*垣間見た白
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(※『白に帰す』のモブ視点)





 大学へ行って、講義の後に友達と夕飯に行って、普段と変わらない帰り道。いつもより少し早い時間だなと思いながら、電車に乗って、最寄り駅で降りる。階段を下りて、改札が見えた辺りで大きな音がした。何かが落ちるような音。
何だろうか。野次馬根性というか、単純に気になって踵を返した。すでに人だかりができ始めているのは、自分が使った隣のホームへと続く階段の下。初老の女性が横になっていて、そこから少し離れた場所に人だかりができている。あの女性が階段から落ちたのだろうか。
人だかりの中に混じって、状況を観察する。駆け寄っていって、何かをするような勇気はないが、女性が数年前にこの世を去った祖母の姿に重なるせいか、周囲でスマホを構えている人たちにイラッとする。ツイッターに何か呟いたりしているのだろうか。人の命がかかっているというのに。
 女性の方へ視線を戻すと、その横に膝をつく人影が見えた。髪が長いので女性かと思ったが、よく見れば男性の彼は、女性に対して色々と世話を焼いているようだ。そういうことを自然にできる人間はすごいと思う。ずいぶんと前に学校で嫌々受けた救急救命講習の記憶がよみがえる。茶化さないでもう少しくらいまじめにやっておけば良かった。
 そんなことを考えていると、顔を上げた彼と視線が交わった。思わず、
「あ、なんか無いッスか?できること」
なんて口が動いていた。自分でも驚くほどにすんなり出た言葉に、彼はにこりと微笑んで、
「ありがとうございます。駅員さんを呼んでもらえると助かります。あと、可能であれば、救急車とAEDと・・・」
と答える。救急車とAED?はよく分からなかったので、とりあえず、頷いて走り出す。向かう先は改札の横にある駅員がいるところ。丁度、騒ぎを察知して動き出そうとしていたらしい駅員を捕まえて、事情を説明する。
 女性が倒れてて階段から落ちたみたいで。様子見てくれてる人が駅員呼んで、救急車とAED持って来てって。
 きっと、我ながら意味不明な説明だっただろうけど、駅員はそれを聞いてバタバタと動き出す。大変ってことが伝われば後はどうにかなるだろ。
 駅員と一緒に現場へ戻る。人だかりをかき分けて、女性の傍へ行く。駅員と戻ってきたのを見て、彼が礼を言う。
「本当にありがとうございました。僕1人じゃ何もできなくて」
とりあえず、すごく謙虚な人なんだなと思った。
 その後は、何やらバックみたいなのを抱えて駅員が来たり、救急隊が来たりして、そう長い時間が経たずに女性は救急車で運ばれていった。その間、彼は真剣な顔で、状況を説明したり、女性に声をかけ続けたりしていた。救急隊にも駅員にも事情をきちんと説明していて、その説明も誰かとは違ってとても分かりやすいものだった。救急隊の人も
「とても分かりやすい状況説明と適切な対処に感謝します」
と言っていたから、すごいことなんだと思う。
 女性が救急車で運ばれていった後、彼は駅員と少し話をして駅を去っていった。その頃には人だかりはなくなっていて、でも、多少なり関わったからか最後までいたくて、少し離れた場所から様子を見ていた。
 彼が去っていくのにタイミングを合わせて改札を出る。少し離れた場所にいる彼の歩くスピードは少しずつ速くなって、やがて走り出して、その背中が見えなくなる。実はすごく急いでいたとかだったんだろうか。そうだとしたら、他人のためにそれを後回しにできるくらいすごい人ってことになる。

 そんな事態に直面したのがもう1週間くらい前のこと。あれから、行きや帰りに駅を使う度に彼を捜してみたけれど見つからなかった。もしかしたら、普段は電車を使っていないのかも知れない。
 そう考えていたら帰り道に改札の所で彼と駅員が話しているのが見えた。会話が気になって、さり気なく近くへ行って聞き耳を立てる。
「・・・・・・は、ありがとうございました」
「この間?あぁ、いえ。大したことはできていませんから」
「そんなことはないです。女性も無事に回復されたそうで、是非お礼を言いたいと問い合わせがありまして」
興奮気味に話す駅員に対して、彼はどこか困ったように返す。
「本当に何もできてないので。・・・正直、自分が何をしたかもよく覚えていないんです。仕事が立て込んで疲れていた時期だったので。むしろ、なにか迷惑をかけていないか、余計なことをしていないかの方が心配ですね」
小さく笑う彼の顔は、あの時の彼と同じはずなのにどこか違うような気がした。
「そうですか・・・。分かりました。そう、伝えておきますね」
「はい。・・・よろしくお伝えください」
そろそろ行かないといけないのでと付け加えた彼の後ろ姿をあの日と同じように見送って、じんわりと広がる違和感に首を傾げた。

 

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