「は、はあ…」
このゲームには銃の撃鉄を引く力や、そもそもの持久力が必要だと、九十九は言った。だが、説明を聞く限りそんな風には感じなかったが、郷に入っては郷に従え、ということで体力づくりをすることになった。初日はとんでもなくきつく感じたものも、2週間も経てば慣れてくるもので。すぽーつどりんく、というものをきゅぴきゅぴと飲みながらじゃーじ、という洋装の袖を捲る。この洋服は最初着るときにとてつもない抵抗もあったが、もはやそれすらも慣れてきた。今日はヤマトと九十九が実演を見せてくれるというので霧崎の私有地まで来ている。九十九は知らないうちに兄とも交流を深めていたようで何を気にすることもなく兄は送り出してくれたのだった。そんなことを思い返していれば、濃厚な鉄の香りが漂ってくる。それに顔を顰めて鼻を覆えば、その方向には九十九がいた。ヤマトも顔を顰めて、ふぁぶりーず、というものを九十九に向けて射出している。
「仕事まんまの身なりでくんなよ…」
「申し訳ない、時間がなかったもので」
そういう九十九の片腕にはウィンチェスター銃が抱えられてて、それをおろせば銀色の箱からピンク色の弾を詰めている。その行為を眺めていれば、ヤマトが少し苛立ちを見せつつ声を上げる。
「その高そうな服でペイント弾かよ」
ヤマトのどこかイラついた声。汚れることを気遣うのではなく、むしろその逆。挑発に怒りをあらわにするような。
「ええ、空が落ちようとも貴方の弾が私に当たることはありませんから」
その言い回しは古い、北欧辺りのゲッシュ…誓いの言葉だったと思う。絶対に覆らない誓いの言葉、ヤマトはその意味を知ってか知らずかぶっきらぼうに九十九から銃を受け取った。銃を受け渡した九十九はラインに着く前に椿に1枚の紙を渡す。計4マス、右端に九十九、左端にヤマトと書かれた紙を。
「今から3回、私とナイトがデュエルを行います。イヴには1戦が終わったあと、2、3戦目の予想を打ち立てて欲しいのです」
敗者と予想できるなら、×を。勝者と予想できるなら、○を。そう先生が教え子に指示をするように言い残せば、腕を捲くりながらヤマトと背中を合わせる。
「歩数は13でどうだ、計26から7弱メートル離れてることになる」
「13、神を冒涜する数字ですか。まあよいでしょう、いえ、むしろ、このデュエルに最も適しているといえるでしょうか」
ヤマトはその九十九の言い回しにまたうんざりとした表情の色を浮かべて、さっさと始めるように促す。そして、椿が小さく手を打ち鳴らせば。2人の顔色が変わる。ヤマトは言わずもがな強い警戒の色。九十九は楽しげだが、隙がない。2回目の手の音で二人が一歩ずつ踏み出す。
1歩目は、悠然と。2歩目は、整然と。3歩目は。そして、12歩目、緊張の意図は限界まで張り詰めて、今にもはちきれそうだ。全ての音が情報となる、全ての匂いが情報となる。13歩目。
“ッン---”
衝撃的な破裂音。思わず耳をふさぐが、その後どちらが発砲したかどちらが地面に伏したかを確認するために目を見開く。倒れたのは九十九で、だけど。
「っ、てめ」
絶望的な表情を浮かべているのはヤマト。現場が矛盾する、何があったか、何が起こったかを確認するために情報を拾い集める。ヤマトは発砲をした、そして、九十九が倒れている。だが。だが。起き上がった九十九の洋服には何処にもペイントの痕がない。つまり、当たってはいない。ゆらりと幽鬼のよう、いや、この場合を言うなら復活をした、かのイエスのようと言い表したほうがいいのだろうか。九十九は冷淡な笑みを浮かべながらヤマトに近づき呟くのだ。
「双魚宮」
そう呟いてヤマトの左足にペイントをこびりつかせた。静寂が場を満たして、時間が止まる。永遠にも等しいその時間の中ヤマトが静寂を打ち抜いた。
「てめえ、アレは反則じゃねえのかよ」
「反則、ではありませんよ。まるで私がルールブックという神にそむいたユダのような言われようで」
なにがあったのか、まだ、把握ができてない椿をヤマトは察してか九十九が立っていた位置より少し行ったところを確認して声を上げる。
