*曖昧な愛
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 愛が無くたって快感は得られるし、心はあげられないけれど体は差し出せるわ。

 昔、どこかで見たドラマの台詞でそんなことを言っていた女性がいた。舞白はふと考える。愛とは何か。心とは何か。それが理解できれば、目の前にあるこのどこか苦しそうな表情の理由が理解できるというのか。
 毎晩のように行われるその行為について、舞白は何も感じていない。正確に言えば、最初の頃には色々と思うところもあった気がするのだけれど、覚えていない。ただ言われるままに行動し、その結果として起こる反応を出すだけだ。そのことに何の意味があるのかを舞白は未だに理解できない。
 まさに今の舞白の状況こそ、女性の台詞にあったそれなのだろうか。考えたところで知識にないのだから、答えが出るはずもなかった。
 舞白の体に触れる手は乱暴なようでいて優しい。傷をつけないように、労わるように触れるのに何故か、時々、ころりと態度を変えて暴力的になる。それはきっと精神的な不安定さに由来するものなのだろうから、見えない心の変化は表面化してから知る他ない。
 だから、舞白は観察する。その表情を、仕草を、ほんの少しの変化も見逃さないように。それでいて、観察していることを気づかれないように。
 自分の体を撫ぜる手が、敏感なところに触れるたびに、鼻にかかった声が漏れる。その素直な反応は高評価らしく、苦しそうな表情が少し和らぐ。
 生理的な涙に視界が歪む。頬を伝ったそれが、掬い上げられるのを感覚で理解する。それすらも甘い刺激となるのだから、身体は正直というやつなのかもしれない。

 入念に準備されたところへ引き裂くように押し入ってくる感覚には未だ慣れない。どうしても息が詰まってしまうのを、小さく小さく吐き出して、負担を減らそうと試みる。少し落ち着いた所でゆっくりと息を吐けば、そこを狙ったかのように突き上げる感覚。思わず息が詰まって、陸にあげられた魚のように口が意味のない開閉を繰り返す。
 呼吸の仕方を忘れたかのように整わない息を繰り返す背中に大きな手が添う。ゆっくりと背中を撫でられて、それに合わせれば呼吸も戻って来る。酸欠に痛む頭のせいか、生理的な涙は溢れる一方で、頬を伝ったまま、身体をも濡らしていく。

 そうやって快感を探しながら、流されていくままにそれは終わりを告げる。よく、ドラマなんかだとこの後に、甘ったるい会話が始まるところなのだが、正直、そんな体力はなく、たいていがここで意識がブラックアウトしていくのだ。

 初めは代わりなのだと思っていたが、案外とそうでもないのかもしれないと思い始めたのはいつからか。きちんと記憶の欠片が戻ってきてからだろうか。今まではどうしても、記憶が曖昧であることも多かったから、どうせ分からないと放棄していた部分もあったのだけれど。
 未だに始まりはあやふやで思い出せないけれど、求められているものの中に僅かでも自分自身があるのであれば、それでもいいかと思い始めた。たとえ、それの大半が身代わりだったとしてもそれは変わらない。

 微睡む意識の中で、髪に触れる手の心地よさに頬が緩むのを感じる。元々、触れられる感覚というのはとても安心するし、心地よいものだ。その心地よさに思わず、半ば無意識にすり寄れば、そのまま抱きこまれる。背中に回った腕の中で今度こそ意識がゆっくりと落ちていった。


 

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