彼が大学を卒業して5年の月日が経った。俺がアルバイトを辞め企業に就職しそれなりに収入が安定した頃に同棲をはじめた。喧嘩をする事もたまにはあるがお互いに充分すぎる程に気を遣っていたあの頃よりもきっと俺たちは幸せなのだろう。
今日は彼に言わなくちゃならない事がある。
「はあ、緊張する…」
俺は玄関の前で108本の薔薇を抱えてしゃがみこんだ。

【HERO】

ピンポンとチャイムを押すと部屋の中からパタパタと音が聞こえてきた。ドアが開くとパッと華が咲いた様な笑顔の君が迎えてくれた。
「やっぱりヤマト君だった。ここは2人の家なんだからチャイムなんて鳴らさなくていいのに。おかえりなさい、ヤマト君。」
俺には今までおかえりなさいと言ってくれる人がいなかった。それがずっと寂しかった。でも今は違う。俺の帰りを世界で一番素敵な笑顔で待ってくれている人がいる。これがどんなに幸せな事かわかるのならば、これまでの人生も悪くはなかったのだろう。
「ただいま、あおちゃん。今日は君に大事な話があるんだ。」
そう言って目隠しをして彼を寝室まで連れて行く。寝室には2人で選んだキングサイズのベッドが置いてある。彼と一緒に眠る様になってからは一度も悪夢は見ていない。ぽすんと彼をベッドに座らせると俺は片膝をついてすっと息を吸い込んだ。
「俺と結婚して下さい。」
ああ、声は震えていないだろうか。

「君の居る場所がずっと俺の隣であってほしい。君の笑顔を誰よりも近くで、最後まで見ていたい。俺の生涯のパートナーになってくれますか?」

「はい。」

差し出した薔薇はそっと受け取られた。彼は泣いていた。嬉しい、幸せだと言って泣いていた。つられて俺まで泣いてしまった。かっこつかないなあ。
彼の名前と同じ色をした指輪が薬指に収まった時、2人で抱きしめ合って笑いあった。いつまでも笑いあった。


「心臓が口から出そうだよあおちゃん。」
「だ、大丈夫だよ!きっと。」
今日は彼の実家に来ている。これまでも何度もお見送りで来たことはあるが今日は違う。彼の両親に挨拶をしに来たのだ。大事な一人息子と結婚したい、その事を伝えに来たのだ。
リビングには彼の両親が座っていた。言わなければ、ちゃんと伝えなければ、
「大丈夫。」彼がそっと手を重ねてくれた。それだけできっと大丈夫だと思えるのは彼の魔法だろうか?

「ヤマトと申します。今日はご報告したい事があって参りました。息子さんと真剣にお付き合いをさせて頂いております。友人としてではなく、恋人としてです。」
彼の父親の顔色が変わった。母親の方から穏やかな声色でそれで?と尋ねられた。
「息子さんを一生幸せにします!世間の偏見の目からも僕が一生守ります。絶対に手を離しません。彼と結婚させて下さい。」
「ふざけるな!」父親が怒鳴った。「息子を、俺の大事な息子をたぶらかして、変態の道に引きずり込んでおいて…お前が息子を幸せにできるはずがない!帰れ!この変態が」「貴方。」
母親が静かに、しかし確かな重さを持った声でそれを制した。
「自分の息子の顔をちゃんと見なさいな。貴方がヤマト君に放った罵声は貴方の大事な息子も傷つけている事に気がついている?私も手放しで喜んだりはできないわ。だけど息子は確かに変わった。いつも自分を犠牲にする様な生き方しかできなかったこの子が初めてお願いがあるって昨日私に言ってきたのよ。ヤマト君が変えてくれたのね、ありがとう。」
「だがお前、男同士だぞ?幾ら本人達が幸せだと言っても世間はそれを認めないぞ。」
「この世界にある幸せが全て誰からも許されているとは思わないわ。けれど、貴方達が進むのはそんな普通の道じゃない。茨の道よ。血だらけになって、体に穴があいてもその道を進む覚悟はある?」