「簡単に言うと、九十九が地面に伏せて弾を避けて…あとは椿嬢がその目で見たとおりです」
たったそれだけだ、と。つまり、着弾するよりも早く九十九が地面に伏しただけだと。それをヤマトは反則じゃないか、と問うていると。
「ルールブックには反則だとはかかれていませんよ、だったら、反則ではありません」
にっこりと、それ以上の反論を許さないという風に会話が織り成される。そして、椿はそこで思い返して紙に○と×を記入する。2戦目は九十九の勝利、3戦目はヤマトの勝利と。2戦目はヤマトには申し訳ないが、1個手の内を見せたからといって九十九がそれ以外の手の内を持っていないとは思えない。3戦目は、これは個人的願望。ヤマトに勝って欲しいという願望である。九十九に記入をしたか確認をされれば待っていてくれたのか、と内心驚きつつ頷く。

「宝瓶宮」
左足の脛。
「金牛宮」
左の肩。
そうして、3戦。全てにおいて九十九の勝利で終わった。2戦目から段々お互いに過熱してきて、最後なんてお互い早撃ちだということを忘れたのごとく零距離からの直接射撃になっていた、のはまた別の話としよう。だが、そんな中で九十九は誓いのとおりに一弾も当たらずにこの戦いを終わらせた。唇を尖らせるヤマトにすぽーつどりんくを手渡して、赤いペンで結果を書き込んでいれば、タオルで汗を拭きながら九十九が歩いてきた。
「では、イヴ。改めて問いましょう」
「?」
いきなり呼び名を言われれば背筋がピンとする。
「このデュエルを勝利へ導く鍵は、分かりますか?」
問われて、先ほどまでの決闘を思い返す。1回戦目は九十九の策略が制した、2回戦目は詰め寄るヤマトを九十九がいなしながら、3回戦目はほぼよくは見えなかったがかなりの力技だったと思う。唸りながらも答えをはじき出す。今の椿ではこれが限界で、もしかしたら間違っているかもしれないが。
「俊敏さ、と、相手の裏をかけること、かしら」
「40点、ですね。流石に熟練の神父様の様には私もいかないですか」
自分に苦笑を向けたように笑いながら九十九は日曜に子供たちに様々な教養を伝える神父のように解説を施す。穏やかに、静謐に。
「このデュエルを制するのは、情報ですよ、イヴ」
一言一言、まるでその一言にすら多くの情報が込められているかのように。
「これは神話や、我々の生活全てに言えることですが…相手を理解することこそが一番に大事なのです」
そういってから何かを探すようにして、その何かがなかったのを思い出したように目を伏せて。
「…19章18節、あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない…理解というのも愛の一つの形です」
目を開ければ、本当にそれが大事であると訴えるように目を合わせて。理解、今回のことにおいては、戦う相手を理解しろと。
「相手を理解すれば、相手の癖、行動を大まかに予測できます」
兄の情報を手に入れ、兄の行動を、思考を理解する。
「それに、貴方が1戦目を経て予測を立てた…またそれも、1戦目という情報があって、ですからね」
九十九は椿の記入した紙を指差して言うのだ。2戦目、だけを指差して。ストン、と胸の中に落ち着く。情報が理解することが必要なのだという、言葉が。
「勝つことに目が眩んではいけませんよ」
「貴方が目指すのはその先なのですから」
つまり、勝負のことも大事だが、並行的に兄の情報を集めることも大事、だと。そして、そこから椿は兄を理解しなければならない、と。そういえば、と思い返す。ホワイダニット、ああ、最初からやはりそれが大事なのだと。胸の前で拳を握って、九十九の目を見れば、優しくまた九十九は笑うのだ。
「迷える子羊の道へ光は射したようですね」
「ええ、悪いわね」
そう謝れば九十九もまた、少し驚いたような顔をして。
「いえ、我が主のお導きですから」
穏やかに言うのだ。
「イヴの未来に、神のご加護があらんことを」
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