茅。過去話「約束」

僕の昔話、聞きたいの?
もう、仕方ないなぁ。
じゃあ特別だよ。

僕には優しいお父さんがいた。
お父さんはずっと僕の絵を大好きでいてくれたんだ。
ところで僕、昔は今みたいに派手な髪の毛じゃなかったんだよ。
服も、品のいい白いブラウスとか、そんな感じ。

僕は綺麗な絵を描くのが得意だった。
海辺の美しい草花の絵、存在しない幻想的な世界の絵、それから、酷く静寂な、青い絵とか。
だから僕は絵を描く上で、蒼音という名前を―――貰ったの、ふふ。

それでね、僕の絵は沢山の人が賞賛してくれてね、いろんな場所に飾られたり、高い値段がついたり、お父さんがとっても喜んでくれた。
だからいつも、もっと沢山描きたいなって思っていたの。
稀代の才能なんて言われたし、お父さんもお前は世界を震撼させるような絵描きになれるぞって、いつも褒めてくれた。
嬉しかった。
嬉しかった…筈なんだけれど。

いつしか、賞賛の言葉が酷く陳腐に聴こえてきたんだ。
誰に聞いても同じ言葉。
四角いキャンバスしか見ない沢山の目。
それから僕をみて、こんな幼い子供が、と皆が言う。
奇異の目、好奇の目、尊敬、畏怖、嫉妬。
ありとあらゆる感情を痛いぐらいに叩きつけられた。
そんな中で、僕はこれが本当に美しい物なのか、この絵、イコール僕でしかないのか、そんなことを考えるようになった。
ふと芽生えた小さかったその感情は、次第に僕の心を浸食していって、日に日に、それも四六時中考えてしまうほど大きなものとなっていった。

「なんでだろう…何が足りないんだろう」
描けない物なんて何もない。
自然も動物も植物も現実も非現実も。
何を描いてみても答えが見つからなかった。
でもお父さんが綺麗な絵を好んだから。
茅の絵は美しいねって、いつも褒めてくれたから。
だから僕はなんとなく、蒼い絵を描き続けていた。
いらない絵に愛着がわかなくて売ったりしていたから、うちは裕福だった。
欲しいものはなんでも手に入った。
それがまた、虚しさを助長させていることには、見てみぬふりをした。

何もかも得すぎていた。
それが僕はすごく嫌だったけれど、きっと皆からしたら羨ましいことなんだろうね。

絵をやめたくて、筆を燃やしたりもしたんだけれど、気付いたら指で色を塗っていた。
というよりは、水や紙、食物や植物、なんでも画材になりうることに気付いてすぐに諦めてしまった。
でも虫の死骸を使ったときは、実はちょっと…興奮したんだよね。
なんだったのかな、背徳感、だったのかなぁ。


腐敗していった心は、いつしか何も描きたい物が見付からないと悲痛な叫び声をあげるようになっていた。
でも手を止めることは僕には出来なかった。
やめてもやめても、中毒のようにキャンバスの前に戻ってきてしまうんだよね。
お父さんも心配していたけど、それと同じぐらい僕を励ましてくれた。
そんな時、息抜きの為にお父さんが連れていってくれた宿で事件は起きた。
僕の全てを変えるような、大きな事件。

その宿は有名人がお忍びで訪れるような場所なんだけど、なんとそこで猟奇殺人が起こったんだよね、ふふ。
その人、相当恨まれてたのか知らないけど、しっかり計画が練られてたみたいで、誰もが気が付かないうちにぐちゃぐちゃに殺されていた。
犯人が捕まったのかどうかは、ちょっと僕には分からないんだけどね。
凄く会ってみたいなって思うよ。

ところで、実は僕が第一発見者だったんだ。
部屋を間違えちゃってさ。
というより、何かの運命に導かれたんじゃないかな、なんて。
部屋の扉を開けると、バラバラにされた人が転がっていて…。
部屋中真っ赤だった。
頭、腕、眼球。なんとか形の分かるモノから、ぐちゃぐちゃになった内臓みたいな、何か分からないモノまで。
そして、もがくように地面に残された血の、引っ掻き跡。

「綺麗…」
僕は全身に震えるほどの衝撃を受けて、思わずそう呟いていた。
ここにどうしようもない生命力を感じたんだ。
死ぬ直前にもがいた跡、生への執着、生きた証、見えない魂まで。
酷く興奮して、それに触れようとしたんだけど…。
丁度他の人が来てそれは叶わなかったんだよね。
今でも惜しかったなって思うよ。
それで、僕にはアリバイがあったからすぐに解放してもらえたんだけどずっとその光景が頭から離れなくて。
それから考え続けたけど、答えは1つしかなかった。


数日後。
その日も僕は上品な服を身にまとっていた。
真っ白なキャバリア・ブラウスに赤いスカーフ、漆黒のパンツ。
こんな服に身を通すのも最後なのかな、なんて思いながら。


「お父さん、僕ね、やっと描きたい絵が見つかったの。協力してくれる?」
「本当か!?勿論だよ」
「本当に?どんなことでも?」
「ああ」
「じゃあお父さんに最初に見せてあげるからね。約束。楽しみにしててね」

ふふ、それでね、やっぱり痛いのは可哀想だと思ったから眠ってる間に薬を打ってあげたの。
大好きなお父さんの四肢を切断して達磨にしてね、腕を画面に引っ付けたり、血の赤を塗ったり、磨り潰してみたり。
凄く興奮したなぁ。
お陰で白い服が真っ赤になっちゃったんだけどね。
でもそれから、赤色大好きになっちゃった。
僕の初めての作品はね、大好きなお父さんを使って、特別なものにしたかったんだよ。

「ち、茅…っ!!」
「ねぇ、見て見て!お父さん!綺麗でしょ?綺麗でしょ!!僕の最高傑作だよ!ほんとは目玉も使いたかったんだけど、そしたらお父さん見れなくなっちゃうでしょ?僕ね、最初はお父さんに、見てほしかったの。やっと描きたいものが見つかったんだよ!ねぇ、褒めて!早く褒めて!」
「あああああっ!!」
「あれ?なんで誉めてくれないの?」
「ああああああああ!!」

「まあいいや。約束でしょ?僕ね、絶対に―――世界を震撼させるような絵描きになるから」


これで僕の話はお仕舞い。
ふふ、誰にも内緒だよ。
じゃあ、対価は君の心臓がいいなぁ。
早く頂戴?
…僕の作品の為に。

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