*血は水よりも濃し
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 仕事のない休日。いつもなら部屋に籠もる所なのだが、今日は客人があるとのことで、舞白はきちんとした格好をしてその時を待っていた。どこか緊張した様子なのは、その客人が舞白の母親の家の人間だからだろう。もうずっと連絡などなかったのに、何故今になって訪問という形に至ったのかは知らないが、それでも自分の母親について知る良い機会には違いない。
「舞白様。榊家の方が到着されました」
外から聞こえた声に舞白の肩が揺れる。
「客間にお通ししてください。僕もすぐに行きます」
努めて冷静に答えて、舞白は立ち上がった。


 「お待たせしてすみませんでした」
そう声をかけて舞白は客人の正面に座る。目の前に座る客人は自分よりも随分と年下な少女だった。
「いえ。こちらこそ急にお邪魔してしまい申し訳ありませんでした」
そうにこやかに告げて少女は軽く頭を下げる。少々、芝居がかっているようにも見えるが、少女がやるとそれが当然のように違和感がない。
「お初にお目にかかります。私は榊東雲と申します。・・・どうぞ仲良くしてくださいね、舞白兄様」
本来ならここで自分も名乗るべきだろうが、元より自分のことを知っているらしい少女―東雲に対し、舞白はそれを省略して疑問を投げかけた。
「ご丁寧にありがとうございます。それで、失礼ですが、・・・兄とは?」
「申し訳ありません。言葉足らずでした。私の母は白雪といいます。彼女は私の母であると同時に舞白兄様の産みの親でもあります」
「僕の母はずっと前に姿を消しているので、もう関係がないも同然であると考えています」
「関係はなくとも血の繋がりはあります。まずはこちらの写真をご覧ください」
そう言って、東雲は2枚の写真を取り出す。1枚は今より少し幼い東雲とおそらく舞白や東雲の母なのであろう舞白によく似た女性・・・白雪が映っているもの。もう1枚はやや若い姿の白雪と舞白の父が2人で映っているものだった。
「こちらは数年前に私と母で撮ったもの。もう1枚は舞白兄様が生まれた少し後に撮ったものだと聞いています。これだけで証拠というには物足りないかと思いますが、一応、お見せしておきます」
「確かに父で間違いないですね。・・・しかし、お察しの通り、これだけの根拠で今すぐに信じるというのが難しいのも事実です」
舞白は自分が揺らぎそうになるのを抑えて、応える。写真はそっと東雲に返した。ずっと見ていると危険な気がしたのだ。
「そうですね・・・。それでは、突然の事できっと混乱なさっていると思いますので、・・・私に榊の家について説明をさせていただけませんか?それを聞いてくだされば、母の行動も理解できると思うのです」
いかがでしょうかと問う東雲の表情はどこか九十九に似ていて、全くの他人とは思えなかった。更に言えば、東雲というこの少女が自分の妹である確証はないが、母の実家からの使者であることには違いない。とりあえず、話を聞くべきであると判断し、舞白は先を促す。
「分かりました。聞かせてください」
「ありがとうございます。それでは榊についての説明をさせていただきますね」
笑顔でそう答えた東雲が語ったのは次のようなことだった。


 榊家は古くから続く家であるが、由緒正しいというわけではなく繋がりを頼りに発展してきた。代々女系であるその家は今でも多くの高貴な家と繋がりを持っている。
 そうして繋がりを元に裏でひっそりと栄えてきた一族には決まりがある。女子は一族へ連れ帰ること。男子は相手方へ置いてくること。跡継ぎを必要とする名家にとっては大きな問題にもならないその条件は榊家にとっては大きな意味を持つ。その為、色々な家を転々としつつ子どもを産む女性も多い。舞白の母が姿を消したのもこれが理由であるという。
 また、一族の中にはこんな迷信があった。母に似れば一族の者としての素質を持ち、父に似れば血に執着する。


 「舞白兄様は母によく似ています。私もどちらかと言えば、母に似ていると言われることが多いですね。・・・そして、お察しの通り、私たち以外にも兄弟は何人もいることが推測されます。男子が多かったということで、榊の家には今、私しかいませんけれど」
にこにこと語る東雲の言葉に舞白は絶句せざるをえなかった。
 別に自分が男だったから家に置いていかれたとかそんなことは正直、どうでも良かった。千羽陽や椿と一緒にいられない生活の方が辛い。そして、他にも兄弟がいるかも知れないという点については、九十九ならともかく探す気がないのでさらにどうでも良い。
 そう。問題はそこではなく、迷信の方だ。父に似れば血に執着するとはどういうことか。父に似た千羽陽の椿への執着はこれのせいなのか。しかし、この場合の『血』が榊の血を指すのであれば、椿はそこへ当てはまらない。そうなるとやはり、迷信は迷信なのか。
「そう、ですか。それにしても、変わった迷信があるのですね」
「そうですね。きっともう古いと言われてしまうような迷信だと思います。しかし、こうやって維持されてきた一族なので今更どうもならないのも事実なのです」
「古い物を変えていくのは大変ですからね」
あくまでにこやかな態度が崩れない東雲に対し、舞白は少し警戒をしながら受け答えをする。どこか作られたようなその表情や言動に覚えがあって、どことなく怖かったのだ。
「しかし古い物だからと言って全てを壊す必要もないと私は思います。受け継がれるということは、それだけ意味があるということでもありますから。・・・舞白兄様」
「どうかしましたか?」
「先ほどの迷信、思い当たる節があったのではないですか?」
まっすぐに自分を見る目から逃れようと、舞白は詰めていた息を吐く。
「あったかもなかったかもしれませんね。しかしそれがその迷信のせいとも限りませんので」
誤魔化しても仕方がないかと、ぼかした言い方に切り替える。
「確かにそうかもしれませんね」
「それに迷信に沿っているような状況だったからといって、それを知って改善策が生まれるというわけでもないですから」
「知ることで諦めるというのも1つの方法ではないかと思いますけれど」
くすくすと笑う東雲の目はどこか虚ろだ。
「迷信についてはよく分かりました。それで、今回はどのようなご用件でこちらへ?」
舞白は一度、そっと息を吐いて変に全力で稼働しようとする頭を停止させ、問いかける。

「本日は役目を果たすため、舞白兄様にお願いをしに参りました。血を濃くするためにお手伝いをしていただけないでしょうか?率直に言えば、私と子を成して欲しいのです。あ、もちろん、男子であったならこちらの家にお譲りしますよ」

にこりとそう告げた東雲は怖いほど自分によく似ていた。


   

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