今日は朝から雨が降り注ぐ、憂鬱な日。夏の雨はじめっとしてあまり好きではない。今日も今日とて兄はどこかへとおでかけである、椿には外のことに触れさせないのに、なんて思いながらも好都合。傍に控えるリツ、ヤマトに視線を送り立ち上がる。今日は約束の日。舞白の答えを聞きに行く日。
「行くわよ」
2人ともそれぞれの声を上げて椿の後ろを歩く。廊下に出れば床がじめりとしていて、まるでどうせ断られるのだから行くなと足を取る沼のようだ。だけど、そんなものは気のせいと振り払って舞白の部屋まで歩く。戸を2,3度叩く。
「椿よ」
そういえば、戸が開く。開いた先にはまだ迷い顔の舞白がいた。賽の目が悪く出てるんじゃないか、と手に汗をかきながら平静を保って部屋の中に入る。舞白に促され三人ともに座れば話は舞白の口から切り出された。
「僕はまだ、正直迷っているよ」
賽の目が出たかのように思える。嗚呼、でも舞白の気持ちも分からないわけでもない。兄を見るのと同時に舞白のことだって少しずつ見てきたのだから。唇を噛んで、俯く。
「…でも、君たちが一つ僕を納得させてくれれば…協力は惜しまないよ」
「え…?」
顔を上げれば、震える声で胸の辺りで拳を震えながらも握り締める舞白の姿があった。その姿は一度は心折れた勇者が再び立ち上がる姿にも見える。嗚呼、嗚呼。
「舞白兄様…」
嬉しさで涙が出そうになるが、まだ、それは早い。舞白の言う納得がなんなのか、その壁を越えなければならない。肺に酸素を送って気を引き締める。
「ねえ、椿。兄さんと対等に話をする席を用意できるの?」
首を傾げる舞白。だが、その疑問は一番椿が後回しにしていた問題。資料が集まればなんとかできると思っていた問題。
「あ、それは…」
頭の中が一気にカオスに取り込まれる。考えなければいけない、舞白の説得にたる言を。なのに、赤い不可の文字が脳裏を埋め尽くす。どうすればいい、どうしなくてはいけない。喉の置くまで焦りはせり上がり、取り込んだ酸素が炎となって体のうちを焼く。下唇を噛み締め、言い訳にも近い言を吐こうと。
「それ、は」
「ここで霧崎家のなんでもデリバリーの登場です」
一瞬頭の中が真っ白になる。本当に真っ白。だが、リツとヤマトの動きは早かった。2人とも懐に隠しこんでいた拳銃を乱入者に向けている。だが、乱入者、いえ。霧崎九十九はそんなのをものともせず、扉を閉めれば舞白の後ろにつき従う。今日は派手にライフルなんかつけてないがなにを持っているか分からない、舞白にしか付き従わない一番の不確定要素。
「なんで、九十九が…」
椿は呆気にとられながらもその言葉を吐き出せば、舞白は今にも全てを説明しそうな九十九を制するように片手をあげて舞白が説明する姿勢を見せた。
「こういう交渉は僕じゃ上手く提案できないから、だから、彼に方法を教示してもらって欲しいな」
それが、条件、と。成功確立を限界まで高めろと。降って沸いた希望に胸がじんわりと熱くなる、舞白はとっくに決断をしていたのだと。そのために武器すら取り寄せてくれたのだと。頬のうち肉を噛んで、喜びに緩みそうになるのを耐える。だけど、そんなことを考える椿の隣から声が上がる。
「協力してくれるのはありがたいが、椿さんに荒っぽいことをさせる気じゃないだろうな…?」
腹から唸るような警戒するような声をリツは九十九に投げかけている。今にも噛み付きそうな狼を想像させるその声を、恐らくは視線も。を浴びて九十九は薄い唇で弧を描くのだ。
「兄さんから、そういうのは避けてと言をいただいておりますからご安心ください。神に誓って、荒っぽいことなど可憐なお嬢さんにはさせませんよ」
「じゃあ、どうするんだよ」
次はヤマトが飢えたハイエナのような声を上げる。リツもヤマトもやはり、九十九の職業を知っている上で警戒を禁じえないのだろう。それはその人となりを知らなければ仕方のないことだ。
「そうですね…荒っぽくない、そして、一見千羽陽兄さんに有利に見える、ジ・ハード…いえ、デュエルを、と思っております」
聖戦というには余りにも俗にまみれているそれを九十九は決闘と言い換えて。その片手に携えていた皮でできた鞄を下ろして、分厚い本を取り出すのだ。
「高貴なる神よ 我が言葉をお聞きあれ、我が欺瞞と偽善に 御身らの祝福を与え、我が復讐を 成功させたまえ」
演技がかってはいるが決して、嫌味ではない九十九の言葉に椿は聞き覚えがあった。これは最近耳にしたものでもなく、幼き日に学んだ法律のときに聞きかじったような。
