*夢か現か
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 暗闇の中、舞白はゆっくりと目を開ける。耳に届くのは荒い呼吸音。それを発しているのは隣で寝ている千羽陽だ。普段の兄とは違う迷い子のような寝顔を舞白は無表情に見下ろす。
「・・・ぁ、さま・・・・」
呼吸の中に音が混ざる。そしてそれは一度漏れてしまえば、決壊したように何度も何度も溢れだす。
「母様。ごめんなさい。・・・オレで、ごめん。父上じゃ、ないけど。オレはどこにも、いかない・・・から」
絞り出すように吐息に混ざる声を聞きながら、舞白は一つため息をつく。
「お前も所詮はそっち側なんだなぁ」
ぽつりと、落ちたその声は千羽陽の声より小さいものだったが、不思議とよく響いた。
「そうやって何人も落されてきたが、結局はそうなっていくんだな」
舞白は自嘲的な笑みを浮かべ、彼の言葉を思い出す。忌々しげに舞白の母を語ったあの言葉を。

 舞白と千羽陽の母親は双子である。そして、2人が生まれた家は古くから続く家だった。それなりに裕福ではあるが、由緒正しいわけではなく、しかしながらたくさんの繋がりを持っていた。女系であるその家が多くの高貴な家と繋がりを持った方法はきっと容易く思い当る事だろう。
 そうして繋がりを元に裏でひっそりと栄えてきた一族には決まりがある。女子は一族へ連れ帰ること。男子は相手方へ置いてくること。だから、千羽陽も舞白も、そして九十九も連れ帰られることはなかった。
 また、一族の中にはこんな迷信があった。母に似れば一族の者としての素質を持ち、父に似れば血に執着する。舞白と九十九は母に似ている。そして、千羽陽は父によく似ていた。

 「お前らは生まれながらの被害者で加害者だ」
そう彼は言っていた。一族としての誤算があるとすれば、千羽陽の母が想定外な執着を千羽陽たちの父に見せたことだろうか。
「ひがいしゃでかがいしゃ?」
「そうだ。巻き込まれたという部分では被害者だが、その持ちうる素質は加害者のそれだからな。特にお前の場合は気を付けろよ、舞白」
「どうやって?」
「いずれ、あの離れで千羽陽は1人になるだろう。誑かすはずの一族の女があんな風になってしまった以上、長続きはしないだろうからな。そして失った後に気付くはずだ。自分の中に流れる血の性質に」
「せいしつ?」
「あぁ、まだ難しかったな。しかし、今話しておかないと近いうちに俺もそれからあいつもこの屋敷からは出ていくことになるだろうからな」
「え?いなくなっちゃうの?」
「少し先にな。でも、ずっと会えなくなるわけじゃないし、心配しなくてもいい。またいつか会えるさ」
それが覚えている中で彼と交わした最後の会話だ。その後、彼もそれからその友人であった料理人も千羽陽の母が亡くなる前後でこの屋敷を去って行った。そして、それ以来会ってはいない。

 はっとして目を開ければ薄暗い部屋の中で、舞白の太ももには千羽陽の頭が乗っている。自分の手が千羽陽の頭に置かれているあたりから察するに膝枕で頭でも撫でていたのだろうか。
 そういう時は決まって千羽陽が魘されていた時だから、舞白は特に疑問も抱かず、その頭を撫で続ける。最初は少し荒かった呼吸が落ち着いていき、時々、聞こえていた寝言もなくなったところで、舞白は寝汗で顔に貼りついてしまっていた前髪を払ってやる。
「怖い夢でも見たんですか?」
舞白自身、何やら懐かしい夢を見ていたような気がするが、うまく思い出せない。大事だと思えば思うほど思い出せないのはいつものことだ。

「おやすみなさい、兄さん。今度こそ、良い夢を」

どんな夢もいつかは覚めるならどうか後味の良い夢を。

 

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