょう。」
「椿嬢、」
「私の気持ちに答えるつもりがないのならこれ以上優しくしないで。」
「俺は確かに椿嬢の気持ちに答えることはできない、でも、椿嬢のもう一つの願いに関しては協力できます。椿嬢がここを出たいというのであれば俺は…いや、俺も、先輩も、みんなもいます。今まで家庭のことだと思って千羽陽サンのやり方に口を出してきませんでしたけど、今回の件でこのままじゃいけないと思いました。だから、椿嬢が望むなら俺はこの環境から椿嬢を解放します。」

もうフラれているのだから痛くないと思っていたけれどこうもまたはっきりと拒絶されると何とも言えず辛いところがある。この痛みもお父様が亡くなってしまったときとはまた違う痛みだ。それでもヤマトの言葉は私の心にじんわりと溶けていく。ヤマトがいてくれれば私はここから出られる気がする。そこでヤマトの後ろにいたあおたという彼がひょっこりと顔を出した。

「椿ちゃん、外に出たらよかったらだけど…僕とも、お友達になって?」
「……貴方ってば、私がヤマトのこと諦めたと思って安心しているの?」
「そんなことないよ、僕は僕なりにヤマトくんのこと好きでい続けるし椿ちゃんもそれでいいと思う。でも、そういうことじゃなくて僕は椿ちゃんと仲良くなりたいだけだよ。」

彼の言葉はあまりにも安直で、まるで何か裏があるようにも思えるが彼の目が、顔が、嘘じゃないことは示してくれていた。馬鹿みたいと思ったけれど、嫌悪感はない。私にまず必要なのは愛よりも友情だったのかもしれない。何のメリット
もなく私に近づいてきて、私のことを支えてくれる、家族のような人が。あまりにも安直すぎて私は笑ってしまった。泣いたり笑ったり今日は忙しい。

「え、え、僕なんかおかしいこと言ったかな!?」
「ふふ、いいえ…ごめんなさい。あまりにも貴方が素直だから。」
「……?」
「ええ、出たらお友達になりましょう。」

決心がついた。私はまだ強くなんかないし、強がることしかできない子供だけど、強くなりたいという意志は捨てたくない。意思すべてを放棄したくはない。私は私でいたい。そのために私はここにいてはいけないのだ。最初からわかっていたことだけれども、縋っていたくてずっと膠着している。それを、壊す時がきた。こうやって他人に時期を決められてしまったことはなんだか悔しいけれどそうでもなければ私は一生動けなかったのだろう。不甲斐ないけれどきっとそうだ。私は全員に向き直って頭を下げた。こんなこと、初めてしたのではないかと思う。一人でただうつむいているのではない。上から他人の視線を感じながら舌を向くことはお兄様を除いて今までなかったことだろう。どきどきする心臓は私があまりに大きい壁に立ち向かおうとしているから。

「ヤマト、律、今まで迷惑をかけてごめんなさい。…私たちの家のいざこざに巻き込んでごめんなさい。でも、わがままはこれで最後にするわ。だから聞いてくれるかしら?…なんて聞かなくても聞いてくれるのよね。だから言わせてもらうわ。お願い、私をここから出して。」

言葉はない。私は答えを待った。しかし返事はない。おそるおそる顔をあげるとみんなの背中がうつる。その背中の大きさはばらばらだったけれど、どの背中も頼もしい。私はまた涙がこぼれそうになった。自分のために生きてきたのにこんなに誰かが居てくれるとは思わなかった。その大半はヤマトや律のことを慕ってここにいるんだろうけれど、私もそういう人になれたらいいと思う。そういう人になっていきたい。目元を拭って私は彼らの背中を逸らさずに見る。

「椿ちゃん、おめでとう。ちょーっとひどいことを言ってごめんね。多少強引でも君から言葉を聞かないと動く気にはなれなかったんだよ。」
「性格悪いのね。…朱織。」
「ふふふ。本当は僕のカウンセリング、高いんだからね。」

彼はそんなことを言う。確かに性格は悪いしどこかねじ曲がっているし正直ヤマトや律のような「いい人」ではないけれども、彼にはどこか違うものがあるような気がした。好きにはなれないけど、信用はできる。そういうどこかちぐはぐしたような彼はきっと千羽陽お兄様の最も苦手とする人種なのだろう。ヤマトや律ではできない、千羽陽お兄様の本音を引き出すことが彼にはできるのかもしれない。あんまり期待しすぎても彼はあっさりと裏切りそうなところもあるのだけれど。

「じゃあ舞白さんとつっくんのところにいこう。これで揃ったはずだから。」

どきどきと胸はなり続ける。これは緊張じゃない、武者震いだ。私はこれからお兄様と決別するかもしれない。それでも私は、もう花じゃない。もう、そんな綺麗なものではいられない。汚くても、綺麗じゃなくても、誰にも見られなくても、私は花じゃなくていい。雑草でいいから強く生きていきたいの。私は前を見る。願いが叶うことを予感として感じながら。


 

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