*逆転ウロボロス Part.W
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スマートフォンのLEDライトが光ったのを視界の端に捉えて、カタカタとキーボードを叩いていた手を止める。ピカピカと光るそれを手に取り、ボタンを軽く押せば、新着メッセージの通知。それを手慣れた手つきで表示して、中身を読んだ舞白は、小さく微笑んだ。

 長兄の椿、次兄の舞白、末っ子の千羽陽。3人は兄弟で父親は同じだが、母親はそれぞれ違う。父は最初に椿の母である女性と結婚するが、病弱であった女性は椿を産んで間もなく亡くなった。その後、舞白の母である女性と恋に落ちて舞白が生まれるが、女性は実は既婚者であり、舞白を父の元に置いて姿を消した。意気消沈した父が手を出したのはその女性の年が離れた妹である千羽陽の母であったのだが、その女性も千羽陽が小さいうちに亡くなっている。
 そんなわけで、椿と千羽陽は父と婚姻関係にあった母をそれぞれに持つが、舞白だけは違う。そして、もう1つ違う点がある。同じ母を持つ兄がいるのだ。こうも泥沼化した関係性の中ではギスギスするように思えるが、実はそんなことはない。千羽陽の母は千羽陽を愛し、椿や舞白には姉のように接していた。
 さらに、舞白の母の本来の夫はといえば、不倫をしてきたことではなく、外に子どもを置いてきたことに腹を立てて、舞白を引き取ろうとしたことがある。それほどに舞白の母を愛していたようなのだが、当の本人は素知らぬ顔で相変わらず、行方不明になっているらしい。父が頑張ったらしく、舞白がそちらへ引き取られることはなかったが、その時の一件もあって、舞白は迷惑をかけたという思いをどこかに持っているようだった。
 そんな事情も相まって、向こうの家もみんな揃って舞白が大好きな人が集まっているわけなのだが、その中でも群を抜いているのが、舞白と同じ母を持ち、兄に当たる九十九だ。裏界隈で名を馳せる一家の中で父の跡を継ぐことを期待されて、強面の男たちをまとめているというすごい人物なのだが、舞白たちを前にすればただのブラコンである。
 九十九が一番可愛がっているのはもちろん、自分と血の繋がっている舞白だが、椿や千羽陽も本人の保護対象に入っているらしく、よく3兄弟の前に現れる。そして、そんな九十九だからこそ、舞白が就職について悩んでいた頃に、舞白を一緒に住もうと誘っていた過去がある。

 あの時、家を訪ねてきた九十九はとても真剣な顔で言った。
「舞白。君がこの家で楽しく過ごしているのは知っているけど、これから新しい環境に移って働くという道を選択する上で、うちに来るということもぜひ、選択肢に入れて欲しいんだ」
「今までみたいに泊まりにいく、ということではなくてですか?」
今までも舞白の顔が見たいという声を受けて、舞白が九十九の家に泊まったことは何度もある。しかし、それは1泊や2泊の話だ。
「そういうことになるね。うちで暮らして、仕事に行って、たまにこちらへ帰ってという生活だよ。初めてのことばかりで、しかも仕事という責任のつくものだから、専念できる環境も大事だと思うんだ」
どうかな?と九十九が問いかける。舞白は少し迷うように視線を彷徨わせて、少し離れたところにいる椿へと視線をやる。
「好きにしていいのよ」
その視線に気づいて椿が言う。その言葉に少し突き放されたような気がして舞白は曖昧な笑みを浮かべる。
「あぁもう、またそんな顔をして。違うわ。そういう意味じゃないわ」
「え?」
「私も千羽陽も今の生活が楽しいからここにいてくれた方がもちろん嬉しいわ。でも、舞白は舞白の思うことを優先して良いの。やりたい仕事の為に環境を求めて家を出るというのであれば、全力で応援するってこと。もちろん、寂しさはあるけれど、問題はそこじゃないでしょ?」
椿は近づいてきて、舞白の頭を撫でる。
「私や千羽陽が舞白をないがしろにするわけがないでしょう?」
「・・・うん」
舞白は嬉しそうに目を細めて笑う。
「おや、椿さん。感動的なシーンのせいで、私が空気になりかけているのですが」
「自覚があるなら黙っていていいのよ?」
「これは手厳しい。・・・返事は今すぐでなくても大丈夫だから、少し考えて欲しい」
「分かりました」
九十九の言葉に舞白は頷く。九十九なりの優しさからの提案だと知っているからこそ迷う。
 結局、数日後に舞白はこのまま家に住むことと、小説家になりたいということを決断し、九十九の提案は断った。
「ごめんなさい。せっかく、提案してくれたのに」
「何も謝ることはないよ。もし、可能性があればと思って提案しただけだからね」
「兄さんが海外へ行ったら、千羽陽が1人になっちゃうし、それなら一緒にいてあげたいのもあって。・・・って、千羽陽のせいにしちゃいけないですね。正直、九十九兄さんの家はとっても居心地がよくて、至れり尽くせりで、・・・でもダメなんです。僕が僕であるために、全てをやってもらうんじゃなくて、自分でしっかり立つために頑張れることは頑張ってみたいんです」
だから、ずっと住むのは何か違うんです。そう言って、頭を下げる舞白を見て、九十九は楽しそうに笑った。
「なるほど。とても良い考えだと思うよ。私はいつでも舞白の味方だから。うちに来たくなったらいつでも歓迎するよ」
そう言って、九十九は舞白を抱きしめた。

 あれからもう数年経つが、今でも締め切りに余裕がある時に、舞白は九十九の所へ泊まりに行く。今日届いたのはそれに関するメッセージだ。舞白は机の上にある卓上カレンダーを見てスケジュールを確認する。
 九十九の家は広い。そして、人がたくさんいる。しかし、寝る時は寂しい。広い部屋に布団をぽつんと敷いて寝るのが寂しくて。でも、九十九に一緒に寝て欲しいとはいえなくて。小さい頃に泊まりに行った時にはそんなことも多かった。ある日、そのことに気づいた九十九は、舞白を自室に誘った。布団を2枚並べて敷いて、でも、結局1つの布団で、くっついて寝るのだ。
 もう今では寂しいなんてこともないし、別の部屋でも大丈夫なのだけれど、何故か今でも続くその習慣は最早、当たり前のことになりつつある。九十九は寝る前になると、一緒の布団に入った舞白を抱きしめて、額や頬、そして唇に軽いキスを何度も落とす。それをくすぐったそうに受け入れて、しばらくして眠る。そんな感じだ。
 今週末の締め切りを越えたら、九十九の家へ行くということを決める。千羽陽は律の所へ遊びに行くと言っていたし、丁度よいだろう。
 そういえば、九十九の家に泊まりに行くかもしれないということを千羽陽に言った際に、
「鉢合わせしたら多分、笑顔で抹殺されるから」
と言っていたが、それはどういうことなのだろうか。舞白は首を傾げるが、答えは分からず、まぁいいかと返信をする。週末が楽しみだ。そう思いつつ、舞白は再びパソコンに向き直った。


 

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