*届かぬ光
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 頬に当たる冷たくて堅い石の感触。冷え切った指先が感覚なんてとっくに失っているのに、体が熱いのは熱のせいか。のろのろと瞼を押し上げれば、石で囲われた空間が見えた。
薄暗いここは地下牢だ。何度も来ているせいか、限られた視界でもしっかりと理解できる。少しだけ持ち上げてみた頭は、自分の一部とは思えないくらいに重くて、結局地面に落ちる。当然のことながら痛みが走るが、それすらももう麻痺している。

 ここには良い思い出がない。地下牢というものからして良いイメージなどないが、昔も今もそれは舞白を隔離する場所だ。
 小さいころ、何か失敗をすると、よく縁側の柱に縛り付けられた。でも、それはそんなに辛いことではなかった。自分が悪いことをしたのだから、そうされても仕方ないと思っていたし、千羽陽が助けてくれることも多かったから。
 しかし、地下牢は違う。誰も来ない冷たい空間の中で、ただひたすらに耐えるしかないのだ。最初の頃は泣いたり、叫んだり、大声で助けを求めたり。そんなことをしていたような気がするが、全く意味がない上に体力を消費するのでやめた。
 なおかつ、あの人はいつも『余計なことをせずに反省しろ』と言い置いて、舞白の体を縄で縛って放置していたから、何も出来ずにただ待つしかなかった。たとえ、地下牢に押し込まれた時に受け身を取れず床に打ち付けた頭から出血していたとしても。

 一度、本気で死を覚悟したことがあった。どくどくと血が流れ出す感触と、体が冷えて感覚を失っていくのを感じながら、目の前が段々とぼやけていくのを見ていた。とても寒くて、とても眠くて。あぁこうやって死んでいくのかなんて思ったのは今からどのくらい前のことだっただろうか。
 何の役にも立たずに終わるなんて自分らしいなと、瞼を落として。気づいたら、自室で寝かされていた。その時、舞白の心の中で渦巻いたのはどんな感情だったか。

 あの人は舞白に触れない人だった。椿には異常なほどの溺愛を示し、千羽陽を見ないようにして。舞白はそこに在るだけだった。きちんと話をした覚えもない。いつも、一方的な会話に舞白が相槌を打つだけ。触れる時も服の上からで、それすらも縛られている間や地下牢に押し込まれる時くらい。

 浅く早い呼吸を繰り返す。息を吸う度、吐く度に喉が焼け付くように痛むから、もういっそ呼吸が止まってしまえばいいのにとすら思い始めた。それでも、体はきちんと生を求めるらしく、ゆっくりと動いた手が痛みを堪えて、体を仰向けに動かしていく。そうして見えた天井も床と同じく石でできていて、無表情に舞白を見下ろすだけだ。
 ここに来てどのくらいが経ったのだろう。自分は今どんな状況なのだろう。ここには鏡がないから確認のしようがない。

 外では何が起こっているのだろう。先ほど、慌ただしい人の出入りがあったのは知っている。しかし、それが何なのかを把握する前に千羽陽はどこかへ行ってしまった。伸ばした手はやはりというべきか届かずに終わった。
 そういえば、椿が食べていないという話をしていた気がする。どのくらいの期間、食べていないのだろうか。ただでさえ、好き嫌いや拘りで食べる方ではないというのに大丈夫だろうか。

 頭がガンガンと痛んで耳鳴りがする。ぼーっとした頭はうまく動くはずもなくて。自分が何をしたかったのか、何を望んでいたのかすら分からなくなってきた。
 そんな舞白の元へ現れたのは予想外の人物。口に流し込まれた液体をむせ込みながらも飲み込んで、ぼんやりと目を開ければ、いつも通りの口調で何やら話し続ける九十九がいた。

 本当は自分でどうにかするべきなのだろうけれど、体が動かないから。
 本当は自分の面倒くらい自分で見るべきだけれど、頭が動かないから。

 優しい声で問いかけてくる弟に縋ってもいいだろうか。お願いをしても良いだろうか。

「・・・僕は大丈夫、だから。兄さんを、椿を、守ってあげて」


 

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