*交差点
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 歩道橋の前に立ちすくんでいる。顔を上げれば目に映るのは赤い光を灯す信号機。いつだってその信号は赤で、まるでそちらへ進むことを拒絶するかのように光っているのだ。『普通』や『日常』と呼ばれる世界へ行きたいのに、普通になることを望んだまま律儀に守った赤信号のおかげでいつまでも進めない。
 だから、進む道を変えた。元より普通でないのだから、その他大勢の普通になんて合わせられるはずがないし、合わせる必要もないのかもしれない。どうしたってきっと、俺は俺なのだから。
 頭に反響するのはいつでもあの頃の記憶。痛みも罵声もよく覚えているし、何一つ忘れてはいない。でもそれをただの思い出なのだと割り切ることもできなくて。そうやって生きていくためには正当化することも必要だった。
 正しくて楽なことなんてないから全てを曖昧にしていって、自分の感情や人との接し方も曖昧にしていったせいで、伝えたいと思う本当の心はいつだって言えないままだ。そうやって仕舞ってしまった言葉が首を絞める。
 必要とされなかった自分の事を恥じて、言えなかったこと、謝れなかったこと、全ては行き場をなくしてどこかへ消えた。そんな風に悩む必要はないと君なら言ってくれるのだろうか。

 ふわりと浮上した意識を感じながら目を開ければ、すっかりお馴染みになったバルコニーの隅。あぁそういえば仕事中だったかと思い出して、目を擦る。まぁ、仕事中とは言っても、ここは屋敷の中で、椿は部屋で雑誌を読んでいるだろうから、こんな所でうとうとしていたわけなのだが。
 何やら不思議な夢を見ていた気がする。懐かしいというには抽象的なそんな夢だったような気がするから、きっと、思い出を夢に見たというわけではなかったのだろう。それにはっきりと覚えていないものを思い出すのはとても困難だろうから、早々に諦めることにする。
 ぽかぽかとした日差しを受けて微睡むのは気持ちがいい。いっそ猫にでもなった気分で、大きく伸びをする。それと同時に少し離れた所で自分を呼ぶ声。どうやら、雑誌を読む時間は終わったようだ。
 それならすぐにでも行かねばと1つ大きく欠伸をして気分を切り替える。気まぐれに散歩して回るのも好きだけれど、しっかりと決まった場所に戻ってくるというのもなかなかに居心地がいい。その大切な場所がいくつかあるというのも余計に。
 あの頃と比べて何が変わったかと聞かれても自分は何も変わっていないと答えるしかない。だって、きっと出会えただけだから。

 相変わらず信号は変わらない。赤いままで拒絶されているのが分かる。でも、だからといってここにいることまでは拒絶されていない。歪んでしまっても、きちんと伝えられなくても、真っ当に愛すことが出来なくても。それを含めて抱きしめてくれる人がいればそれでいい。それなら全て引きずってでも生きていけるから。
 そうやって生きていたらいつかは信号が青になるのだろうか。それを渡ったら普通になれる?でも、そこまでして渡る必要なんてないと思う。あぁ、でも向こう側にあの人達がいるというのなら、会いに行くのもまた一興なのかもしれない。


 

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