「あります。息子さんをずっと、どこまでも守り抜きます。」
「あるよ。ヤマト君とならどんな道だって進んでみせる。」

「そう。でも今はおめでとうとは言わないわ。私達はずっと見守っている。貴方達が幸せに過ごせるかどうか、愛する息子をヤマト君が幸せにしてくれるかどうかこの先10年も20年も見守っているわ。その間にこの人も頭を冷やせると良いのだけれど。貴方達がおじさんと呼ばれる歳になってもまだ世界一幸せだと言っていたら、その時はおめでとうと言わせてもらうわ。」
「俺は妻程甘くはないんでな。いつかお前が根をあげると思っているよ。何十年後にお前をぶん殴れる事を楽しみにしているとしよう。」

「ありがとうございます。」
そう言って俺は頭を下げた。素敵なご両親だな、心からそう思った。


「あおちゃんはここに来た事がなかったね。」
「うん。ヤマト君のお母さんが入院しているのは知っていたけど、今までは場所も教えてくれなかったものね。」
「ごめんね。色んな事に勇気が出なかった。でも今日はちゃんと向き合う。」
「そっか。ちゃんとお話できるといいね。」

真っ白な病室のベッドで色白で痩せた、それでも美しい初老の女性が腰を起こしていた。
「ひさしぶり、お母さん。」
「あら、来てくれたのね。嫌だわお母さんこんなに痩せちゃって、みっともないわね。あら?お隣の子はどなた?」
「はじめまして!ヤマト君とお付き合いさせて頂いておりますあおたと言います。」
「俺の恋人だよ。」
「まあ…!ヤマトがいつもお世話になっております。貴方が恋人をここに連れてきたのなんてはじめてじゃないかしら。嬉しいわ。」
「うん。お母さん、俺あおちゃんと結婚しようと思ってるんだ。」

暫く間が空いた後、彼の母親は何かを言おうとして口を動かしたけれどそれは言葉にならず代わりに涙が溢れていた。
ショックを受けたのだろうと思い謝ろうとすると彼女は微笑んでそれを制した。
「違うのよ、私嬉しくって。私はこの子に幸せな家庭を与えてあげる事ができなかった。ずっとずっと後悔していたの。この子がこれから先の人生で家族というものを受け入れられないままだったらどうしようって。だから、この子が家族になりたいと思う人ができた事が嬉しくて。ありがとう、ありがとうね。」
彼女は僕の手を握って泣き続けた。手に落ちる涙はとても温かかった。
「お母さん。俺は貴女が、いや貴方達が居てくれたからここまで生きて来られたんだ。過去の事を忘れる事はできない。でも今の俺を作ってくれて、あおちゃんに出会わせてくれてありがとう。これからはさ、俺の事もあおちゃんの事も家族として愛してくれますか?」
「私は見てわかる通りもうそんなに長くは生きられないわ。でも、残りの人生で精一杯貴方達を愛する。貴方達は私達の自慢の家族よ。ずっと見守っているからね。大好きよ、ヤマト。あおちゃん。」

「そろそろ病室に入ってきたらどうですかお父さん。」
ヤマト君が入り口の方に声をかけると初老の男性が姿を現した。形容しがたい表情を浮かべているがヤマト君にとても似ている。
「…。今まで悪かったな。」
「いいよ。きっとやり直せるよ、お父さん。」
「ん。それとずっと言わなければと思っていたんだが、」

「お前のせいじゃないよ、ヤマト。」

この言葉が何を意味したのかは僕にはわからない。けれど子供のように泣き崩れるヤマト君を見てやっとこの家族は色んなものから解放されたのだとわかった。
素敵なご両親だね、ヤマト君。


それから1年かけて俺たちは結婚式の準備をした。同性同士の結婚が認められている国に国籍を移したり、式場を手配したり、これまで出会ったたくさんの友人や恩人に招待状を書いたりやらなんだでめまぐるしい日々を送った。
結婚式の司会はりっくん先輩にお願いした。俺が一番に慕う人であり、今までずっと俺たちを見守ってきてくれた人だ。結婚する事を報告した時のりっくん先輩の男泣きは俺とあおちゃんの胸に秘めておいてあげよう。
「たくさんの人と出会ったね。」
招待状を書きながらあおちゃんが言う。
「そうだね。みんな、素敵な人だ。」
「幸せだなあ。ねえヤマト君、僕達すごく幸せ者だね。」
「そうだね。きっとこれからもそうだよあおちゃん。」
少し早いけど、誓い合う様にキスをした。


