*逆転ウロボロス Part.U
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*色々と逆転や捏造に注意


 幼稚舎の頃は周りの女子が怖かった。何かあると大きな声を出して過剰に反応し、あれやこれやと自分の我が儘を主張し、最終的には他人のせいにするのだ。一応はそれなりの私立の学校とはいっても、親が多少なり財力を兼ね備えているというだけで、子どもの性質が良いというわけではない。
 朝、幼稚舎まで送ってくれていた長兄の椿は、
「ごめんなさいね、うちの弟人見知りで。とっと離れなさい。私を遅刻させる気なの」
などと言いながらも、用事があって難しい日以外は毎日きちんと千羽陽を連れて行ってくれた。そんなに気が長い方ではないし、少々、乱暴な扱いをされていた部分もあったが、それでも椿なりの優しさはその都度感じていた。
 そして、夕方迎えに来てくれていた次兄の舞白はいつも、嫌だったと泣く千羽陽をそっと抱きしめて、
「無理に強くならなくていいよ。僕は、千羽陽は優しいこのまま育ってほしいな」
と笑うのだ。やり返すことができたら強いというわけではないと思うよと言いながら、慰めるように、あるいは褒めるように千羽陽の頭を撫でる手はとても優しかった。
 家のご飯も幼稚舎のお弁当も作ってくれていたのは、舞白だった。千羽陽には『母親』というものがよく分からなかったが、椿と舞白がいてくれればそれでよかった。しかし、今思えば、学校帰りに千羽陽を迎えに行き、買い物をして帰って夕飯を作るというだけでも大変なことだったのではないか。加えて、朝は早く起きて朝食と弁当の準備。自分の勉強もしっかりとしていたのだから、本当にすごい兄だと思う。
 「テスト期間ぐらい家事休んでもいいのよ」
椿が常々、そんなことを言っていたが、普段からやっていれば問題ないと笑っていた舞白の成績は常に学年の上位にあったと聞く。
 椿にしても舞白にしても色々と逸話が残っていて、それは、少し年齢の離れているとはいえ、同じ学院に通う千羽陽の所にも届く。ちなみに、2人とも学園祭で行われたミスコンで断トツの1位を獲ったのは特に有名で、千羽陽も弟なのだからと回ってきそうになり、全力で拒否したのも今となっては良い思い出だ。

 千羽陽が高等部に上がった今、椿や舞白はとっくに学院を卒業している。椿は大学院を卒業後、父親の手伝いとしてやっていたモデルを本職として、今では世界的な有名人だ。一方の舞白はあまり得意ではないからと大学卒業を機にモデルをやめたが、丁度、同じような時期に応募した小説で新人賞を取り、現在は小説家としての仕事をしている。
 そんな状態なので、家にはほぼ、在宅で仕事をしている舞白と学生の千羽陽しかいない。
「ただいま」
帰宅して、すぐにリビングに顔を出せば、キッチンで料理をしている舞白の姿があった。
「おかえり、千羽陽。もうできるから手を洗ってきて」
手を止めてこちらを振り返る舞白の姿は学生時代と比べて、髪が伸びただけであまり変わらない。毎日家から出る必要がなくなったせいか、買い物に出る以外はあまり家から出ない舞白の肌は白い。
「千羽陽?」
再度、呼びかけられて、はっとして舞白の方を見る。
「大丈夫?具合悪い?」
首を傾げて尋ねる舞白に慌てて、
「なんでもない」
と答えて千羽陽は手を洗うために洗面所へ向かった。

