*a piece
9/9

 仕事から帰ってきた舞白は、部屋に入った瞬間、その場に座り込む。ふわっと意識が浮く感覚がして、ぼんやりと目を開ければ最後の記憶より随分と時間が経った自室の中。あぁ、帰ってきたのかと他人事のように思った後でふらふらと立ち上がり奥の部屋へと向かう。扉を閉めて、それに寄りかかるように座れば、どこからか声がした。

「やぁ、こんにちは。――――年3月×日の舞白」
芝居がかった言い方にも随分と会っていなかったような気がして、足下に視線を落としたままで答える。
「なんだか、久しぶりな気がする。・・・朔黒?」
「これはこれは。今日の舞白は僕の名前を知ってくれているんだね」
気怠げに顔を上げればそこには黒と赤の色彩。にこりと口角を上げる姿は自分とは正反対に思える。
「・・・君は他を知っているの?」
気づけばそんな疑問が口から出ていた。
「知っているよ。今、僕の目の前にいる『舞白』も。数分前まで仕事を頑張っていた『舞白』も。僕以外の君はすべて『舞白』だからね」
「所詮は鏡の寄せ集めなのに、それでも君は『舞白』だと言うんだね」
「今日の君は随分と空っぽみたいだ」
くすくすと笑う彼の言葉に、そうなのかもしれないと思う。
「僕はいつでも空っぽだ。誰かに何をすることもできず、求められないから何をしていいかも分からない」
ため息混じりに吐き捨てれば、彼は少し思案するような顔をした。
「・・・何?」
「あぁ、そういうことだったのか」
1人納得したように頷く彼に、もう一度問う。
「・・・何が?」
「あぁ、失礼。ただ、君はすべてを落としてしまったんだと思って」
全く以て彼の言いたいことの意味が分からない。僕は元々空っぽだというのに。
「・・・どういうこと?」
「・・・つまりは、元々はすべて、君のものだったんじゃないかな?」
すべてが僕のものとはどういうことなのだろうか。問いかけてみても空っぽな僕の中にその答えはなくて、結局は、彼を不審な目で見返すことしかできない。

「ねぇ、舞白。ジグソーパズルをしようか」
「パズル?」
「そう。手元を見てみて」
彼に言われるままに手元を見れば、そこには灰色の縁取りがされた一枚の板。それには、ピースをすべて外した後のように、薄く線が入っている。
「こんなものどこから・・・?」
「何を言っているんだい?君が元から持っているものだよ。ほら、そこに1つ目のピースがある」
彼が指を指したの僕自身。よく分からず視線を落とすと、膝の上にピースが1つ落ちていた。拾い上げてみれば、そこに描かれているのは、瞳。ピースいっぱいに描かれたそれは自分と同じ濃い紺色をしている。
「せっかくだから、はめてみたらいいんじゃないかな」
そう言われて、言われるままに手に持ったピースを枠の中に入れてみる。薄く区切られたところを移動させていくと、やがてぴったりと合う場所を見つけた。枠の中の左寄りの真ん中。

「さて。ここで話をしようか」
「話?」
「そう。僕があったことのある『舞白』たちの話さ」
ピースを集めるための話だから、しっかりと聞いてねと彼は笑った。


「最初は誰が良いかな。あぁ、君にしようか」

兄として椿に接する舞白は、優しかった教育係を写したもの。
椿への『愛情』と『心配』を持ち、自分が欲しがっていたはずのそれらから目を反らす。

兄として九十九に接する舞白は、次の教育係を写したもの。
九十九への『愛情』と『心配』を持ち、彼の傍にいたはずの『母親』という存在から目を反らす。

当主として仕事をする舞白は、家を任されていた使用人たちの長を写したもの。
兄と弟の『生活』と『安全』を守るため、邪魔になるものを排除する。例えそれが自分にとって大切な人であっても。

