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どこまで、走るの、島幸高!」

追いかけて追いかけて、よくわからない倉庫のような行き止まりにぶつかって島幸高はようやくその足を止めた。
遠くから競技中のBGMが聞こえてくる。

「なんで、追ってくるの!」

「逃げるからかねえ!?」

ちゃんと考えていることだってあるはずなのに、いっつも逃げ出すのは島幸高だ。

「って、ぅえ!?なにゆえ!?」

ぼろぼろとカツラの下から大粒の涙が零れている。

「っ、だって、また、晃希には勝てないなって…ッ!」

「はあ?!」

しゃくりあげるほど泣いている相手に、怒る俺っていう最悪の図なんだけども、仕方なくない?ないよね?
散々俺を打ちのめしてた人の言う台詞じゃないでっすよねえ?!

「どこが勝てないって!?」

「っ、俺はずっと晃希が羨ましかった、晃希みたいになりたかった…! 立場は同じなのに、似てるのに、どうして俺はうまくいかないんだろう、なんで、みんなみたいに、晃希みたいに輝けないんだろう、同じ色なのに!!」

泣き叫ぶ島幸高がその勢いのままカツラを引っ張った。ぶちぶちと髪を留めていたピンと千切られた髪の毛が地面に落ちる。

さらりと揺れる手触りのよさそうな髪。
島幸高の本当の髪。
綺麗な綺麗な、金色の髪。

「晃希のは綺麗なのに、自分のはそう思えない…!」

かしゃんと落ちた眼鏡の下からは碧色の大きな瞳が覗いた。
涙が膜を張って、きらきらと輝く。

島幸高相手に、つい儚いと思ってしまった。

「気持ち悪い色だ、自分でみて嫌になる!みんなと違う変な色!!なんで1人そんな色なのってずっと指差されて、先生すらあの子が変なんだって言って笑った!!」

綺麗な顔が涙で歪む。
金髪なんて、いまどき珍しくなんてにゃー。けど、小さいとき周りはそうだったかと言われればもちろんそんなことはなくて、いまだって外国の子どもに間違われることもしょっちゅうだ。
俺はその髪色でいじめられたことなんかなかった。いいなあって言われることの方がむしろ多かったくらいだ。

「学校も行きたくなくなって、夜の街にいったりしてた。そんなとき叔父さんが、うちの学園に来てみないかって言ってくれたんだ。学校は勉強するだけのところじゃない、いろんな人と触れあってみなさいって。俺はそんなの怖かったけど、叔父さんは味方だって。学園ではどんなに失敗しても、味方でいるから、思うように、したいことをして楽しくすごしなさいって」

乱暴に涙を拭って、島幸高が俺を見る。

「だから俺、ずっと晃希の真似をしてた」

「エッ」

俺ってどう思われてるんだぬ。島幸高がモテる理由を知ったとはいえ、疎まれる理由も思い知ってる俺である。つい真顔になってしまった。

「同じ外部生で、同じ人が好きで、同じ、髪色で。好きな人にアピールするのを、みんなが微笑ましそうに応援してる。歓迎会の案だって、晃希が出したって聞いた。みんな楽しそうで、俺もそうなれるかもって、提案してみたりした。なのにどうしてうまくいかないんだろう」

「いや十分すぎるほどうまくいってますが!?今日だって、ほとんどお前の案じゃん!生徒の楽しそうな声聞こえてきてるでしょ!?」

まあもちろん柚弦は渡しませんけどね!?
島幸高はどこからその水分が出てくるんだってくらい涙を垂れ流しているけど、言葉を止めるつもりはにゃー。

「お前がうまくいかないって思うのは、本当はお前が全然自分のやりたいことしてないからじゃないの」

自覚があったのか、島幸高は唇を噛みしめた。涙を溜めた目が俺に向けられる。

「……晃希みたいになりたかった。ふわふわしてて、自由で、怖くて苦しい学校の中で、明るく光って見える。柚弦が、そう絵に描いたみたいに」

「うん」

うん、どころか本当は奇声をあげて転がりまわりたいくらいだった。だっていまさらあの時の答えが降ってくるとは思ってなかったのだ。

「初めて友達ができて嬉しくて、その優しさに恩返しがしたかった。親衛隊に負けないって、傍にいるって言うことでみんながあんなに嬉しそうな顔をしてくれるなら、いくらでも言えるって思った」

「うん」

「好かれたくて、俺が言ってもらえたら嬉しいこといっぱい言った、周りのみんなが優しくしてくれて毎日楽しくて、それを壊したくなくてみんなの気持ちも気づかないフリをした、髪も目も、そのままは怖いから、朝早く起きて1人コソコソ鬘をつけた、そんな自分の全部が情けなくて大きっらいで…、本当は、こんなの着けたくなんてなかったし、俺は俺のままでちゃんと学園のみんなとも仲良くなりたかった……!」

「そうだよ、俺を目指す必要なんてにゃー。大体お前は俺がたまたまうまくいったところを見ただけだぬ」

役割だとか理想だとか考えるどころか、体当たりしてばっかりで、泣き喚いたし傷つけるし、潔く諦めたりなんてしないし、終いには気持ち確かめる前にキスもしました。

「島幸高はひとりぼっちだった自分を助けてくれるようなヒーローになりたくて必死だったのかもしれないけど、ただでさえ普通の会話下手なんだから無理することないんじゃないかぬ? 似合わないことするから空回るんでっすよ」

「さ、すが晃希は、はっきり言うなあ…」

「というか!お前は俺の最大のライバルなんだからねえ!!無理して理想の姿になんなくたって、自分がすごいってこと自覚してもらわなきゃこっちもやってられませんが!?」

「なんだそれ……。俺なんかを、晃希はそう思ってくれてたの」

「俺だけじゃにゃー、生徒会のみなさまはそんなお前が好きだって。お前はそれにどうやって向き合うの?」

「高南」

と、そこで会長が現れた。
島幸高の素顔にもなにも言わず、落ちていたままの鬘と眼鏡を拾い上げる。
慣れた手つきで俯いた島幸高の頭に鬘を乗せて、泣いた顔を隠すように引き寄せた。

「それ以上は俺が聞く。最終種目には間に合うから先戻っとけ」

流石は会長さま、いいところを遠慮なく持っていくなあ。


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