 舞白にとって兄の椿は尊敬すべき存在だ。自分できちんと道を決めて、突き進む。そのことになんの迷いもなく、また大きく間違えることもない。その背中を追いかけながら、舞白なりにできることをしようと考えるようになった。それが、家事だったのだと思う。
 母親が亡くなり、父親があまり帰ってこない兄弟だけの暮らしでは、誰かが家事をやる必要があった。小さい弟にそれをさせる気はなかったし、兄の負担になってしまうのも嫌だった。初めはもちろん失敗ばかりしたし、これでは余計なことをしているだけじゃないかと思ったこともあったけれど、どんな料理であっても、美味しいと食べてくれる兄と弟のために頑張りたいという気持ちの方が大きかった。
 学生時代、友人と呼べる知り合いは、ありがたいことにたくさんいたから、放課後、遊びに誘われることも多かった。しかし、家事や弟の迎えがあることを考えると、参加することは難しかった。申し訳なさそうにそう告げると、大抵の友人は、大変だな。とか、すごいな。とかそういう感想を残していった。でも、舞白にとっては何が大変なのか分からなかったし、何がすごいのか分からなかった。
 そして、もっと理解できなかったのは、友人からの告白だった。話があるからと呼び出され、ついて行くと大抵が、
「男同士でおかしいと思われてもしかたないんだけどさ。俺、お前のこと好きなんだ」
と告白されるのだ。別に男子校というわけではなく、学院には中等部から棟は違うが女子も通っている。そんな中でなぜわざわざ自分を選ぶのか。その都度、
「気持ちは嬉しいんだけど、そういうことに興味がなくて」
と曖昧に断るしかなかった。中には勢いが余ったのか、相手が舞白に密着しようとしたり、無理に触れようとするということもあったが、幸か不幸か幼少期から武道に関しては親しみがあるので、申し訳ないと思いつつも撃退させてもらっていた。体格差の問題で自分ではどうしようもなくて、流されるしかないのかと途方に暮れた時もあったが、そういう時には椿が丁度いいタイミングで助けに来てくれていた。
 大学時代、周囲が就職を決めていく中で、舞白はとても悩んだ。父の手伝いとして、または父との繋がりを保っていたくてモデルという活動を続けてはいたが、正直、表現力があるわけでも、兄の様に容姿が整っているわけでもなかったし、それを本業とする気はなかった。そんな時、趣味で書いて気まぐれで応募した小説が新人賞を獲った。小説を書くのはもちろん好きだったけれど、それは下手の横好きというやつだったし、それで生活していける自信なんてもちろんなかったから、舞白の希望は一般企業への就職だった。しかしながら、千羽陽のことを考えると、一人暮らしをする気はまったくなかったし、家の事は継続してやりたかった。そんな時、海外での仕事から帰宅した椿が一連の話を聞いて言ったのだ。
「何を迷う必要があるの?賞を獲ったということは評価されたということでしょう?」
「でも、今回はたまたま目にとめてもらえただけで」
「あぁ、言い方が悪かったわね。別に賞なんてなくってもいいのよ。舞白がやりたいなら書けばいい。この家にはきちんと父親が稼いだお金が変わらずに入っているわけだし、幸いにもやりたくないことをして稼ぐ必要はないの」
椿は悩みに揺れる舞白の頭を撫でて言った。
「舞白が書いた小説を読んだわ。とても面白かった。書けるなら、書きたいのなら、続きを書けばいいのよ。今まで私が舞白に支えられた分も上乗せして、足りない分は私がどうにかするから。大好きな弟のためにそのくらいはさせて?」
その言葉に背中を押される形で舞白は小説家の道を選んだ。
 基本的には自室で執筆をするので、家事をしたり、買い物をしたりということも締め切りが近くなければ、今までと同じようにやっている。そのおかげで、千羽陽を出迎えることも食事を一緒にとることもできるので、舞白としてはとても嬉しい生活スタイルだ。

 手を洗い、荷物を置いてきた千羽陽が席に着く。今日のメニューは主食に白米と、回鍋肉、海草サラダ、卵スープ、それから椿が少し前に買ってきてくれた本場のキムチもだしておいて、テーブルの上が良い感じに賑やかだ。
 テーブルに向かい合うようにして座って、手を合わせる。
「いただきます」
サラダには見向きもせず、とりあえず、もぐもぐと回鍋肉を食べ始めた千羽陽を見て、舞白は小さく笑う。成長期だとお腹が減るのだろうか。昔は、しゃがんでやっと同じだった目線が今では千羽陽の方が高い。食欲と好みの違いが反映されるのだろうかと思いつつ、舞白は海藻サラダに手を伸ばした。





*ちはやさんの素敵な絵に合わせて。

 

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