*逆転ウロボロス Part.V
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 制服が夏服に替わって、日差しが厳しさを増し、蝉が鳴き始めて、暑い夏が来た。今年は暑くなるのが早かったから、夏服になるのが待ち遠しかったが、実際に夏服に慣れてしまうと、結局は暑いと感じる。
 1学期の期末試験を終えた帰り道。試験期間は午前中で終わってしまうから、時間には余裕がある。ましてや今日は試験最終日。周りの同級生たちは、考査が終わったということに盛り上がり、放課後の予定を楽しそうに立てていたけれど、舞白はそれに誘われる前にそっと教室を出た。
 いつもなら千羽陽のお迎えがあるからと、まっすぐに幼稚舎へ向かうのだが、今日はそうしないで、とある場所へ向かう。男子棟と女子棟の間にある特別棟。そこからちょっとした渡り廊下を過ぎれば、そこには図書館がある。幅広い年齢の生徒が使用することもあり、さすがというべきか多くの蔵書を誇る図書館は昨日までは試験勉強をする生徒で混み合っていたが、今日はほとんど人影がない。
 そっと、ドアを開けて中へ入れば、司書の男性と目が合った。
「こんにちは。今、入っても大丈夫ですか?」
「こんにちは。もちろんどうぞ」
舞白が聞くと、彼は笑顔で頷く。失礼しますと言ってから舞白が向かうのは、図書館の地下にある蔵書スペース。移動書架の棚の間を抜ければ、個人用に仕切りがついた読書スペースがある。ここにあるのは、研究書や専門誌といった類のもので、その専門に関わらない生徒には関係がない場所であることもあって、ここはいつでも人気がない。その端っこの席に荷物を置いて、移動書架の一角へと向かう。
 地上3階、地下1階という大きさの図書館の本を舞白は少しずつ読み続けている。最初は児童図書。次に小説。その後は、図書館の端っこから表紙を見て気に入った本を読んでいる。
 理系の本は専門用語が多く、分からないものも多かったが、それでもその意味を推測するのが面白かった。外国語の本は辞書を片手に1つ1つの単語を訳してノートに書き出していって、自分なりに読み解いてみたりした。
 そうやって時間を見つけては図書館にやってきて、3階から始まった旅ももう地下へ着いてしまった。旅の終着点に着いてしまったらどうしようか。もう一度、3階に戻って、今度は前回手に取らなかった本を読んでみるのも面白いかも知れない。
 そんなことを考えながら、舞白が手に取ったのは心理学関係の専門誌。そういえば、専門誌は毎月、新しい物が出るから、月に一度はここへ来ても楽しいかもしれない。気になった数冊を手に席へ戻る。
 一番上にあった一冊を開きながら、横に開くのは1冊のノート。授業用とは違い、少し厚めのリングノートは、舞白にとって読書をする時に欠かせないものだ。そこに書かれているのは、読んだ本の題名とちょっとした感想。後は気になった事実や文章、あるいは漢字など。頭の中を整理するためのものだ。もう何冊目になるか分からないが、昔のノートにはきっと、外国の本を訳した時のメモ書きなんかもあるだろう。そうやって好きなことをして過ごす時間が舞白はとても好きだった。

 あっという間に時間が過ぎていたようで、ポケットの中で携帯のアラームが鳴る。千羽陽を迎えに行く時間が近づいているようだ。舞白は、ちょうど読み終わった専門誌のタイトルをノートにメモして、持ってきていた専門誌を書架へ戻しに行く。そして、荷物をまとめて、図書館を出た。
 暑いを通り越して痛い日光を避けるようになるべく日陰を歩きながら、幼稚舎を目指す。読書の途中で休憩がてらに借りた本がバックの中に入っているので、今日の夜に読めるということを考えると、少し嬉しくなる。そうしたちょっとした時間に好きなことをできるというのはとても楽しいことだ。
 幼稚舎の門をくぐって中へ入ると、園舎の前にある園庭で子どもたちが遊んでいた。暑い中でも子どもは元気なようだ。子どもたちの色とりどりの帽子はクラスごとに色が違う。確か年長が青、年中が緑、年少が赤だったはずだ。赤い帽子を被っているであろう千羽陽を探していると、足下から声がした。
「こんにちは、ましろさん!」
声に視線を下げれば、そこには鼻頭に絆創膏を貼った男の子が立っている。舞白はその場にしゃがんで、男の子と目線を合わせて挨拶を返す。
「こんにちは、りつくん」
青い帽子の男の子・・・りつは面倒見の良い年長の子で、何かと千羽陽の面倒を見てくれている。長めの髪を後ろで1つに結わいていることが多いのだが、今日は水色の飾りがついたゴムをしていた。
「今日は水色のゴムなんだね。さわやかでいいね」
「ありがとうございます。きょうもあさ、むすんでもらったんだ」
にこにこと話す様子はとても嬉しそうだ。迎えの時間が重ならないこともあって、あまり会ったことはないが、前に見かけたりつの保護者はとても優しそうな人だった。
「そっか」
良かったねと言うと元気な返事が返ってくる。
「あ、そうだった。ちはや・・・くん、せんせいといっしょにおへやにいるよ」
「部屋に?」
「うん。きぶんがわるくなったって」
元々、暑さには強くないから、部屋に戻ったのだろうか。
「なるほど。ありがとう、りつくん」
「えっと、どういたしまして」
りつに礼を言ってから別れ、舞白は園舎へ向かう。
 「お世話様です。こちらに千羽陽はいますか?」
部屋の中を覗くと、部屋の片隅で園庭を眺める千羽陽と、傍で何やら工作をしている先生の姿が見えた。
「あら。お帰りなさい。千羽陽くん。良かったわね、お迎えが来たわよ」
先生に言われて振り向いた千羽陽が視界に舞白を捉えるなり走ってくる。
「ましろにい!」
そんな千羽陽をしっかりと抱きしめて、舞白はにこりと笑う。
「お待たせ。今日もよく頑張ったね」
涼しい部屋にいたとはいえ、少し汗ばんでいる肌から、千羽陽が多少なりとも外で遊んでいたことが窺える。
「今日は少し、外で遊んだんだけど、暑さで気分が悪くなったみたいだから先に戻ってたんです」
「そうでしたか。ありがとうございました」
その後、一言二言、会話をして舞白は荷物を手に園舎を出る。今日は年配の先生だったこともあって、スムーズだったが、若い先生に捕まると千羽陽とは関係のない話で引き留められることがあるので、少し困る。きっと、椿ならそういうのも簡単にあしらうのだろうかなんてことを考えながら、靴を履いた千羽陽と手を繋いで歩き出す。
 園舎を出たところで、園庭の隅にある砂場で城を作っていたらしいりつを見つける。
「りつくん、さっきはありがとう」
砂場の前を通るときに改めて礼を言う。
「どういたしまして。きをつけてね」
「ありがとう。また明日も千羽陽をよろしくね」
「はーい」
にっこりと笑うりつは本当によい子だと思う。
「りつくん、ばいばい」
「ばいばい、ちはや」
千羽陽がりつと話すのを待ってから、門の方へと向かう。門を出る前に千羽陽が振り返って、りつに手を振っているのを見て、自然と笑みがこぼれた。
 


 

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