髪を指で弄りながら時間をつぶす。本当にちはやは来てくれるだろうか、ちはやは椿と真っ向から戦ってくれるだろうか。体の全ての器官が心臓になったかのような感覚に陥る。ばくばく。そんな感触を振り払いたくて周囲を見回す。
「っ…」
余計にいつもとは違う環境に緊張してしまった。そう、いつもと違う。此処は霧崎の別邸。広い空間が必要な決闘方法であるために、九十九がわざわざ貸してくれたのだ。そして、此処には全てのキャストが、いえ、ちはややおみやマル、3人を迎えにいった九十九以外のキャストが全員揃っている。椿は赤い、血を思わすようなワインレッドのドレスに身を包んで。そして、そんな椿を際立たせるように舞白、リツ、ヤマト、が黒いスーツに身を包んでいる。この装束は九十九が用意してくれたのだ。本人曰く「叛逆のセレモニーのため」と。やることはやった、やるべきことはやった、あとはもうこの場の成り行きでしかない。だが、ゲームの特性上、100%はなく万が一にも椿が敗北をする可能性もある。そんな最悪を心から払拭していると、椿の目の前の扉が開いた。
「っ…」
顔を上げて瞳を見開く。
「ほう」
来てくれた、来てしまった。立ち向かわなければ、逃げ出したい。目の前に立つのも恐怖するほどなのに、椿は今から目の前の男に叛逆ののろしをあげるのだ。相反する感情が麻薬となった、心臓を高鳴らせる。呼吸が速くなって、瞳孔が開いて。
「全員揃っているとは、どうやら本当らしいな」
その言葉にこくりと頷く。九十九曰く、椿の勝つためのピースを省いた概要を、決闘の大まかな流れを先に説明してくれて置いたらしい。そして、その上でこの場にちはやは現れた。つまり。
「ちはやに―――」
「わあああ!お父さんどうしたのとっても広いよ!」
椿の声を遮ってくるくるとふわふわと踊るのはマルだった、となりにいる臣の方は眉を下げながら困ったように振り回されている。
「ご主人、今日はあいつらを殺すの?」
振り回されながらかすかに聞こえる声でといかける臣は気だるげだ。殺す、そんな物騒な言葉とはとてもかけ離れた態度に困惑しながら椿は静観の他ない。
「いや、今日はお前たちは観客だ」
「観客ー?」
「見てるだけ?」
おみまるの各々の反応にちはやは保護者のように頷き、一歩前に出る。
「そうだ、まあ、九十九が茶や菓子を持て成すだろう。それを肴にしておればよい」
ちはやに視線を投げかけられて肩が跳ねる、だが、ここで怯えてはいけない。もうこの一挙手一投足が道を紡ぐといってもよいのだから、毅然と目線を返して声を上げる。
「ええ、そうね。…九十九」
少し大きめの声で名前を呼べば椿から見て右側、ちはやから見て左側のバルコニー階段からこつこつと革靴の音が響く。
「双方、よくぞお集まり頂きました。今宵の決闘裁判、ルールブックという神を司る使徒となる、九十九です」
自己紹介は不要、といわんばかりに口元を歪めて双方の間に立つ。お互いに緊張が走る、ちはやが何も言わないということはそのことは了承されたということ、椿もそのことには異論はない。言うならば口上が長いことだけだ、不満は。
「ルールは天使の数以上に理解はされていると思いますが、すれ違いを無くすためリピートをさせていただきます」
思えば九十九も今日は何処か雰囲気が違った。目の色が違うというか、いつもなら余分が目立つ口上もとても少ない。それだけこの戦いにまじめに望んでくれているということなのだろう、と思いつつ審判の声に耳を傾ける。
「一つ、弾は各々1弾。このカムランの丘には2弾しかございません」
カムランの丘、それはきっとこの決闘場のことを指すのだろう。アーサー王の最期、モルドレッドとの戦いにでも当てはめているのだろうか、なんて思いが膨らむ。
「一つ、着弾したほうが敗者となります」
このことは最初の演習で見たとおり、早撃ちといえど避けてはいけないルールはない。
「一つ、この決闘裁判での勝者は絶対である」
どこか糸が張り詰める。勝者は絶対、勝者が全て。このゲームに負けて従う義理はきっとちはやにはない、といいたいが神を絶対遵守とする九十九がそれを許さないだろう。だからこそ、お互いにとって最大の抑止力となる。
「此処までが、イヴとアダムへの喚起でございます!続いて、双方の騎士団に告ぎます」
