*繋がる紅
33/33

 母は穏やかな女性であったと聞いた。よく似た顔を性格をした姉を持つそれなりの家柄の女性であったらしい。
 もっとも、舞白は生まれてすぐに母と離れて父方の家・・・つまりは今も生活するこの家へとやってきたらしいので、母に関する記憶がほとんどない。これらの情報も噂好きな使用人たちから得たものだから、正直どこまでが本当なのかも分からない。

 実をいうと以前に一度、父に母について訊ねたことがある。別にその存在についての情報を得たところで今更どうするつもりはなかったのだが、興味があったのだ。父からの返答は一言。
「知らない」
舞白を産み、引き渡した時点で関係は切れ、その後は連絡を取っていないとのことだった。ある種、予想通りというか、いかにもな答えに舞白は口を閉ざした。それ以来、母に関わる出来事というのもなかったのだが。

 「・・・何故?」
言葉少なに疑問を口にする。ここは自室に敷かれた布団の上で隣には兄の姿。衣服は遠くへやられてしまったから、現在、舞白の体を隠すのは布切れ1枚。しかし、空虚な状況にあってはそんなことはどうでもよく、気になるのは似たような格好で傍に横たわっている兄が舞白に見せた1枚の写真。
そこには1人の男性と2人の女性が写っている。和服を着た男性は父で、女性のうちの片方は舞白の母だ。そうなると顔の似ているもう片方の女性は母の姉・・・だろうか。
「何故ここに母の写真があるか気になるか」
兄の問いに舞白は素直に頷く。もっとよく見たくて重苦しい腰を動かして兄の方へ寄るが、ひょいっと写真が遠ざけられる。視線の行く先を失って兄を見やれば、くつくつと笑う楽しそうな顔。
「よい表情をしているな」
空虚な状態の舞白に表情などあるはずもないのに、兄は時々このような発言をする。
「男同士であれ、女同士であれ、同性同士の血の繋がりとは面倒だ。どこにも生産性がないのに諍いばかり呼びつける」
「僕はいない方がいいと・・・?」
「どうしてお前はそういう風にしか考えない。いつも言っているだろう?お前の空虚な心を愛していると。そこに在れば、それでよい。ただのーーなのだから」
その言葉を聞いた瞬間、舞白の意識はブラックアウトした。ブツンとまるで電源を切られたかのように。

 「・・・だったら、なんでアンタはそんなもんをオレに見せんだよ」
「珍しいな。お前が出てくるとは」
「分かってて呼び出してどの口が言うんだ。アホか」
一瞬目を閉じた舞白の目が再び開くと、そこには確かな光が宿っていて。腰の痛みのせいか起きあがることこそなかったが、明らかに先ほどまでとは違った様子で舞白が千羽陽と距離をとる。
「ただこの写真を見せただけだろう?」
「ちげぇよ。そっちじゃねぇ。“人形”って言っただろ。コイツのこと」
「“鏡”の方が良かったか」
「ふざけんな。アイツの相手したいなら勝手にやれ。んで、何が知りてぇんだよ、アンタ」
舞白が投げつけた枕は見事に千羽陽の顔面に直撃したが、残念ながら彼を喜ばせる結果にしかならない。
「この写真を見たことはあるか」
「あるぜ。元の奴に見せてもらった。母親の写真って奴だろ。しかし、アンタがそれ持ち歩いてるとか違和感しかねぇな。ホームシックってやつか」
ゲラゲラと笑うこの舞白の元となったのは、昔この家で料理人をしていた男だ。舞白の母とも面識があり、舞白もよく懐いていた。まぁ、椿の機嫌を損ねたらしく、そう長い時間が経たないうちに家を出たのだが。
「それは」
「って言っても、一度だけだぜ。おそらく、アイツの私物だろうし、“美人だった”くらいしか聞いてねぇよ」
千羽陽の言葉を遮ってそう言うと、それじゃあなと告げて再び、舞白の目が閉じられる。そのまま眠ることにしたようで、目がすぐに開かれることはく、代わりに穏
やかな寝息が聞こえる。

 「勘ぐりすぎか、隠されていただけか」
そんな舞白を見て、千羽陽はそう呟いて、手に持っていた写真をビリビリと破り、ゴミ箱へ投げ入れる。
「ホームシック?そんなわけがないだろう。俺の家はここだ」


「ーー尚且つ、俺はアイツ等が世界一大嫌いだ」

 

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -