*此処から離れて
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 雪の舞う寒い日、千羽陽がその情報を知ったのは学校から帰宅してすぐのことだった。
 屋敷の中が普段とは違い、慌ただしい雰囲気に包まれている。その中を自室に向かって進んでいくと、それに気づいた使用人が声をかけてくる。
「おかえりなさいませ。千羽陽さま」
「あぁ。・・・何かあったのか?」
軽く答えて聞き返せば、戸惑いの表情と言いづらそうに結ばれる口元。
「何があったんだ?」
聞き方を変えて問いを重ねれば、少しの間を置いて答えがあった。
「・・・舞白さまが現在、行方不明で総出で捜索しております」
「舞白が?」
6つ下の弟も今日は千羽陽と同じく学校へと向かったはずだ。それがどうして行方不明なのかと詳しい話を聞くと、こういうことらしい。
 曰く、今日は学校の後にそのまま稽古事の予定があったため、使用人が舞白を校門まで迎えに行ったが、門からは一向に出てこず、教師に確認をとったところ、とっくに下校していると言われたこと。稽古事の場所へも連絡をとったが、来ていないと返答があったこと。そして、本人の持っていたはずの携帯電話は学校の舞白の机に残されていたこと。
「それで行方不明、と」
「はい」
「攫われた可能性はないのか?」
「それについても調査中ですが、今のところ、そういった接触などもなく・・・」
「分かった」
使用人からある程度の情報を得ると、千羽陽は踵を返す。
「千羽陽さま、どちらへ!?」
「決まっているだろう。舞白を探しに行く」
「お待ちください。事件性の有無が確認できない以上、千羽陽さまにも何かしらの危険が及ぶ場合が」
「知るか」
あっさりと言い放って千羽陽は家を出た。その脳裏に浮かぶのは舞白のこと。
 千羽陽が後継者としての立場を捨てたことにより、そこに収まった弟は父から折檻まがいの教育を受けていることは千羽陽も十分に知っている。そして、その父の愛情や興味が末弟である椿にしか向けられていないことも。
 そのような環境の中で千羽陽と舞白は正反対な対応をした。すなわち、千羽陽は自己を肯定し、舞白は自己を否定したのだ。それからというもの、舞白は『役目』に執着するようになったように思える。父から与えられる『役目』を果たすために努力している舞白の姿は痛々しくもある。昨日も雪が降る中、縁側の柱にくくりつけられていた。しばらくしてから千羽陽が気づいて縄を解いてやったが、凍るように冷たい手をした舞白はそれでも、父への文句を口にしなかった。
 限界というやつが来てしまったのではないだろうか。そんなことを考えて、千羽陽は思いつくままに走り回った。やっと年齢が二桁になったとはいえ、小学生の子どもが行ける場所など限られているし、舞白は財布を持っていないはずだ。それほど遠くへは行っていないはずと考えて、屋敷に近い図書館や公園、児童館を中心に探す。しかし、そのどこにも舞白の姿はなかった。
 一応、何か進展があったら連絡がほしいと使用人に伝えたし、携帯はいつ着信しても分かるようにポケットに入れているが、連絡はない。
「どこに行ったんだ、舞白」
小さく呟いて千羽陽は近くのベンチに腰を下ろした。そして、深いため息をつく。息が白く残り、やがて風に流されていく。そんな風景を眺めていると、遠くに見慣れた色が見えた。
「舞白っ!」
思わず大きな声で名前を叫び、走り出す。近くなるその姿は確かに弟のもので。何度か声をかけながら近づくが反応はない。そのことを不思議に思いながらも人違いではないことを確認して、距離を詰める。
 やがて、そんなに早いスピードで移動していなかったこともあり、千羽陽は舞白に追いついた。
「舞白。こんなところで何を。・・・舞白?」
肩に手をかけて引き寄せ、小言の一つでも言ってやろうとしたところで、千羽陽はその瞳にいつもの意志がないことに気づく。どこかぼんやりとした瞳は千羽陽を捉えてはいない。慌てて、両方の肩を掴んで揺すりながら名前を呼べば、何回目かではっとしたように舞白が答えた。
「はい。・・・って、あれ?兄さん?どうしてここに・・・というか、ここは一体?」
そしてそのままキョロキョロと辺りを見回す。
「お前が行方不明だというから探しに来たんだ。どうしてこんなところにいたんだ?」
「・・・それが全く。学校で帰りの支度をしていたところから記憶がないんです」
そう答える舞白が嘘をついているような様子はなく、本当に戸惑っているように見える。
「あ、そういえば、今、何時ですか?お稽古に遅れて・・・って、もう終わる時間」
それどころか真っ青になりそうな舞白の表情を見て、千羽陽は、動揺している弟にこれ以上何か言うのも酷だろうと思い、とりあえず弟が無事ならそれでいいかということで家路につくことにした。


 

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