結婚式当日

「みお君見て!すっごい綺麗な教会!いいなあ僕もこんな所で式を挙げたいなあ。」
「朱織の中で結婚は確定事項なの?」
「ふふ。未来のことなんて確定できないよ。でもみお君の隣にずっといたいって気持ちはずっと変わらないよ。」

「おい!あんまりふらふらすんなよ。迷子になるぞ。」
「ごめんべり君…。でも、あんなにいがみ合ってた先輩の結婚式なのにちゃんと出席するなんてやっぱりべり君は優しいね。」
「別に。結婚するならいがみ合ってた理由も無くなるしな。」

「すみませんお隣空いてますか?」
「申し訳ありません。連れが座っているので…ってアンタか。」
「相変わらず俺にはお前の連れは見えんよ。よいしょっと。」
「ルンバにスーツ着せるアンタの思考の方が見えないよ。」
見えない人とルンバの為の2席を挟んで彼らは座った。彼らにはこの距離が丁度良いのかもしれない。

「くそ…、お腹痛くなってきた。」
兎「大丈夫?胃薬あるよ。」
狼「しっかりしろ!大事な後輩の晴れ舞台だろ!」
「しゅうちゃんこそ泣きすぎないでね。君は昔から泣き虫なんだから。」
兎、狼「…うるさいよ。」

「なんて立派な教会なんでしょう!ここで2人の愛が永遠にジップロックされるわけですね!」
「ええ。このチャペルはまるでアダムとイブの楽園…禁断の果実を食べる2人も現世では祝福される事でしょう。」

「飛行機で足が疲れたわ。ヤマトを呼んで頂戴。マッサージが必要よ。」
「椿、我儘言わないの。ああ!兄さん!まだお酒には手をつけないでください!」
「はっ、めでたい席だ。飲んで当然だ。」
「オミちゃん!結婚ってなんだ?めでたいのか?」
「好きな人とずっと一緒にいましょうねって約束する事だよ。素敵だね。」
「じゃあマルオミちゃんと結婚する!」


壇上には白いタキシードが2人。
"その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。"

俺の全てで君を幸せにするよ。
「誓います。」
僕の全てで君を幸せにするね。
「誓います。」

誓いを込めた指輪は二度と外れる事はないだろう。

式も終わりに近づいた時に司会のりっくんから予想外の言葉が放たれた。
「ここで友人一同からサプライズプレゼントがあります。皆様、暫くお待ち下さい。」
照明が落ちた。なんの事だ?あおちゃんはニコニコとした笑顔の舞白様に連れて行かれてしまった。

もう一度照明がついた時に俺が見たのは、純白のウエディングドレスに身を包んだあおちゃんの姿だった。

「かねてより、あおちゃんは俺の嫁!と豪語していた新郎への私達からのプレゼントです。感想をどうぞ?」

「世界一綺麗だよあおちゃん…」
照れる嫁を力一杯抱きしめた。

あおちゃんを抱っこしたまま式場の階段を降りる。
あおちゃんが投げたブーケの行く先は…

「あら。残念だったわね。敵に塩を送られる趣味は無いわ。見てらっしゃい、油断したらいつでもヤマトを奪ってやるんだから!」
華麗に跳ね返した椿の元から、
「え、僕?」
朱織の手に落ちた。
「みお君。やっぱり僕達結婚すべきだよ!!!」
「ちょ、朱織痛い!わかった!考えるから!考えるから!」
「言ったね?!僕忘れないからね!」


もうすぐ結婚式が終わる。そして新しい何かが始まる。始まりの場所を俺はずっと忘れない。

「ねえあおちゃん。愛してるよ。君は俺の全てだ。これからも永遠に君を守り抜く。だからさ、」


"ヒーロでいさせてよ"


2015.06.22

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