*さめる世界
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 榊家は古くから続く家だ。それなりに裕福ではあるが、由緒正しいわけではなく、しかしながらたくさんの繋がりを持っていた。女系であるその家が多くの高貴な家と繋がりを持った方法はきっと容易く思い当る事だろう。
 そうして繋がりを元に裏でひっそりと栄えてきた一族には決まりがある。女子は一族へ連れ帰ること。男子は相手方へ置いてくること。跡継ぎを必要とする名家にとっては大きな問題にもならないその条件は榊家にとっては大きな意味を持つ。
 また、一族の中にはこんな迷信があった。母に似れば一族の者としての素質を持ち、父に似れば血に執着する。そうして何人もの犠牲者が出るのだ。

 榊家の子どもたちは小学校にあがる年齢になると1人に1つ部屋が与えられる。そして、普通の子どものように学校へ通う。榊家の一員としての訓練は生まれたときから少しずつ始まり、概ね中学を卒業する頃には終了する。そうやって榊の女は例外なく育っていくのだ。
 そんな家だから母親の顔は知らない。当然の様に父親の顔も知らない。そんな中で双子の片割れと言われても、一緒に育った同世代の子と大きな違いを感じていなかった。強いて言うなら、顔が似ているというくらいだろうか。


 白雪は憂鬱な気分でため息を1つ落とした。目の前に広がっているのはいい加減見飽きた自室。しかし、後少ししたらお別れかと思うとその方が辛い。別に榊の家に生まれた以上、望まれた役目を果たすこと自体には何の不満もないのだが。
「あの子と同じ相手というのはさすがにね。明らかに代わりじゃないの」
もう一度ため息をつくのと一緒に愚痴も零れる。
 白雪はもうすぐ榊の家を出て役目を果たしに行くことになる。相手は老舗呉服屋の店主。年若くして継いだという彼−陽水は顔も整っており、良い相手といえるだろう。双子の片割れ−千雨のお下がりでなければ。しかも厄介なのは千雨が現在も陽水に心酔しているというところだ。


 千雨がどこかのパーティーで陽水と恋に落ち、子どもを産んだのはもう5年も前のことになる。生まれた子は確か、千羽陽という名で男の子だったため、榊家に引き取られることなく、望月家の跡継ぎとして育てられていた。5年という間、第二子に恵まれなかったことに対し、榊家が何もしなかったということはなく、再三の勧告が行われていた。
『第二子を授かるか、そうでなければ榊家へ戻るように』
この家にとって必要なのは相手方の跡継ぎを産むことと、もう1つ。榊の血を継ぐ女子を産むことだ。その両方が果たせなければ、無能扱いされることも多い。特に女子を産めない場合にはそれが顕著だ。なぜなら、女子が産まれなければ、そのうち血が途切れてしまうのだから。
 そういう事情にも関わらず、陽水に心酔した千雨は望月の家から離れることを良しとしなかった。それどころか、彼女の持つ陽水への執着心と感情の高ぶりやすい性格のせいで、陽水からも疎まれてしまっているという。そんな千雨を榊家は切り捨てる決断をした。しかし、そのまま引き下がるのでは、陽水という人物の価値に見合わない。そこで白雪に白羽の矢が立ったというわけだった。
 望月家への使者として出向くように言いつけられたのが今から1ヶ月ほど前の話。表向きは千雨の様子伺いと説得とのことであったが、実際は早い話が陽水を落としてこいとの話だった。それまで、5年という時間も相まって片割れの存在などすっかり忘れていた白雪だったが、役目を与えられたのであれば仕方ないと、なるべく昔の千雨のイメージに近づけた雰囲気を纏って、望月家へと出向いた。その際にはもちろん榊家の使者として陽水とも会って話をした。そうして、1週間もしないうちに望月家から榊家へと連絡が入ったのだ。白雪を寄越してはくれないかと。
 榊家としてはまさに思惑通りといった所なのだろうが、白雪にとっては迷惑でしかない。白雪は今日何回目になるか分からないため息をついた。

 数週間後。白雪は望月家の母屋に移り住んだ。その記念として千雨と陽水と3人で写真を撮ることになったのだが、当然ながら千雨の視線は鋭く、白雪は困ったように笑うしかなかった。
「どうしてあんたなんかがここへ来たのよ。あの人には私だけで良いのに」
陽水が仕事があるからと席を外した途端、千雨が堰を切ったように白雪に言葉をぶつける。
「私には分からないわ。家から役目として言いつけられただけだから。でも別に貴女と旦那様の間を邪魔しようなんて思っていないから安心して」
「そうやってすました顔で私の邪魔をするんでしょう?家の言いなりでなきゃ動けないなんて本当につまらない女」
「そうね。つまらない女かもしれないわ。でもだからこそ、命じられた事以上の事をするつもりもないの。そこからは貴女みたいに純粋な愛情を持つ人の領域でしょう?私には踏み込めないわ」
眉根を下げて小さく首を振る。視線はやや下向きに。考える必要など無く自然と体が必要な動きをしていく。
「本当につまらないわね。いいわ。せいぜい与えて頂いた部屋に閉じこもっていなさい」
そう言い置いて千雨が部屋を出て行く。それを見送って白雪は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「部屋に閉じこもってたところで、『旦那様』の方から来るんだろうけれどね」

