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体育祭の最終種目は、定番の借り物競争だ。
実況はここだけ、放送部から会計に変わる。俺がやった方が盛り上がるでしょ?とのことですうにゃいでっすねえ。
『さてさて、ついに最後の最後!みなさまお待ちかね、生徒会の登場だよ〜』
キャ―――!とすっかり聞きなれた黄色い歓声が場を盛り上げる。
そう、何よりこの種目には会計を除く生徒会全員が出場する。
そしてそして、生徒会が一緒ということで、同じレーンで走る人は生徒会狙いじゃない人だ。
さらにはっきり言うと、ノンケとして有名なひとである。もうストレートに言おうね柚弦が参加です。
いやその事実正直さっき知りました。ねえだからちゃんと晃希くんに教えてあげよう!!?
「おい、幸高とここで見てろ」
「うわ、会長だ」
宣言通りギリギリ島幸高と戻ってきた会長は俺の横に島幸高を立たせて、颯爽とレーンに歩いていった。
周りの黄色い歓声も意に介さない慣れ切った態度だぬ。これだから会長はねえ。
レーンにいる柚弦となにか話したかと思いきや、こちらの方を顎で示してたから、俺と幸高の居場所を教えたんであろう。
「ていうか装備万端でっすねえ?!」
一度とったはずの鬘と黒眼鏡が当然のように鎮座している。俺が伝えた言葉の意味とは。
「お前はそれでいいの」
「っ、よくない、よくないけど…、」
ちゃらりん、と最終レース用のBGMが流れて、島幸高との会話も途切れた。
「会長〜!がんばってー!!!」
「副会長素敵!」
「書記様…!」
「庶務のお二人は別レーンなの!?」
「双子対決!?どっち応援したらいいか迷っちゃう!」
「会計様の走る姿も見たかった…!」
「峯くーん!」
「ノンケの力見せてやれー!!」
ラスト種目だから、全校生徒が応援席にいる。続々と応援の声が掛けられて、応援団の太鼓が熱気を高めていく。
「ゆづるーん」
それに混じって声を掛けると、聞こえてないはずなのに丁度良いタイミングで柚弦がこっちを見た。
にこ、と間違いなく俺に向けて笑顔が返される。
なんだあのイケメンは。あ、俺の好きなひとか。
うん、と何故か頷いて、柚弦は大きく深呼吸をした。
「…柚弦、緊張してる」
「ラストだもんねえ」
「いや、なんかそういうんじゃなくてさ」
「ん?」
続くはずの島幸高の言葉は審判の声にかき消された。
『それじゃあ、位置について!』
『よーいどん!』
合図とともに、走者が駈け出す。
借り物競争はまず200メートル走ってから、各自机の上に置かれた箱の中からクジを引きお題を取り出す。
それぞれ引いた条件に当てはまるものを持って、さらに200メートル走ってゴール、という一般的なルールである。
『一番に箱までたどり着いたのは会長です!いやあ流石だねえ!まあみんな気を使って会長に一番譲っただけかもしんないけどね!!』
「おい、実況誰か黙らせろ!!!」
怒鳴り返しながら会長は一枚紙を抜くと、目を通すなり口角を上げた。走ったせいで髪が乱れていて、ちょっと刺激が強かったのか、何人かがしゃがみこんでる。罪な男だこと。
『そしてそして二番手は一年生の峯柚弦!文化部なのになかなか速いね〜!噂では彼を欲しがってた運動部もあったとか!てか、みんな寝不足だからって、ちょっと生徒会情けなくなーい?』
いやあ流石ゆづるんである。
えへへ、と何故か俺が嬉しくなって頬を緩ませてると、箱から紙を取り出した柚弦とまた目が合った。
(あれ?)
