椿は初めてそれが我侭だと悟った。
「貴方の大学が見てみたいわ」
ゆくゆくは自分も通いたかった、あの映像のように生い茂る木の中をヤマトの隣で歩きたかった。だけど、ヤマトは少し困ったような顔をして携帯を確認して、眉を下げて、いいよ、というのだ。何故か、その挙動が胸にちくりと刺さった。

車で走ること数十分。今日はこの間買った洋服を着ての初めての外出だ。ヤマトの車のドアを力の限りで開けて地に足をつける。車を降りた瞬間の地面の硬さにはもう慣れてきて、比較的反動を感じることも少なくなった。
「そういえば今日は先輩がいる日か…」
ぼそっと指を唇に当ててヤマトが呟くのを聞き逃さなかった。先輩、この間読んだ本によれば自分の年齢より年齢が、もしくは学年が上のものを指す言葉。今椿が入学すればヤマトが先輩というものになる。ということは、と。ヤマトにとっての先輩。気にならないといえばうそになる。それが顔に出ていたのかヤマトは苦笑を浮かべながら解説を入れてくれる。
「あ、先輩…え、と、りっくん先輩…リツのことですよ」
「え」
リツも同じ学校だったのか、と少し驚く。いや、学生とは聴いていたがいざ、こういう場で会うとなると勝手が違うというかなんというか。でも、知らないヤマト、知らないリツを見てみたい気持ちは強い。そんな気持ちの高ぶりのせいか、太陽がいつもよりきらきらに見える。
「まあ、会えるかは別ですけど…」
「そ、そうよね。さあ、ヤマト」
案内をして頂戴、そう催促する。リツに会えないのは少し残念ではあるのだが、だが、知らないヤマトを識れることに変わりはない、とヤマトに手を引かれ大学という場所の探索を始める。

「椿嬢大丈夫です?」
「だ、大丈夫よ、これぐらい…」
広い、ただただ、広い。それが感想だった。建物内は同じような白い風景が立ち並んで、新鮮ではあるのだがこれだと中を歩く学生や教員は迷わないのだろうか、なんて思ってしまう。建物の外に一歩踏み出せば綺麗な森にてらすかふぇ、たまに頭が二つついた奇妙な狐や白い丸い平べったい機械、仕事をやめたいと叫ぶ可愛らしいお人形さんなど様々なものに出くわした。外の世界でこれが普通なのか、と納得しそうになったら「ここだけです」なんて言われたが。…本当に広かった、建物だけではない世界がこんなにも広がっていた。それが嬉しく思える反面やはり、疲れもした。それなら、とてらすかふぇというところでお茶をしようということになった。さすがに注文についていく気力がなく椅子の上で脱力する、心の中がちくりちくりと罪悪感で痛くなったが、足の痛みもそれどころではなかったのだ。とついつい、自分に言い訳をしつつヤマトを待つ。
「…凄いところ」
「椿さん?」
「?!」
急に名前を呼ばれて振り向く。こんなところに自分を知るものが居たのか、いや、追っ手かと身構えればそこに居たのは。
「リツ」
「なぜこのようなところに…」
いや、想像はつくが、などぶつぶつ言うリツに首を傾げているとまた声をかけられる。
「ご一緒しても?」
「…よろしくてよ」
その返答に少し安心したようにリツが席に着いた。そこでふ、と思い至る。複眼的、といったかそういうものが人として生きていくうえで必要なのだと、そしてそれを手軽に得るには様々な人の意見を聞くことが大事だと、本に書いてあった。そして、リツには最近の出来事は打ち明けていない。
「ねえ、リツ」
「はい、なんでしょう」
「ちょっと相談があるのだけれど…その、兄様には」
言いづらい。それはきっと後ろめたいことだから、まあ、実際に後ろめたいことだが。そんな雰囲気をリツは察してか言いませんよ、なんて笑ってくれる。そうして此処最近の夢や自分が得た感情なんてものを話す、自分が嬉しかった、胸がドキドキした、世界がきらきらした、まるで目が変わったのではないかなんてことを。
「ということがね、あったの」
話しているうちに記憶がリフレインして、気分が高ぶってしまった。はしたないと、自分を戒めて再度リツを見る。
(リツ…?)
そのリツの表情は優しくも、苦さを含んでいた。苦しい?違う、苦い?何も飲んでいない食べていない、なんだろうと、リツの顔を凝視しているとリツははっとして作り物の空っぽな苦笑を返した。
「リツ…?」
「椿さん…」
リツは言いにくそうに、言おうか言うまいか、言葉を出そうか出すまいか、凄く悩んで言葉を飲み込んだ。それはまるで椿が知ってはいけないことに触れさせないような、自分だけ隠されているような。
「リツ、言いたいことがあるのなら言いなさい」
不快感が胸を覆う。自分だけ知らないというのはとても仲間はずれにされているようで気に食わない、リツを冷ややかな視線で釘刺せば、リツは眉間を抑えて念を押してくる、気分を害さないでくださいね、と。害さない、という確証はないが努力をしようと頷く。
「俺にとって椿さんのその行動はとても嬉しくあるものです」
リツの瞳は悲しい色をしていたが、うそを言っているような瞳ではない。
「だから、椿さんは次に学ばなければいけないことがあります」
口の中で反芻する。学ばなければいけないこと、それは確かにいっぱいあるであろう、頭のよさではない現代で通用するためのヤマトの隣に居るための言語を振る舞いを。でも、リツの返答は椿の予想を超えていた。
「それは愛情の種類です」
「愛情の…?」
愛情の種類。なんだろうと思う、愛情に種類なんてあるのか、と。
「愛情には沢山の種類があります、でも、きっと俺がそれを言っては貴方はその感情を感情として、心としてではなく理論として覚えてしまうでしょう」
だから、実感してほしい、と。リツは優しそうに親鳥が雛を見るような瞳で口にした。椿としては教えてくれたっていいだろう、と思う反面、なんとなくその言葉の意味が頭では分からないのに体のどこかで理解ができていた。多分、てれびの部屋で言葉として提示されていたら此処まで行動を起こせなかっただろう、きっとそんな類だと。すると、そこで空から機械的な音が響き渡った。
「あ…」
リツは顔を青くしてばたばたと立ち上がった。
「椿さん、じゃあ、俺は授業があるのでまた」
ヤマトも戻ってきましたし、なんて椿の後ろを指差すリツの指先を見ればヤマトがお盆を持ってこっちにきていた。
「え、えぇ。また、お屋敷で」
「はい」
リツは頷いて歩き去ろうとする。5歩、10歩、15歩目を踏み出そうとして振り返った。なんだろう、なにか忘れ物だろうかとリツが座っていた席を見ても何もなくその代わりに。
「俺は椿さんのこと応援しています」
そんな声が届いた、表情は明るい色をしていた。さっきまでの雰囲気とは違うような純粋な応援、純粋な声。その声に椿は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じてはしたなくも少し大きめの声で「えぇ」と返す。その返答を聞いたのかリツは急いで走り去ってしまった。そして、入れ替わりのようにお盆が目の前に置かれる。
「りっくん先輩に会えたんですね」
ヤマトの声に胸が高鳴る。でも、心には先のリツの言葉が優しい名残をして残っていた。
(ヤマトとリツの差は…?)
きっとそれが糸口になるであろう、と椿は思考を巡らせた。
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