*想い重ねて
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 目の前にうず高く積まれたそれをちらりと見て、舞白はため息をつくしかなかった。一冊一冊が上質そうな紙で作られたそれはいわゆるお見合い写真というものだ。中を開けば、美しく着飾った女性の写真が姿を現す事だろう。これがもし、自分の元へ来たものであれば、まだ対処も幾分か楽なのだろうが、これらはすべて千羽陽に宛てられたものだった。
「兄さんも少しはまじめに考えてもいいのに・・・」
思わずといったそんな呟きがこぼれるのも仕方はないだろう。なにせ、千羽陽はそれらを一瞥し、捨てておけばいいとだけ言ったのだから。まぁ、舞白も舞白で縁談が持ち込まれるたびに、兄より先の結婚は考えていないと、千羽陽を理由にしている部分があるので、千羽陽ばかりを責めるわけにもいかないのだが。
 そもそも確かに受ける気もない縁談に繋がっていくであろうものを一々眺めて選別することなどしないであろうが、それなりに付き合いのある家から届いてしまったものに何も返さないというわけにもいかない。家同士の繋がりというのは家長制度が薄れた今でも商売をしている家には重要な意味を持つ。
 そんなわけで、山を成しているそこから写真を開いては中身を確認し、断りの返事をきちんと出すべきか否かを判断する作業を黙々と行っているわけなのだが、何せ量が多い。一体、どれだけの期間、放置されていたものなのか。
 ようやくほとんどを片付けて残すは一山になったところで舞白は、手を止めて伸びをした。今日は久々の休みだったというのに、これでは全く休んだ気にならない。何度目かになるか分からないため息をついた所で、部屋の扉が無遠慮に開かれる。少しだけ驚いて視線をやればそこには予想通りの千羽陽の姿。
「どうかしたんですか?」
いつもより言葉にやや棘があるような口調になってしまうのも仕方がないことだろう。
「いや。弟の顔を見に来るのに理由が必要か?」
そういって千羽陽は舞白の近くにある写真の山の隙間に腰を下ろす。手にはお馴染みの一升瓶を持っている。
「それには必要ないですが、仕事の邪魔をしに来たのであれば理由の1つも欲しいですね」
にこりと微笑んでそういえば千羽陽の顔には少しの驚きと意地の悪そうな笑みが浮かぶ。
「珍しいな。お前がそういうことを言うのは」
「そうですか?」
この笑みに捕まってしまったら長引きそうだと感じて、舞白は残りの写真に手を伸ばす。表紙をめくれば、そこには着物姿の女性の全身や顔のアップなど、さまざまな写真がちりばめられている。さらっと目を通して、これは簡単な返事で良いと判断し、左側の山の上に置く。次に手に取ったのはいつも店を贔屓にしてくれている老人の孫娘ということで右側の山へ。そうやって舞白が仕分けをしていると、視界の端で千羽陽が写真に手を伸ばすのが見えた。
「兄さん?」
「こういうのがお前の好みなのか?」
「・・・どういう意味ですか?」
随分と見当違いな質問につい答える声が低くなる。
「お前から見て左は少し雑に、右は丁寧に置いているということは右が好みの相手の山ということだろう?数も右の方が断然少ないしな」
名推理だろうと言わんばかりの千羽陽の態度に舞白は深くため息をつく。
「残念ながらその推理は外れです。こちらは店のお得意先やお付き合いのあるお家からのもの、そっちの山はそれ以外です。第一に、これは全部、兄さん宛に届いたものですよ」
ようやくたどり着いた最後の一冊を左に避けて、舞白は右側に積み上げた冊数を数える。
「もし、好みの方がいたら教えてくださいね。機会を作りますから」
くすくすと笑ってそう告げて12冊もあったその冊子を持って立ち上がる。すると、袴の裾を強く引かれ、足払いをかけられた。その勢いのままに尻もちをついてしまい、痛みに顔をしかめる。抱えていた冊子は無事なようだ。
「兄さん。何をっ」
休みをこの作業で潰された上に、このような仕打ちを受けるとは何事かと千羽陽の方を睨みつけようとしたところで、視界に闇が降りる。
「今の俺は可愛い弟たちの面倒を見るので手一杯だ」
耳元で囁かれた声にはどこか苛立ちがあって、それを感じ取った舞白は小さく微笑む。まだまだ千羽陽には自分たちの兄でいてもらわなければ寂しい。
「そうですか」
短く答えて舞白は自分の視界を塞ぐ千羽陽の手に自分の手を重ねる。

 大丈夫。まだ外を見る気など毛頭ないのだから。


 

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