蜃気楼
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「おにーちゃんたち、だれ…?」



【蜃気楼】


朝起きたら身体が強張っていた。どうにも動かしにくい、と思いながら寝惚けた頭で服を着替えていく。

「……え?」

まず目に入ったのは腕。昨日までの少女のような頼りない腕ではなく、細いながらも男性的な腕。あんなにも小さかった手が、指が、細くしなやかに伸びている。
そういえば視界が広い。否、高いというべきか。動かしにくい脚で、覚束無い足取りで全身鏡の前へと向かう。

「…誰、これ、」

鏡に映るのは少女の如き姿をした椿の影を残しながらも幾らか男性らしく発達した、中性的な美青年だ。
椿の頭は混乱に襲われていた。恐らく未来の自分であるのだろうと椿の残影から想像はできるが、見知らぬ者の姿になっているのだ。素直に受け入れられる方がどうかしている。

「…とりあえず、兄様達が心配ね。見に行かないと…」

元の身体との身体的な大きさの違いで扱いにくい、今の身体に動きづらいと不満を零しながらまずは確実に寝ているであろう千羽陽の部屋へと向かっていく。先程までの混乱は何処へ行ったのか、下す判断は冷静だ。

千羽陽の居る離宮へと足を運ぶとまだ閉められている筈の襖が開いている。まさか千羽陽が起きているのかと不思議に思いながら部屋を覗くと幾らか若返っている舞白が居た。

「…舞白兄様は若返ったのね」
「…もしかして椿なの?随分成長したんだね…」

お互いに許容量を超えたのか、不思議と順応してしまったのか(だとすれば頭がどうかしている)、暢気に感想を述べている。

「あ、千羽陽兄様は?」
「えっと…」

思い出したように椿が舞白に問いかけると困ったようにいつも千羽陽が寝ている布団を捲った。

「……子供?」

一瞬呆気にとられてしまった。まさか千羽陽が幼子になっているとは思いもしなかった。
舞白は困ったように「吃驚だよね…」と苦笑する。
ぴくり、千羽陽が動いた。眠たそうに目を擦り、ふあ、と欠伸を1つ。

「おにーちゃんたち、だれ…?」

幼子特有の可愛らしい高い声が静かな部屋に響く。自然と訪れる沈黙。状況がわからず狼狽える幼い千羽陽。それを理解が出来ないという瞳で見つめる舞白と椿。椿や舞白が成長したり若返ることは受け入れられても、千羽陽が幼くなるというのはそれほど理解し難いことなのか。

「…覚えてないんですか?」

舞白が僅かに震える声で問い掛ける。千羽陽は不思議そうに首を傾げるだけだった。




「おにーちゃんたち、きれーだね!」

もう二人に慣れたのか、にこにこと2人を褒める千羽陽に警戒心は見られない。このまま成長していればあれ程までに歪んでしまうことも、否、成長したからこそ壊れてしまったのかと椿と舞白は漠然とした切なさを感じる。

そんな二人の胸の内など知らぬ千羽陽はにこにこと二人を眺めている。

「…千羽陽、いらっしゃい」

何を思ったのか、椿は軽く腕を広げ千羽陽に呼びかけた。幼い千羽陽は素直なもので、とてとてと椿の腕の中へと収まった。覗いた千羽陽の頬には朱が引かれている。

「照れているの?」
「こんなきれーなおにーちゃん、はじめてみたの」

いつもの千羽陽ではなく、子供らしい純粋な笑顔を浮かべて照れくさそうに椿にくっついている千羽陽に、椿は無意識に「この兄様は可愛いわね」と素直な感想を呟いた。

「にーさま?」

抱き合っているのだから椿の呟きがはっきりと聞こえていた千羽陽はきょとん、とした表情で椿の言葉を復唱する。

「気にしないでいいわよ。千羽陽は可愛いわね」

千羽陽に柔らかな微笑みを向ける椿を見ている舞白は胸に小さな違和感を覚えた。

確かに今の兄さんは可愛らしいし、いつものように問題を起こすこともなければ椿に大して奇行をとることもない。けれど、椿はあんな笑みを兄さんに向けるような子だっただろうか?もっと、呆れた顔や見下げた顔を向ける子だった気がする。椿が子供好きというなら兄さんへ向ける表情の変化も納得はできるけれど、そんな風には見えなかったし…

舞白には椿の態度の変化が不思議に思えた。しかし舞白の気持ちなど知る筈もない2人は普段では想像もできない程仲良く、和やかに笑い合っている。舞白の違和感は増す。

「ねぇ千羽陽、一緒にお散歩に行かない?」
「おさんぽ!いきたい!…けど、おとーさまが」
「許可は取ってあるから大丈夫よ」
「ほんとー!?いく!」
「ふふ、じゃあ着替えましょうね。兄様、子供服ってあったかしら?」

まるで仲の良い普通の兄弟のような椿と千羽陽。

「…どうだったかな、聞いてみるよ」
「ありがとう」

楽しそうに笑う椿と千羽陽を置いて舞白は使用人を探しに行く。違和感。クスリ、小さな小さなわらいごえが脳髄を震わせた気がした。
視界に映った使用人の姿。舞白はいつもの笑みを浮かべて使用人に近付いていく。

「…あぁ、ちょっといいかな。家に子供用の服ってあったかな?」

  馬鹿だな。確かに響いた嗤い声に揺らいだ気がした。違和感はーー。


 

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