『まあ、でも借り物競争の勝負はここからだからね!いかに早く自分のお題と合うものが見つかるかがゴールの鍵!足の速さは二の次だし、みんな最後まで頑張ってねー!』
会計が盛り上げるなか、柚弦はそのままこちらへと走ってくる。
そして同時に会長もこちらへと走ってくる。
1、2位走者が二人も同じ方向へ走るものだから、にわかに応援席が騒然とした。
「うそ、こっちくるよ!!!」
「どうしよ、ドキドキする!!」
「選ばれちゃったらどうしよう!!」
走り込んでくる柚弦の姿だけを目が勝手に追う。走ってる姿もかっこいいなあ、なんてぼんやり考えて、ざわめく周囲の声も遠くに聞こえた。
だから、応援席へと駆け込んで、二人が目当ての人物の手を掴んで引っ張り上げたとき、現実に戻るにはすこし時間がかかった。
会長は島幸高を。
柚弦は俺を。
掴まれた腕の感触も、周囲の悲鳴も一斉に襲いかかってきて、
「…えっ?」
「ほっ?」
島幸高と二人して戸惑いの声を上げて、お互い顔を見あわせた。
「ほら、行くぞ」
「こーき、走って」
そのまま情報共有する間もなく、お互い引っ張られた。
握られた手が熱くて、突然の出来事についていけない足が時折もつれそうになりながらも、必死に柚弦と走る。
「えっ高南が走ってる!」
って、だからね、俺もちゃんと二足歩行してきたからね?
しかもみんなは知らないかもしれないけど、これ本日2度目の全力疾走だからね?
まあでも、俺を走らせることができるのは柚弦だけかなあ、なんて、これずっと前にも思ったなあって、思い出して、走ってるせいだけじゃなく、胸が詰まった。
(そうだよ、ずっと前から俺はね、柚弦がすきだよ)
4人とも転がるようにして、ゴールへと駆け込んだ。
突然の200m疾走にびっくりした心臓がばたばた暴れて落ち着かにゃー。いや、心臓が落ち着かないのは握られたままの手のせいかもしれなかった。
『1位到着は会長、そして2位は峯柚弦!…って、ちょっとみんな、諦めずに探してよ!?まだ答え合わせ終わってないから、逆転もできるかもだよ!』
そうだ、答え合わせ。
お題は、何だったのか、そして俺は、島幸高はその答えに当てはまっているのか。
『じゃあ順番通りに、会長からね』
つっても、お題なんか分かりきってるよね、とマイクに乗せずに会計は会長から紙を受け取った。
『会長のお題は』
「好きなひと、だ」
会計のアナウンスを待たずに会長が答えた。そのシンプルな答えに、生徒から悲鳴が漏れる。
いやいや今さらじゃん、って顔をしてるのは生徒会の皆様くらいで、一般生徒は阿鼻叫喚右往左往だ。
「えっえっ、なに!?なに!?」
そしてあたふたしてるのは連れて来られた島幸高も同じだった。
「な、んだよ、これ、どっきり?」
「幸高、わかってんだろ。俺はお前が好きだ。どんなお前もだ。なにがあっても俺が助けてやる」
会長が手を引いて、お立ち台へ島幸高を乗せた。
「だから、お前の本当の姿をここで見せてくれないか」
「俺は、でも、お前にそんなこと言ってもらえるような資格は、」
「幸高!」
柚弦の声に、びく!と肩を揺らした。
「大丈夫だよ」
その笑顔を見て、島幸高は大人しく鬘に手をかける。恐る恐るピンを外して、迷った末にそれを手放した。
風になびくキラキラした金髪は、太陽の下だと余計に美しく映える。
顔を隠す重たい眼鏡は下に落ちて、空より綺麗な碧が金色の隙間から覗く。
みんな、息を飲むのがわかった。
(…ほら、島幸高は綺麗じゃん、)
手のかかる俺のライバル。
「ごめん、ずっと、隠してきて、ごめんなさい」
マイクを持つ手が震えている。全校生徒の前で、コンプレックスを曝け出すのは、生徒会のみなさまのためにと声を張り上げてきたときより何倍も怖いに決まってる。
「でも、本当は、俺も隠したくなんかなかった。みんなみたいに輝けたらって、いつも思ってた」
じわりと目に涙が浮かぶのが見えた。それでもマイクを握りしめて、幸高は勢いよく頭を下げた。
「俺、多分これからも迷惑かけるし、怒らせることもしちゃうかもしれない。でも俺もこの学園の生徒に、なりたい。みんなと仲良くなりたい。こうやって、一緒に行事に参加したいってずっと思ってたんだ」
涙ながらに語られたそれに、非難の声なんてあがるはずもなかった。ミーハーな生徒が、島幸高の容貌に興奮を隠せないように語りあうのが見える。
「次は学祭だぞ!猫の手も借りたいくらい忙しくなるんだから覚悟しとけよ!!」
2分の1が真っ先に声を上げた。
それをきっかけに続々とクラスメイトから掛けられる声に、島幸高の表情が明るくなっていく。
「……うん、…うん、頑張る…!!」
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