(私は…)
いろんなものが視たい、識りたい、聴きたい、味わいたい、感じたい。
この数日、そんなおもいが胸の中で浮かんでは消え、飽和を続けている。次にヤマトが来る日が待ち遠しい。待ち遠しくて胸が高鳴って苦しいぐらいだ。この間の買い物で初めて洋服というものを買った、種類はふれあすかーとと腰までの短い上着にさんだるというもの。他にも色々欲しかったが多くを持ち込んで兄様にバレては外へ出ることを禁止にされかねない、ということでこの3つだけを選んで購入したのだ。そして、その後寄ったのは書店であった。現代の女性が読む本を、言語を、言葉を手に入れるために。買える冊数は少なかったけれど、ヤマトが厳選したものだと思うと胸の奥からこみ上げてくる感情がある。
「そうだわ、続きを読みましょう」
立ち上がって部屋の奥に隠しこんだ書物を引っ張り出す。綺麗な夕焼け色の空に丸っこい文字でタイトルが書かれたものや目のやたらでかい女が表紙に写っているものに現代語辞典などなど。計5冊ぐらいが存在している、まだそれらはすこししか手をつけてはいなかったので十分時間をつぶせるであろうと、正座をして本を手に取る。一番最初に手にとった物は絵がいっぱい描いてある本であった。
「これは…」
絵本かしら?と首を傾げながら読み進める。中々に読み方が難しく、四角の箱に区切られた中で絵と文脈から順番を察していく1ページを読み解くのに十数分も最初はかかったが4,5ページを読み進めるうちに本の中に迷い込んだ。その物語は現代のジョシコウセイという身分のものが出てくる話だ。
「いけ、めん…?」
首を傾げて分からない文字は現代語辞典で引く。イケメン、顔が整っているもの、などなど。
「なるほど、ならヤマトもいけめんなのね」
ふむ、と一人で頷いてまた物語を読み進めていく。分からない言葉もいっぱいある、だが、椿としては言語よりも不可解な点があった。
「…?」
自分は美麗だ。誰も振り向かないことのない完璧な乙女である、だからこそ、一般的なジョシコウセイが持つ悩みが分からなかった。肌は珠のように美しく、瞳はビーダマの様に輝き、声は弦楽器のように響く。対して本の中ではやれ、「私は可愛くない」だの「太っている」だの自分を卑下してばかりだ。その姿は醜悪さすら感じられた少しうんざりしながら展開していく物語を読み進めていく。だが、その退屈さは覆される。
“胸が心臓が高鳴る”
“貴方を護りたくて”
“でも、護られたいの”
“貴方の笑顔がみたい”
その心情表現はまさにヤマトをみる椿そのものであった。ヤマトのことを思うと胸が高鳴って、苦しくて張り裂けそうで。ヤマトの涙を見るとどうしていいか分からなくなる、だけど、同時に庇護したくなる。でも、ヤマトに護られたい。ヤマトの真実に笑った顔がみたい。
手が汗ばむ、紙を捲る手が震える。このジョシコウセイがどうなるのか、まるで自分のことのように感じている。境遇も外見も全然違うのに、ましてや今さっきまでこの女の人生に退屈ささえ感じていたのに、ただ、それだけの感情的共通点。震える手で物語を読み進めて、椿は識った。
「これが…」
本のジョシコウセイは顔を赤くして、それが恋だと自覚した。同時にまた椿も実感していた。
「恋…?」
声に出してみると実感は薄く、心臓だけが高鳴って、顔が火照る。恋、色恋、色欲、情欲。様々な単語が胸を巡る。でも、どれもしっくりこなくて。でも、確かにいえたこの感情は恋なのだと。息苦しく高鳴る胸の上に手を置いてみればどくんどくんと鳴っている。暖かい音がする。
「“貴方が好き、”」
本の内容を読み上げればどうしようもない恥ずかしさがこみ上げた。この感情はなんだ、という気持ちとこの感情が恋だ、その二つの気持ちが混ざって解けてまるでちょこれいとのようだ。唇がふるふると震えて誰も見ていない、誰もいないのに顔を抑えて蹲る。
「ヤマト」
呟けば、どうしようもなく胸が締め付けられて。
「ヤマト」
呟けば、脳みそが揺さぶられて。
「ヤマト」
呟けば、恋しさが増していく。
何度も何度もその名前を呼ぶたびに何度も何度も愛しさが増していく。嗚呼、嗚呼、どうすればいいのだ。この感情はどうすればいいのか、と物語の続きを読み進める。一生懸命、取り入って気に入られようとして、笑って一緒に街を歩いて、手をつないで。いつもヤマトとしていることが描かれているのに、それはなにか違う、特別なことのように思えた。そして、ジョシコウセイが決心したのだ。
“私、明日告白する”
告白、なにをだろうか、と考えるのもおこがましく。椿も直感的に感じ取れた。好きな人に思いを打ち明けるのだと。だが、椿の手はそこで止まった。
「私から…?」
告白をするのか?そういうのは殿方からされるものではないか、と思ってしまう。女性から言うなんてみっともないと思われるのではないか、と。唇を尖らせて、思案してしまう。だけど、高鳴る鼓動は止まることを知らずになり続ける。不安と恋焦がれる気持ちがせめぎあう。そして、そこで思い至る。
「ま、まだ、告白なんて早いわ…」
そうだ、そもそもまだ椿とヤマトは“いべんと”なるものを体験していない、そういうのは過程を追って、相手を知っていくことが大事だと書いてあった。きっとヤマトも椿のことでわからないことがあるだろうし、椿もヤマトの知らないところがまだまだある。だから。
「そうね、まずはヤマトのことを知らなくちゃ…」
手をぎゅ、と握り締める。例えそれが逃避であっても、椿はまた一つ識れたのだと少し誇らしくなった。
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