 その後、当然の様に白雪の想像通りに陽水は白雪の部屋へやってきた。それも毎日のように。そんな陽水を笑顔で穏やかに出迎え白雪は受け入れた。ここへ来た目的はまさにそれなのだから拒む必要もない。
 そうして数ヶ月後には、白雪は新しい命を身籠もることになる。初産ではあったが、『出産』という行為に耐性をつけるため、身ごもった榊家の女性の付き人のようなことも訓練の一環としてやっていたこともあり、予想していたよりも焦りや恐怖はなかった。
 むしろ、考えていたのは次のことだった。検査で子どもが男の子と分かったことで、白雪は早々に望月家を離れることを考えていた。確率的な話でしかないとしても、千雨と合わせて2度男子を授かった家系で女子を望むよりも、他へ移った方が役割を果たせる可能性が高い。
 そして、何よりもこれ以上さらに精神を蝕まれていった片割れの傍で暮らす気はなかった。白雪が陽水との子を身ごもったことで、千雨の陽水に対する執着は確実に加速していた。近頃は離宮と呼ばれている遠い離れに千羽陽と共に部屋を移されていると聞いた。自分とよく似た姿の千雨が狂っていく姿など好んで見たいとは思えなかったし、千雨とは違い、白雪には陽水への執着など欠片もなかった。少しずつお腹が大きくなっていくに連れて白雪の部屋には陽水からの贈り物が増えていったが、白雪の中にある陽水への興味は失われていくばかりだった。

 枕元に寝かせられた赤ん坊は真っ赤で猿のような顔をしていた。生まれてきた自分の子どもを見て白雪が感じたのはその程度のことだった。どちらに似ているかなんて分かるはずもないのに陽水はどこか嬉しそうに赤ん坊を眺めている。
 名前は『舞白』にした。陽水に頼んで白雪がつけたものだ。
「冬に生まれたこの子がどうか舞う雪のように優しく人々を包み込むことができるように、『舞白』と名付けたいのです」
そんな風に頼みこんだ訳だが、実際の所は自分の子どもである証に一文字継がせたかっただけだ。初めて産んだ自分の子が少しでも『真』っ当に生きられるように。しかしながら、『真白』では白が際立ってしまうから『舞白』。榊家とは、自分とは関係のない所で生きていくことになる子どもが幸せに生きられたらいいと思い名付けた。まぁ、この環境ではまずもって難しいだろうが。


 腕の中で舞白が楽しそうに笑っている。その顔を見て白雪も小さく笑みを浮かべる。今日でこの屋敷ともお別れだった。陽水にも千雨にも直接的に何かを告げることはしていない。後日、陽水の所には榊家から契約解除の知らせが入るだろう。理由は母体の保護のため。不審がられることがないように舞白を産んでから白雪は自室をほとんど出ていない。まぁ、産む前も陽水に誘われたりしなければ出ることは少なかったが。
 加えて、陽水からの夜の誘いも断っていた。体調が優れないことや舞白を健康に育てていきたいことを理由にして、申し訳なさそうに告げる。そうやってやりすごしてきた。
 今日で舞白は1歳になる。この位で十分だろうか。ここには女性の使用人もいるし、白雪の母乳で育てられなかった時の為にと乳母もいる。事実、この1年間もほとんどの舞白の世話は彼女たちに任されていた。それを考えれば何も心配はいらないだろう。
「生きなさい、舞白。きっともう会うことはないだろうけれど、貴方が生きていくことで私の存在意義が確立するの。出会うかは分からないけれど、兄弟もこれからできるわ。私と違って貴方はここで生きていくの。真っ白な世界に色をつけて。どうか、――に」
そうして、白雪は屋敷を去っていった。


 その後、白雪は様々な家を転々とすることになる。彼女の基本的なスタンスは1人子どもを産んだら環境を変えることだ。そうやって今まで何人の子どもを産んだことだろう。
「今頃、私の分身は何をしているのかしら。まぁ、私の代わりにといった所で私も自分の人生に満足してるから意味がなかったかもしれないわね」
そう言ってくすくすと笑う彼女はとても楽しそうだ。


   

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