*煙幕の向こう
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 とある休日の昼下がり、舞白は1人、屋敷の中を歩いていた。特に何か目的があるというわけではない。ただ、ぼーっとしたいそんな気分だったのだ。部屋の前の廊下を通り、ゆっくりと歩いて向かった先は椿の部屋の近くにあるバルコニー。その隅にあるスペースに腰を下ろして、しばらくぼんやりと庭を眺める。桜の季節はもう終わりを告げ、すっかり葉桜になってしまっているが、庭には他の花も多くあり、色が溢れている。
「・・・ここは賑やかだけど静かだなぁ」
小さく笑みを浮かべて伸びをする。そうしてそのまま体の横に手をついた所で左手に軽い感触。
「あれ?」
目線を向ければそこには小さい箱。自分で買うことも使うこともないけれど、それが何かくらいは知っている。そっと手にとって蓋を開けてみる。中にはまだ数本入っているようだった。普段、あまり近くで見ることもないので、なんとなく興味がわいて、中から1本取りだしてまじまじと観察する。
「こんな風な感じなんだね」
目の近くに掲げてみて、そう呟いたところで後ろに人影。
「舞白くん?」
呼びかけられて振り向けば見慣れた姿。
「あ、律さん」
「珍しいね。ここにいるの・・・ってそれは?」
歩み寄ってきた律の視線が舞白の手元に釘付けになる。
「あ、これは」
「体に悪いからやめておいた方がいいと思うよ。特に舞白くんは気管支強くないよね?」
眉をひそめてそういう律の表情に思わずといった風に舞白は吹きだした。
「舞白くん?」
突然笑い出して舞白に律は戸惑った顔をする。
「あ、すみません。でも、これは僕のじゃないんです。ここに落ちていて、えっと誰かが落としたんだと思うんですけれど、何か気になってしまって」
「なるほど。落とし物だったんだね」
笑顔で舞白が告げれば、律は苦笑いをしながら、手を差し出す。
「それ、預かってもいいかな?」
「はい。どうぞ」
舞白は手に持っていた1本を箱へ戻し、そのまま箱を律へ渡す。律はその箱をちらりと見て小さくため息をつく。その様子を見て舞白は問いかける。
「・・・もしかして、やまとくんのですか?」
「え?」
「その煙草の持ち主がそうかな・・・って思ったんです」
言い方がよく知っている感じだったので舞白が微笑む。
「あぁ、うん。そうかなとは思ったかな」
よく分かったねと律も笑う。そして、同時に今日は舞白の笑顔をたくさん見ている気がするとも思った。調子が良いのだろうか。
「今日は調子が良いみたいだね、舞白くん」
「調子、・・・ですか?・・・あぁ、最近は少し忙しかったので疲れていたのかもしれないです」
きょとんとしてから、思い当たることがあったようで、舞白は1人納得したように告げる。
「それなら尚更、こういうものに手を出しちゃダメだよ」
「そうですね」
「それじゃあ、これ、バカに渡してこようかな」
そう言って律は立ち上がる。この穏やかな雰囲気はとても居心地が良いが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
「あぁそうだ」
律は扉の傍で一度立ち止まり、思い出したようにそう呟いて舞白の方を振り向く。
「今日の夕飯、食べたいものはある?」
律の問いに少し困ったような顔をして舞白が小さく、
「・・・揚げ出し豆腐が食べたいです」
と答える。その反応があまりに珍しくて律は思わず目を見開く。
「あっ。・・・すみません。何でも大丈夫です」
「いやいや。揚げ出し豆腐だね。嫌だと思ったとかそういうのじゃなくて、嬉しかっただけだから!むしろ、遠慮されたら悲しいから」
律の表情をマイナスに受け取ったらしく、慌てて謝る舞白に律も慌てて返す。これは本当に良い日なのかもしれない。
「いつも以上に気合い入れて作るから。楽しみにしててね、夕飯」
笑顔でそう言い置いて律はバルコニーを後にした。


 廊下に出て、まだ夕飯の準備をするには早い時間であると判断して、律は台所とは別の方へと向かう。そして、しばらく歩いた所で目的の背中を発見し、先ほど預かった煙草の箱を全力で投げつけた。
「痛ぇ!って、何するんですか、先輩!」
「お前、それ、バルコニーに落としていっただろ。舞白くんが拾ってくれてたぞ」
「え?まじっすか?道理でないなぁと」
やまとは自分の背中にあたって床に落ちていた煙草を拾う。
「おそらく吸ったりはしないだろうけれど、そういうものを舞白くんたちの手の届く所に落とすな。危険物だろう。一応」
「すみませんでした。・・・でも、先輩?」
「何だよ」
「なんか怒ってるにしては顔がにやけてますけど」
「気のせいだ」
照れ隠しにヤマトの背中を思いっきり叩いてやって、律はすたすたとその場を離れていった。


 

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