その言葉と同時に、階段の両脇の部屋から、ちはやとおみとまる、椿とリツや舞白、ヤマトを分断するように豪勢な料理が立ち並んだ白いテーブルとその両脇に物騒な獲物を手にする黒服が運ばれてきた。
「ほう」
「なによ、これ…」
唐突な展開に椿は困惑の色を浮かべながら、ちはや面白そうに目を細めながら、双方の表情を満足げに見た九十九が解説を加える。
「一つ、決闘最中は如何なる干渉を禁ず」
そう九十九は宣言すれば、テーブルの上の林檎を手に持ちひゅん、と投げる。だが、次の瞬間。
「っ…?!」
乾いたライフルの音と同時にその林檎が跡形もなくなった。安易に干渉をしたものはこうなるぞ、ということらしい。そして、こちらには2人だがおみやまるを取り囲むのは十数人。決して取りのがす気のない本気の陣形だ。
「無論、テーブルの上のものはご自由に頂いてください。今宵のデュエルに相応しき、ブリテン当時の食事にアレンジを加えたものをご用意いたしました」
仰々しく双方の、言葉を借りるのなら騎士団にお辞儀をして椿とちはやに視線を戻す。
「そして、弾は今回、我が神の啓示を受けて、特殊なものをご用意致しました」
九十九はその弾を手に持って見せれば、ちはや側のおみとまるに笑いながら渡した。二人は首を傾げながら受け取れば、それを何度か見て、匂いを嗅いで、明るい表情を作る。
「九十九!これ!チョコ!」
「ええ、薄い膜で包んだ中身は液状のチョコレートです」
嬉しげに二人ともそれを口に含んで転がす様を見ていれば、少し表情が綻ぶ。でも。
「なんでちょこれえとなのかしら…」
その疑問を素直に口にする、そんなものを詰めるのならペイント弾でいいのではないか、そもそもべたべたになるではないか、と。
「我が主から啓示を受けて作ったのです、…さすればそれは祭壇に捧げし供物!主の好まれるもので作るのがよいでしょう」
きらきらとした瞳で語られる、地雷を踏んだ、素直に椿がそう困惑していると、ちはやが「くどい!」の一言で方向を修正してくれた。
「まあ、怪我はしませんし、この建物にはシャワールームは完備されています。どうぞ、存分にその願いをぶつけ合ってください」
楽しげに九十九が言い切って、片手をあげれば電気が消える。そして、テーブルで挟んだ中央の両端と両端が照らされる。50メートルぐらいはあるだろうという長さだ。
「中央から、イヴはモルドレッドの間に、アダムはアーサー王の間に。歩数が踏み鳴らされれば、そこはもうカムランの丘!」
「槍も剣もなく、お互いの願いが選定の剣となる丘ですっ」
「歩数はどうぞ、お2人で決断を!それが貴方がたのフェイトなのですから!」
恍惚に貪欲に目を輝かせた九十九の舞台は終わった、口上の間に九十九の部下によって手渡された銃にはもう弾が詰められている。九十九が場外へ移動して、ちはやと2人舞台に上がらせられる。
「お兄様はなにかこだわりの数字はあって?」
「は、挑戦者への情けか?こんな勝負、結果は見えておる」
そういいきるちはやはどこか哀しい色を浮かべ、それでもなお自分が勝つと言い切った。
「…ちはや兄様がそう感じるのなら、それもまた仕方のないことだわ。でも、この世に絶対はなくてよ」
銃を両手で抱えて凛と言い放つ。それを、ちはやはまたもや嗤うのだ。口を歪めて、哀れなものを見るように。
「護られなければ咲き誇れぬ華がよう吼えるわ」
「もう、貴方の箱庭に咲く椿ではないわっ…」
激昂しかけて、呼吸をして落ち着く。
「で、数字はどうするのかしら」
「そうだな、では、18でどうだ?」
「18…」
異論はないが、ちはやが言った言葉に意味がありそうで、それすらも情報として勘繰ってしまう。
「お前が生れ落ち、華として過ごしてきた年数だ」
嫌味のように向けられたその言葉に激昂はしない。それこそ相手の思う壺だと醒めた瞳で相手を捕らえて、所定位置につく。
「は、つれんな」
ちはやも肩を竦めて椿と背中合わせになる。会話は聞こえていたであろう、九十九がカウンターを片手に宣言する。
「例え空が落ちようとも、この戦いの結果は覆らない!」
誓いの宣言と共に銃が打ち鳴らされ、タロットの18番のカードを打ち抜いた。そして、この場をお互いの心象風景がカムランの丘に染め上げた。
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