「歌劇、ローエングリン…かしら」
椿が淡々と告げれば、九十九はこくりと頷いて言葉を上げるのだ。
「椿さんは勤勉である、だが、どちらかというとこの場合は本の決闘裁判の方が正しいですね」
決闘裁判、聞いたことはあるがあまり覚えていない。だが、その言葉に椿はハッとする。ヤマトもリツも凄まじい視線を向けているのが分かる。九十九がなにを椿にさせようとしているのか。舞白は椿たちの反応を見ている、その目は事のあらましを知っているであろう目。ということは、舞白が許可をするに値するモノだということだ。椿はそれをいち早く察知すれば、リツとヤマトを制するように手の甲を2人に向けるのだ。
「九十九、さっき、荒っぽいことはさせないといったはずだけれど?」
「ええ、荒っぽいことではありません。決闘とは神聖なものですよ…そして、決闘裁判とは神判なのです。勝ったものが正しい、だからこそ、相応しいのです」
鞄にがさごそと本を閉まって、九十九は異論を聞くという風に視線を投げる。だが、その実こちらに拒否権はない。拒否をすれば有力な2人を失うのだ。その様子を九十九は感知してか再度口を開いてくれる。
「決闘を行い、話し合いの場に千羽陽兄さんを強制的に引きずり出すだけですよ。決闘だって、椿さんに分があるものを私が教えましょう」
「決闘の方法を先に教えてくれないと、なんとも言えませんね」
ヤマトが苛立たしげに声をあげれば、今度は舞白が交代といわんばかりに声を上げるのだ。
「ヤマトくんとリツくんは西部劇なんかは分かるかな、あれの早撃ち形式を採用しようと思っているんだ」
「なっ」
「無論、弾はあたっても死なないものを用意するし、後にもならないようなものを九十九に頼んでみる」
お安い御用だとばかりに頭を下げる九十九。早撃ち、西部劇…ということは銃を扱った決闘方法なのであろうか。
「ええ、それぐらいは用意させましょう。ですけれど、この決闘に立つのは椿さんでなくてはならない」
その九十九の言葉についにリツとヤマトは食って掛からんばかりに身を乗り出すが、椿が言葉で制する。なくてはならない、というぐらいなら理由があるはずである。舞白と九十九に説明を求めるように見れば、舞白が口を開いた。
「これがヤマトやリツ、おみくんにまるくんの代理戦だったらきっと、お互いに負けたときの言い訳がでてきちゃうんだ。だから、お互いの手で雌雄を決さなければならない」
言わんとしていることは分からないでもない。だけど、ルールが分からない椿としてはどうしようもなくルールの説明を求める。すると、リツが口を開く。
「銃を持って、お互いに決められた歩数を歩き、それを火蓋にお互いを打ち合い、弾に倒れたほうが負けというルールですよ」
とても簡単で、とても単純で、なんて運の要素の強いゲームだ、という印象を第一に受けた。次に振り向く速度のゲームなのだ、と思い至った。
「言いにくいですが、椿嬢が千羽陽さんには…」
ヤマトは勝率が低い、といっている。そのとおりだと思う、でも、九十九は「一見、千羽陽兄さんに有利に見える」といった。つまり裏を返せば「椿に有利、もしくは5分5分の勝負」なのだ。その有利性を椿が思い至らないだけで、それを目の前の舞白と九十九は享受するといった。九十九はそういうところに抜かりはなく、だからこそ若頭として片手で重鎮たちを動かしている。賭けてみるには悪くはない条件だ。それに安全な弾を用意するとも言ったのだから。九十九と舞白の表情を見つめる。九十九はともかく舞白は本気の目であった、少しでも確立があがるように動いてくれている。なら。
「乗りましょう」
椿の言葉にリツもヤマトも早まるなとでも言うように名前を呼ぶが、その2人にそれ以上の言葉を許さない、と一瞬視線を合わせる。そうして九十九に挑むような視線を送れば、九十九は目を一瞬伏せて鋭い視線で椿を射抜いた。そして椿の中にある、覚悟、であろうか、そんな曖昧なものを見抜いたのか声を上げる。
「神は我々と共におられる!」
高らかに宣言をして九十九は舞白と視線を合わせて頷きあう。
「拙いながらも必ずや勝利へ導きましょう、イヴ」
仰々しく、まるで部隊の幕引きだといわんばかりに九十九は腰を折るのであった。
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