*時雨唄
16/16

 庭に今年も紫陽花が咲いた。桜の季節が過ぎ去り、暑さが一気にやってきて、それに少しばかりうんざりし始めたところで、やってく束の間の涼しさ。それを表すように縁側から見えるのは青や紫といった寒色の紫陽花だった。
 梅雨の外の風景を見るととても気持ちが穏やかになる。しかし、一方で梅雨という季節は舞白にとっての天敵でもある。なぜなら、雨が降ると気圧の変化で美しい情景と共に偏頭痛までやってくるから。
「これは、雨が降るかもしれない・・・かな」
僅かな痛みを感じて舞白は呟く。雨の前兆のように到達する頭痛の波はまるで天気予報だ。縁側の外へ出してぶらぶらと揺らしていた足を抱え込んで座り直す。さっきより少し内側へと下がって、変わらず庭を眺めていると、やがて雨が降り出した。
 この時期の雨は秋から冬へと季節が移り変わる時と似ている気がする。雲が少し低くて、降ったりやんだりするのだ。昔に比べれば、最近は空梅雨が多くて、雨もあまり降らないが、そのように思う。
 舞白はじんわりと痛む頭を少し振って思考を切り替えて立ち上がる。急に立ち上がったせいで少しふらついたが、それは勢いが良すぎたせいにしておこう。そっと歩き出して、縁側の隅まで行くと、そこに立てかけてあった傘を手に取る。それもまた、紫陽花とよく似た紫色をしている。そのまま傘と一緒に置いてあった草履をつっかけて、庭に出る。

 遠目から見ていた紫陽花を今度は間近で見てみようと近づけば、先ほどまでは分からなかった紫陽花の綺麗な色の差違が目につく。それらは雨の滴を重たそうに乗せてきらきらと輝かせていた。
 そっと手を伸ばして、その1つに触れてみれば、ほんのりと冷たくて涼やかだ。雨粒で濡れた手を無造作に払って、その場にしゃがみこんでみる。一輪だけで咲く花よりもこうやって紫陽花のようにたくさんの花が身を寄せ合っているように見える花の方がなんだか落ち着く気がする。全体的に似た色なのに全く同じ色が無いというのも理由の1つかもしれないが。

 そういえば、昔読んだ本の中に紫陽花の色に言及したものがあったような気がする。記憶が正しければ、ここは青い紫陽花だから土が酸性ということだろうか。青い紫陽花ばかりの土地で1つだけ赤い紫陽花が咲いていたら、その下には死体が埋まっているなんて話だったような気がするが、確かあれは人の骨に含まれるリン酸のせいだったか。もうずいぶんと前に読んだこともあって、詳しくは覚えていない。
 桜の木の下にしても、紫陽花の下にしても、どうして人間は死体を植物の下に埋めたがるのか。そんな所に埋めたところで良い肥料になんてなるはずもないし、わざわざ根の部分を掘り起こして埋めるものでもないだろうに。
 そんなことを考えながら、小さくため息をつく。雨が強くなるにつれて頭痛も痛みを増しているような気がする。これは、部屋に戻って休むべきかもしれない。今度はふらつかないように慎重に立ち上がって、庭へ出た時と同じく、縁側の隅の方から中へ入る。傘と草履はどうしようもないので、そのまま置いておいて、自室へと歩き出す。
 一定のリズムで来る痛みに顔をしかめながら、速足で進めば、どうにかそれなりのスピードで辿り着く。机の上に置かれた小さな小物入れから、ピルケースを取り出して、その中から錠剤を1つ取り出す。それを同じく机の上に放置されていた飲みかけのお茶で流し込んで一息つく。そうしてそのまま机に突っ伏したところで、意識が途切れた。


 そっと目を開けてみれば、自室の机に突っ伏していた。身体を起こしてみれば、中から見ていたのと同じように、机の上には薬を飲んだ痕跡。今、その痛みを全く感じないのは、薬のおかげか、それとも。
 そんなことを考えながら手を伸ばすのは、先ほど薬を取り出した小物入れ。その中から今度は組み紐を取り出す。それを指に巻きつけたり、解いたりしながら考えるのは先程の紫陽花の話。
 青い紫陽花の中に1つだけ赤い紫陽花が咲くだなんてまるで自分のことのようだと思った。たくさんの白の中に1つだけ黒がある。そして、それは殺されていったたくさんの白によって生かされている。
「まったくもって皮肉でしかないな」
白が集まって黒になるだなんてそんなおかしなことがあるだろうか。





*涛小ちゃんの素敵な絵に合わせて。


 

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