入園日
17/17


「千羽陽、今日から幼稚園に通うのよね?制服に着替えさせてきてくれる?」

もぐもぐと朝食を食べる椿は既に食べ終わっている舞白に千羽陽の支度を一任する。この家では何故か長兄が最も権限を持っているのだ。
舞白はそれが当然とでもいうように素直に立ち上がると歯を磨いているであろう千羽陽の元へと向かった。

遠ざかる舞白の後姿を見送ると共に食卓を囲んでいる中年の男性が口を開いた。

「椿よ、何故今更千羽陽を園に通わせる?あと一年もすれば就学するだろう」
「しつこいわね。お父様も納得したことでしょう?」

不満げに問い掛ける中年の男性、椿たちの父親に、視線を向けることもなく冷然と言い捨てる椿に男は不快感を露わにする。
椿はそんな男を呆れを含んだ瞳で流し見ると、弟達が近くに居ないことをちらりと確認しその身を男へと近付けた。ふわり、甘い匂いが男の鼻孔を擽ると同時に唇に温かな感触がした。
男の視界を独占した椿は艶然と囁く。

「物分かりの悪い男は嫌われるわよ?」

無意識に男の喉が鳴る。男が口を開き言葉を発そうとしたその時、ぱたぱたと廊下を走る音が近付いてくる。椿が男から身を離した数瞬の後、ひょこりと顔を出した舞白は困惑した表情で

「どうしよう兄さん、千羽陽が可愛い」
「…は?」

間の抜けた表情を晒している男を無視した舞白がもう一度「どうしよう…」と呟くと、幼稚園の制服に身を包んだ千羽陽がどこか恥ずかしげに椿たちの前へと姿を現した。

「あら、似合うじゃない。可愛いわよ、千羽陽」

兄達に褒められ嬉しそうに頬を染める千羽陽。を「可愛い…」と呟きながら眺める舞白。そんな2人を愛おしそうに見る椿。あぁ、なんとも和やかな光景である。

「…おとうさま、にあう?」

蚊帳の外であった男に、千羽陽はおずおずと窺うように問い掛ける。
千羽陽の後ろから責めるような舞白の視線が、隣から冷ややかな笑みを浮かべた椿が、男へと何かを訴えかけている。

「……あぁ、似合っている」

普段通りの仏頂面で男がそう言えば千羽陽の表情は一層明るさを増した。かわいい。

「兄さん、もう少ししたら千羽陽を送っていかないと」
「もうそんな時間?すぐに用意するわ」

ふと時計を見ればあと10分で家を出なければならない時間が迫っていた。
椿はすぐさま立ち上がると千羽陽の頭を撫でてから、ぱたぱたと用意へと向かった。家を出るまであと9分。



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