*太陽の明るさ
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*Terminus『月の温もり』続編





 千羽陽が舞白のことを忘れてから1ヶ月が経った。仕事の方が落ち着いたのか、舞白もきちんと毎日家へ帰ってきている。しかし、その表情にはやはり違和感がある。
「どうしたもんかな」
律は楽しそうに折り紙で鶴を折っている舞白と椿を遠目に眺めながら呟く。
「りっくん先輩、ため息つくと幸せが逃げますよー?」
ふざけた調子で横からヤマトが茶々を入れてくる。そこへ突っ込みというには些か鋭い突きを入れて、律は再びため息をつく。
「どうせ幸せが逃げるなら、俺じゃなくて諸悪の根元から逃げればいいんだ」
「ちょっ、りっくん先輩。今の突き、洒落にならないから!俺の記憶も飛んじゃうから!」
横で騒ぐヤマトを黙殺しようとして、ふとあることに気づく。
「あぁ、そうか。もう一度、衝撃を与えればいいのか」
「・・・もしかしなくても殴ろうとしてます?」
「いくら石頭でもフライパンで殴ればどうにかなるだろ」
「どうにかっていうかなんかもうそれ逝きそうなんですけども」
よし。と立ち上がった律をヤマトが慌てて止めた。

 そんな2人の騒ぎに気づいて様子を見ていた椿が首を傾げる。
「律とヤマトは何の話をしているのかしら」
「うーん。何だろう。でも何だか楽しそうだね」
くすくすと笑う舞白を見て、椿は少しだけ何ともいえない表情をする。
「どうかしたの?椿」
それに気づいて問いかける舞白は、普段通りだ。
 優しくあんな愚兄でも好いて世話を焼いていた舞白のことだから、今回のことはとても衝撃的だったはずだ。それでも変わらずに周りと接しようとしているだけなのか、それとも。とても心配ではあるが、舞白が考えて出した結論であるならば、あえてそこを問う必要もないか。そう考えて椿は思考を閉じる。
「いいえ、何でもないわ」
舞白の兄としての優しさに椿は精一杯の笑顔で応えた。


 暗い森は奥へ進みすぎたせいか、もう空が見えない。木々に囲まれてしまって空が閉じられてしまった。
 この色は自分の色じゃなくて彼の色だなぁなんて思いながらさらに奥へと進んでいく。そういえば、ここへ来てからというもの夢しか見ないので彼と話す機会もない。
「ここにはいないのかな?」
ぽつりと呟いても返事はない。しかし、ここはなんだか落ち着く。何故だろうと辺りを見回してあることに思い至った。ここは似ているのだ。あの奥の部屋に。そうなるといよいよ彼がいないことに違和感を覚えるようになってくる。
「でもなぁ」
ここから出ようにも帰り道など分からない。本格的に迷子になってしまったようだ。
「まぁいっか。いてもいなくても変わらないわけだし」
自分にできることなどないのだから、戻ることに躍起になる必要もない。
 舞白はその場に座り込む。歩き疲れた足が重い。夢の中でも疲れるものなのかと少し驚く。そしてそのまま襲いかかってきた眠気に逆らうことなく目を閉じた。


 「で、本当にやるんですね」
「そりゃな」
あの後、椿と舞白はまだしばらく折り紙をして過ごすということだったので、律はヤマトを連れて離宮へ来ていた。そして、その手には宣言通りのフライパン。
「なんかもう、やる気というよりヤる気というか。どうせなら色気出してくださいよ、ほんと」
「まずはお前が一発いくか?」
「ヤメテ。りっくん先輩、マジヤメテ。俺、逝っちゃうから」
律の目は本気で、だからこそ後はもう記憶が戻るかどうかよりも、千羽陽が死なないかどうかが問題だ。
 形ばかりの声かけとノックをして中へ入れば、酒を呷る千羽陽の姿。本当にこうして見れば何も変化はない。
「ヤマト」
短く律が呼ぶ。本来ならば、雇っている側である千羽陽の安全を守るべきなのだろうが、この状態の律に逆らうのも大層恐ろしいので、謝りつつ千羽陽の背後へ回る。
「何事だ?」
眉根をひそめた千羽陽の問いに答える声はない。
「おい、律」
「どうせ頭打つならもう少しマトモになってこい、よっ」
声と同時に振り下ろされたフライパンはいい感じに千羽陽の頭にヒットした。


 「舞白!」
ぐんっと引き戻される感覚がして驚きつつ目を開ければ、彼の姿。
「あれ?どうしてここに」
「どうしてじゃねぇよ、人が薄れてるときにどんどん奥へ行きやがって」
呆れたように言う姿がなんだか懐かしくて、舞白はくすくすと笑う。
「口調、崩れてるよ。朔黒」
「うるせぇよ。目が覚めたならさっさと戻れ」
子どものように頬を膨らませた彼・・・朔黒に背中を押されてもう一度、目を覚ませば近くに千羽陽の顔があった。
「え?あ、兄さん・・・?」
「目が覚めたか、舞白」
「あの、えっと、僕のことが分かるんですか?」
名前を呼ばれたことに動揺して聞き返せば、呆れたように答えが返ってくる。
「分かるも何も生まれたときから知っているからな」
その答えに知らずのうちに涙が流れる。
「おい、舞白?」
それを見て慌てたように千羽陽が舞白を呼ぶ。
「はい。僕は舞白です」
また名前を呼んでくれたことが嬉しくて、舞白はにこりと笑った。

 

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