*かえる旅
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 舞白はよく迷子になる。それは地図が読めないとか、方向がどうとかいうことではなく。ふらふらと歩いていって現在地が分からない。スマートフォンも財布も持っていないなんていうことがあるのだ。
 時には砂浜で、時にはゲームセンターで、時には離宮の裏手で。発見される場所はバラバラだが、たいていの場合、舞白を見つけるのは千羽陽だった。
 後ろから名前を呼ばれて、はっとするところまで舞白の記憶は曖昧であることが多い。それが自分を上手く形成できない彼なりの甘えであり、限界を迎えた時の症状であることは承知の上だ。しかしながら普段使わないなけなしの体力をフル稼働して探し出すのはなかなか骨が折れる。それでも放っておくことは出来なくて結局探しに行っていた。

 千羽陽は机の上に置かれた紙をもう一度見て、何度目になるか分からないため息をついた。何の変哲もない白い紙。そこには見慣れた小さくて丸い文字。舞白の筆跡で書かれたそれにはとても簡潔な文章が並ぶ。曰く、
『少し旅に出ます。数日で戻るので探さないでください。店にも連絡はしてあります。心配しないでください。  舞白』
とのことなのだが。
 あまりにもテンプレートすぎるそれを見て、心配するなという方が難しい。だいたい、数日とは何日なのか。店に連絡するより先に兄に知らせるべきではないのか。
「まぁ、心配ではあるけれど、舞白くんも成人男性なわけだし、今回はちゃんとスマホも財布も持ってるみたいだからさ」
隣で苦笑いを浮かべる律の言葉にはっとして、舞白のスマートフォンに電話をかける。
「電源は切ってるみたいだけど」
耳元で流れたのは無機質なアナウンスだった。

 「舞白兄様?数日前に少し留守にするって言っていたわよ。聞かされていなかったの?」
ヤマトとの外出から帰ってきた椿に聞けば、そんな答えが返ってきた。
「そういえば言ってましたね。一昨日でしたっけ?」
どうやらその場にはヤマトもいたようで、相づちを打つ。
「てっきり仕事関係かと思っていたのだけど、違うの?」
「実はそうみたいなんだ」
律が椿とヤマトに例の手紙を見せる。
「・・・舞白兄様が『帰ってくるから探さなくて良い』というのなら、待てばいいと思うわ。約束を違えるような人ではないもの。何をそんなに慌てているのよ。本当に愚兄ね」
ふんっと千羽陽の様子を鼻で笑って椿はヤマトと共に自室の方へ歩いていく。
 椿やヤマトには話して、千羽陽や律に話していかなかったということは、理由を追求する相手や反対するであろう相手を避けたといったところか。
 いつものようにふらっといなくなったのなら、仕方ないと言いつつ、むしろ喜んで探しに行くが、探すなと舞白が意思を示したのは初めてで、加えて日数が分からない状態で舞白が千羽陽の元を離れるのも初めてだった。
 千羽陽はやり場のない思いをどこへぶつけていいかも分からず、深くため息をついた。

 「うーん・・・。兄さん、大丈夫かな」
一方で当の本人はといえば、とある墓地にいた。こんなことを呟いているくらいなら早く帰れと言うのは十分承知の上で、舞白が旅に出た目的は『両親に会うこと』だった。
 少し前に、彼のおかげで散り散りになっていた『自分』というものの記憶をだいたいではあるが集めることができた舞白が、最初に思いついたのがこれだったのだ。しかし、そこに深い意味はない。
 ただ記憶が統一されたところで『自分』が確立されたわけではないし、一度原点に立ち帰って客観視でもしてみようか。そんな程度の話だ。
 曖昧だった頃なら、そのくらいでこんな大胆な行動に出ることはまずなかっただろう。しかし、何というか、そういう気分になったので、準備や連絡を済ませて、数日後には出発していた。
 そんなことを回想していると、1つ目の目的地に着いていた。目前に在る墓石を見て舞白は1つ深呼吸をする。
「お久しぶりです。・・・父さん」
そこに面影はないし、存在が在るわけではないけれど。唯一、話かけることができるとしたら、ここしかないと思ったのだ。

 舞白のいない夜は静かだ。千羽陽は自室の窓から中庭を見ながらそう思った。手酌で呷る酒は今日もハイペースに消費されていく。今までにも1人で過ごす夜なんてたくさんあったのに、これはどういうことか。舌打ちをしつつ、酒を呷る。止める人間がいないのだから、好きに飲んでもいいだろう。しかしながら、いつもよりまずく感じるそれに、またしても舌打ちが漏れた。

 近場のビジネスホテルに泊まって朝を迎える。ある程度の時間になるのを待って、今日のキーパーソンに連絡を入れる。その為にスマートフォンの電源を入れると大量の不在着信の知らせ。そのほとんどは屋敷からのもので、その中に埋もれるようにしてあった千羽陽のを見つけて、舞白は小さく笑う。気にしてくれたのが嬉しくて。でも、旅を終えるまでは連絡をしないと決めたので、そのままにして本来の目的を果たす。無事に約束をとりつけて、旅の2日目が始まった。

 あいかわらず、舞白からの連絡がないままに普段と同じく夜は明けて、律にたたき起こされた千羽陽は仕方なく布団から体を起こす。用意された朝食はきちんと肉のあるメニューで相変わらず美味だったが、それもどこか上の空で、食後は落ちつきなく屋敷の中をうろうろと歩き回っていた。そうしたって舞白が帰ってくるわけではないのに。
 何度目になるか分からない舌打ちを重ねたところで視界に入ったのは律の姿。千羽陽は無言で距離を詰め、苛々とする衝動のままに、その体を近くの壁へと追い詰めた。

 一歩外へ出て使用人に再度礼を言ってから少々足早にその場を後にする。話には聞いていたが、女性しかいない空間に少しばかり恐怖を感じた。それを言ったら、屋敷はその逆になるわけなのだけれども。何はともあれ、これで当初の目的は達成となる。以前までとは違って、役割分担も、彼に守ってもらうこともなく行うのはなかなかキツイものがあったが、こうして達成したという事実は無駄にならないはずだ。
「あとは・・・あぁ、そうだ。たまには九十九の所に行こうかな」
旅に出る前に電話をしたきりだった弟の住む家はここからだと屋敷よりも近くにある。

 そうして、舞白が屋敷に戻ってきたのは出発してから、あるいは手紙が発見されてから3日後のことだった。
「舞白くん!」
屋敷の門の所で使用人に囲まれてわいわいと質問責めにされていた舞白の所へまずやってきたのは律。
「ただいま戻りました」
使用人たちが律の声に反応して道を空け、その姿が見えるなり舞白は少し困った顔をする。
「すみません。留守中に兄が迷惑をかけてしまったみたいで・・・」
「・・・まぁ、とりあえずは無事で良かったよ。詳しい話やら説教は後に回すとして、まずは馬鹿兄貴の所へいっておいで」
「はい。すみませんが、そうさせてもらいますね。・・・離宮ですか?」
「うん。思いっきりやったから、おそらくまだ埋まってるか沈んでるか」
目を泳がせつつ言う律に舞白は苦笑いを浮かべるしかない。
「分かりました。・・・律さん。今日はゆっくり休んでいてくださいね」
そう言って、舞白は荷物を使用人に預けて離宮へと歩いて行く。その背中を見送って、これで一件落着かと律は大きなため息をついた。
 この後、千羽陽が舞白を監禁しようとしたり、椿が千羽陽の腹にパンチを決めたり、律が再度キレたりと色々あったのだが、それはまた別のお話。


 

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