店主として仕事をする舞白は、経営を教えた教育係を写したもの。
父の『遺志』と兄や弟の『お金』と働く人たちの『生活』を守るため、邪魔になるものを排除する。例えそれが誰かの生活を脅かすものであっても。


「こうして見るだけでも、たくさんの君がいる。・・・あぁ、大丈夫かい?苦しそうだけれど」
彼が語る度にピースが1つずつ枠の中に増えていく。そして、それらが増える度に、それぞれの抱えていた『辛さ』や『苦しさ』、『葛藤』が胸を刺す。
「どうして。どうして、こんなに痛い思いをしないといけない」
ぼろぼろとあふれ出した涙が頬を伝う。枠の中に落とされた滴は吸収されて跡すら残さない。
「そう。だから、君は君を分けたんだ。でも、そこから目を反らしていては、いつまでも君は君になれない」
僕と同じくらい辛そうな顔をして彼は言う。その辛そうで、どこか焦った顔が誰かと重なった気がした。
「僕が僕になれない」
「もう少し、頑張ろう。大丈夫。僕は君で君は僕、僕は君だけど、君は僕じゃあない。だからこそ、僕は君と共に在る」
君が殺してしまった君の話を続けよう。覚悟を決めた瞳で彼は口角を上げる。


荒っぽい口調の舞白は、母を知る使用人を写したもの。
舞白の『母への思い』を仕舞い、それが弱みになることを防ぐ。寂しさなど感じないように。

小さな子どものような舞白は、どこかで会った子どもを写したもの。
舞白の『苦しさ』を吐き出すために作られた。それをため込みすぎて他への支障がでないように。

物語読む舞白は、いつかの夢見ていた頃の舞白を写したもの。
舞白の『憧れ』を違う形で宥めるために作られた。役割をきちんと果たすことができるように。


新たにピースがはまって、それで枠の中に空白は1つだけ。相変わらず、ピースが増えることが苦痛で涙が止まらない。
「僕は君を捜していたんだ。始まりの白を。でもね、それは苦しみを与えるためじゃない。・・・それは苦しさだけではないと思うよ。よく見て」
歪む視界の中で枠の中に視線を落とせば、わき上がるのは『嬉しさ』や『楽しさ』、『幸せ』。別にすべてがすべて痛みではない。どうしても、最初にあった痛みばかりが目についてしまっていたけれど、それだけではないのだ。
「そう。よく気づけたね」
そうやってにこりと笑う顔は、―――に似ていた。あの白の中で僕を助けに来てくれた時と同じだった。
「朔黒は、・・・君は」
「ねぇ、舞白。僕の手の中にもピースがあるんだ」
そう言って彼は手に持ったピースをかざす。それは最初に僕が持っていたのと同じ瞳のピース。しかし、色は濃い紺ではなく、深紅の赤。
「君は僕?」
「そう。僕は君であり、僕は君じゃあない。だから、それは君にあげるけれど」
ふわっと彼の手から離れたピースが枠の中にはまる。いかし、それはさっきみた赤ではなくて、もう片方の瞳と同じ濃い紺。
「これはあげない」
視線を彼に戻すと、彼は自分の瞳を指さす。深紅の赤を。

「朔黒?」
呼びかけて、もう一度、色を確認しようと手元のパズルに視線を戻せば、そこには自分の映る鏡があるだけ。
「え?」
顔を上げて周囲を見渡せば、そこは本棚に囲まれた部屋の中。今さっきまで自分が見ていたものは何だったというのか。
「朔黒?・・・朔黒!!」
呼んでみるが答えはない。しんとした部屋の中で舞白は途方にくれる。
あの時、存在を認めたピースは確かに自分の中に自分の中にある。それは確かに、『舞白』で、『僕自身』なのだと。でも、それだけではだめなのだ。まだ、自分は『これから』についてを知らない。それをどうやって見つけて良いのかも分からない。
「僕はまだ、1人では生きていけないのに」
鏡を抱きしめて止まらない涙を流したまま、それでも舞白はゆっくりと前を向いた。

「―――。―――――――――」


   

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -