そんな目で見ないでくれ
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目を開けるとーーが心配そうに見ていた。
また、夢か。


【そんな目で見ないでくれ】


目が醒めると椿が隣で眠っていた。
意味がわからない。あまりの衝撃に言葉にもならない声をあげる。

ぴく。椿の瞼が震え、やがて俺を映した。

「おとー…さま…?」

怯えた瞳で彼奴の名を呼ぶ。その瞳に俺を映して。

「ごめんなさい、眠ってしまって」

伸びてくる白く細い腕。

「また、満たされるまで、あいして?」

唇が触れそうになる。

「きゃっ!?」

思わず突き飛ばした肩は折れていないだろうか。
混乱する頭の隅でそんなことを考える。存外余裕があるのかもしれない。
身体は必死に逃げようと動いているのに。

意識が遠退いて行く感覚がした。


目が醒めると椿は居なかった。居た痕跡すらない。
あれは夢だったのだろうか…?




目が醒めると椿が居た。
涙の痕を残して眠っていた。
全開よりも強い衝撃を受ける、だが言葉は出ない、言葉にならない。
あの椿が俺の隣で泣いていたということなのだから。


目が醒めると椿は居なかった。また、居た痕跡すらない。
それとなく椿に聞いてみたが不審者を見る目を向けられた。舞白や使用人にも聞いてみたが夜中に椿の姿は見ていないという。

やはりあれは夢だったのだろうか。




目が醒めると椿が腹に乗っていた。
意味がわからない、やはり夢だ。
椿の唇が触れた。身体が震える、胃が捩じ切られそうだ。

「おとーさま、優しくしてね」


俺は、何をしているのだろう。椿は何をしているのだろう。
汗ばんだ肌。荒ぐ吐息。触れる熱。響く水音。覗く桃色。
俺は、椿は、何をしているのだろう?


目が醒めると椿は居なかった。やはり居た痕跡もない。
何故あんな夢を見たのだろう。




目が醒めると椿は泣いていた。
乱れた衣服から覗く肌には青い花が浮かんでいた。

「おと、さま…」

がたがたと震え、怯えた瞳から綺麗な雫が零れた。

「椿、俺は…」

何を言おうとしているのだろう?今更何を言おうとしているのだろう。
ああ、でも、夢ならば許されるだろうか。

「俺はお父様ではない。俺の名は千羽陽、お前の兄だ」
「ち、はや…あに…?」

疑念と恐怖、一縷の希望を宿す瞳はまるで棄てられた仔猫のようだった。


目が醒めると椿は居ない。居た痕跡もない。
…椿は大丈夫だろうか。




目が醒めると椿が居た。
身体に赤い花を咲かせた椿が助けてと抱きついてきた。

「…何があった?」

椿の背に腕を回す。微かに震えている気がするが問題はないだろう。

「お父様が、変なの。怖い…」

ぎゅ、と抱きつく力を強めた椿は震えている。かわいそうに。


目が醒めると椿は居ない。痕跡もない。
ああ、早く抱きしめてやらなければ。




目が醒めると椿が居た。
俺の名を呼び、啜り泣く椿が居た。

「椿…大丈夫か」

静かに涙を流しながら無言で首を振る椿は庇護欲を掻き立てる。

「俺が、消してやろう」

あの男を、椿を守る為に。
それなのに椿は止めた。俺に手を汚させるのは嫌だと、そんなことより椿の傍に居て欲しいと。
なんて愛らしいのだろう、俺の華は。


目が醒めると椿は居ない。居た痕跡もない。
椿の傍に居てやらなければ。




目が醒めると椿は居た。
傷だらけの俺を舐めていた。何故傷が出来ている?

「もう、あんな無茶はしないで…」

椿が悲しそうな瞳で見上げる。どうやらこの傷は自業自得らしい。

「舞白に薬を持って来させるか…」

身体が熱を持っていくのがわかる。このまま椿に舐め続けられるわけにはいかない。

「舞白…?誰、それ」

不思議そうな椿に嘘を吐いている様子はない。

「俺の弟で、椿の兄だろう…?」

忘れてしまったのだろうか?あの時のように。

「椿には千羽陽兄様だけよ…?」

不思議そうな椿。

「椿を守れるのは、千羽陽兄様だけなの…知らない怖い人は連れて来ないで…」

不安そうに俺を見詰める椿を抱き寄せた。

「すまない、椿…どうかしていた。椿には、俺だけだ」

ふわふわと香る、甘い匂い。

「椿には千羽陽兄様だけ…千羽陽兄様の傍に居るのは椿だけよ…」

香る椿の匂い。
そうか、舞白は居なかったのか。


目が醒めると椿は居ない。痕跡もない。
何故だ…?俺は、椿の傍に居てやらないと…




目が醒めると椿が居た。
強く強く抱きしめていた。

「良かった、椿、何処に行ったのかと…」

耳元で小さく笑う音がした。

「夢でも見てたの?椿は兄様の傍に居たわよ?」

椿が可笑しそうに笑うから俺も可笑しくなって笑う。
夢を気にするなんて子供みたいだったな。


目を開けると椿は居ない。痕跡もない。
また夢を見ているのか。

「最近、以前にも増してよく眠りますね」

白髪の青年が心配そうに言う。

「起きてんなら飯食え。最近あんまり食べてないだろ」

黒髪の青年が俺の好物ばかりを拵えた膳を出してきた。

夢の中で食ってもな…

大ぶりの唐揚げを口へ運ぶ。美味い。
腹が減っていたのか箸が止まらない。

安心したような表情で眺める白髪の青年と黒髪の青年。そんな表情久しぶりに見た気がする。

そういえば椿はいつ食べているのだろう。目が醒めたら美味いものを食わせてやろう。




目が醒めると椿が居た。
最近の椿はよく笑っている。

「いつでも兄様が守ってくれるから、安心できるの」

可憐に笑う椿は怖いくらいに美しかった。



「これからも俺が守ってやらないと…」


 

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