「此処は、どこ?」


【ある世界の崩壊】

最近どうも目覚めが悪い。起きて最初に感じるのは違和感。自分の部屋はこんな間取りだったか?あったはずの物が無い、無いはずの物がある。そもそも自分の部屋は此処だったか?
前からそんな風に思う事はあったが最近は特に酷い。違和感が、消えないのだ。病院に行った所で薬を増やされるだけだろう。
「あおちゃん。」
不安定な私の世界の唯一の絶対。彼の存在だけはこの世界が正しいものであると証明してくれた。違和感を消すようにぎゅっと握りしめた所為で写真が折れてしまった。慌てて伸ばしてもしわくちゃになった部分は直らない。
潰れたのは私の顔だった。ゾッとして、写真はゴミ箱に捨てた。

街を歩いていても感じる違和感。此処はこんな道だっただろうか?あの店が無い。あの道が無い。ではその店を、その道を明確に思い出せるか?いいえ。
頭がおかしくなった気がした。寝起きの様に記憶が混乱している。脳は一つのはずなのに、複数の記憶が入り混じり無理矢理一つになろうとしている様な違和感。
怖い。世界が、記憶が、そして何より自分が怖かった。
俺は俺だ。俺は俺だ。お前は誰だ?俺は、お前は、
「ヤマト君?」
しゃがみこんでぶつぶつと何かを繰り返す俺に心配そうに声をかけるあおちゃんの顔を見た瞬間ほっとして今まで何を考えてたのか忘れてしまった。
あれ?俺は何が怖かったんだっけ?
漠然とした疑問も、すぐに忘れてしまった。

今日はバイトの前にあおちゃんとランチの約束をしていた。もうすぐ春だ。大学生は春休みを迎えるだろうから二人でどこかに旅行でも、そんな事を考えていた。
「あおちゃんはどこか行きたい所はある?」
うきうきとした気分で尋ねるとあおちゃんは可愛く少し悩んで、
「この時期だし、イルミネーションを見に行くのはどうかな?」
とちょっとだけ恥ずかしそうに言った。
「え?」
「あっ!ほら、今は12月だしクリスマスも近いから、ヤマト君と二人でツリーを見たいなって思って。それにお互いお仕事が忙しいでしょう?数日じゃなくても1日でもヤマト君といられたら幸せだなって。」
今は12月で、あおちゃんはとっくに卒業していて、今日はバイトなんか無くて。
今この瞬間は当たり前だと思える事がふいに頭から消えている。消えた?戻った?どうして?
「そ、そうだね。そういえば俺いっつも旅行先で熱出してたよね。今回は気をつけなきゃ!」

「え?ヤマト君。旅行先で熱出した事なんて、」

「無いよ?」

神様が、私の存在を否定した。

寒い。ビルの屋上から見降ろす街はキラキラと光っていて、まるで幻想の様だ。
今は12月であおちゃんは大学生じゃなくてあの街もあの道も存在していなくて。今ならはっきりとわかるのに。
「ヤマト君!」
フェンスの向こう側から聞こえる声は本物で。
「ヤマト君、だめ、死んじゃだめ!離れたくないよ、お願い。僕を置いていかないで」

「大丈夫。大丈夫だよあおちゃん。此処でさようならしても、俺と出会った事実は存在し続ける。たくさんある事実が一つ無くなるだけ。嗚呼、でもその顔は初めて見たよ。」

さようなら。狂った私の正しい世界。
グシャッ 世界の終わる音が聞こえた。


「此処は、どこ?」
嗚呼、最近どうも目覚めが悪い。

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