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「なんか会計会う度疲れた顔してない?」

控室で小腹を満たしていると、会計と副会長が仕事から休憩に帰ってきた。
タイミングよく、生徒会の皆様も補佐組も勢揃いだ。

「俺正直この立ち位置後悔してる」

面倒なことになってる、と言った会計が裏でどう動いているかは知らないけども、俺の出る幕でもなし、適当にひらひらと手を振る。

「まあ差し入れでも食べなさいな」

「サンドウィッチ貰ったんで!」

柚弦からキラキラとした笑顔で差し出されるそれを会計が素直に受け取った。
余談だけど、差し入れは高橋と三鷹からである。いつのまに2人とも仲良くなったんですかねえ、聞いてませんけども柚弦さん?

「ていうか、あんだけキャーキャー言ってたくせに、予算のことがあったからか、俺が声かけるたび『げッ』って顔してくるようになったの許せないんだけど…絶対あいつらの顔忘れないからね…」

「うわ怖っ」

この会計の場合本当にずっと忘れなさそうだ。

「差し入れ食べるなんて頭沸いたんですか?」

副会長が顔しかめるのに対して、会計が副会長も食べなよと呑気に促す。

「サンドウィッチに何も盛れないよ。送り主も配慮してわざわざ食堂で注文したみたいじゃん」

「……」

食堂のロゴがついたおしぼりを渡されて、副会長もそれ以上言い返すことはなく大人しく口に運んだ。

「…ちゃんと伝えなきゃって、きみ言ったよね」

「ぬ?」

「そんなのお花畑思考だけど、確かに曖昧にするからみんな出方を迷ってるっぽいんだよねえ」

ちらりと会計の目が島幸高に向く。

「……だからって、幸高を表舞台に立たせる必要ないでしょう」

「そう? ま、親友を制裁されちゃった副会長さまならそう言うと思ったけど」

「っ、」

「やめろ」

副会長が会計に掴みかかろうとした手を会長が止めた。

「親衛隊が、俺たちから幸高を遠ざけるべきか揉めてるのは事実だ」

「どうしたんだよ、喧嘩か?」

「いつものことじゃーん」

「気にしなくていいよ」

室内が騒然としたことに気付いた島幸高が声をかけるも、すかさず隣にいた双子が話を逸らした。

(だから、それじゃだめなんだって気付いてるんじゃないの)

ノンケ同盟の2人が密かに教えてくれた。
柚弦が、2人だけじゃなくて、学園の知り合いに俺と島幸高のことよろしくって言って回ってたって。
補佐のお披露目時に、拍手が返されたのはそういうことだったのか、って大分後になって知った。

きっと、知らないところでいろんな人の優しさに守られている。

会計と目が合うも、無理じゃん?という表情が返される。
無理な理由は1つに決まっている。島幸高を穏便に守りたいからだ。

確かに守りたいと思うことは立派だし、俺だって柚弦のことを守りたかった。けれど、その柚弦はいま俺の隣にいて、楽しそうに笑っていたりする。
本当は、俺なんかが守ろうとしなくても、大丈夫だったのかもしれにゃー。

それはきっと、島幸高も同じじゃないの。
俺の最大のライバル。いつまでも生徒会に守ってもらう何も知らない転校生なんじゃなくて、お前ももう、立派な学園の生徒なんでしょ? しっかり考えることも、改善することもできる。
これだけ学園に影響を及ぼしているのに、当の本人がいつまでも目を逸らして縮こまっているなんて許せにゃー。

「なんでそんな受け身なの。こっちから示してやればいいんじゃないの」

「……なにも考えずに行動を起こして、解決するとでも?」

「いくら考えてたって、伝わんなきゃ意味ないですけども」

ぐらりぐらりと、不穏な空気が揺れる。それでもここは引いたらダメなところだ。

島幸高を目立たせることに前々から反対だったらしい副会長に立ち向かう。
つい気持ちが白熱するとともに副会長の方へ足を踏み出した。

ぐらり。

「っあぶない!」

「ぉわ!?」

ぐるりと視界が揺れる。
突然腕を引っ張られてバランスを崩して、身体に衝撃が走ったからそのまま柚弦と倒れたのだとわかった。
ぼたぼたッと物が落ちる音がして、視界の隅に見えるいくつかの赤と白の物体。

これは知ってるぞ、と中学時代が蘇る。
なんてことはない、どの学校にもある、玉入れ用の玉だぬ。

無邪気に玉を投げていた、いつかの俺が話す。


―――いやいや事故ちゅーとか、漫画の中の話で、現実にあるわけなくない?

ちゅーどころか、うっかり歯とか欠けそうじゃない?うまいこと綺麗に唇が重なるとかどんな奇跡?


当時人気だったドラマの展開に盛り上がる同級生に、中学生の俺が言っていた。


「ん、んん?」

ぼやけるほど近くにある柚弦の瞳。ふに、と唇に何かが触れている。
ふと柚弦の睫が震えて、ばっとぬくもりが急激に離れた。同時に柚弦の背中からぼたぼたっと音がして、上から落ちてきた玉入れの籠から、柚弦が俺を庇ってくれたのだと気付いた。

「ごめ、っわ!?」

「ごめんじゃにゃー!!むしろラッキーなんですけどお!?」

身体を離されるまえに、腕を引っ張って場所を交換するように柚弦を押し倒して、今度は自分から思い切り唇を合わせた。

「ん…ん!?」

柚弦が戸惑っているのが手にとるようにわかる。けど、偶然の事故で終わらせるつもりなんてない。

「こう、」

「好きだよ、柚弦」

どうしても離れがたくて、もう一度した。
もう告白したし、わざわざ口を閉じてあげる必要もないなっていう思いが、今回も俺をおしゃべりにさせる。

「俺だけじゃなくて、みんな柚弦が好きだよ。傍にいたから知ってる。声を掛けてくれる人、助けてくれる人、協力してくれる人。嫉妬もおいつかないほど、柚弦はみんなに好かれてるんだよ。それを裏切っちゃうのが怖いって、敵になるのが怖いって、そんな心配したって誰も柚弦のこと嫌いになってくれにゃー」

全部捨てられるのかなって会計は言った。おかしなことを言う。捨てたって、誰も柚弦の傍から離れないのに。
本当にそうだったら、柚弦のたった一人にだって簡単になれるのに、そうじゃないからこんなに苦労してるのだ。
どんなゆづるんも魅力的だよ、知らないの。

「みんなの好意が信じられないなら、俺が何回でも言うよ。毎日でも言うよ。今日だって、競技に真剣に取り組むところが好き。それはみんなも好き。勝った時に本当に嬉しそうに笑うところが好き。みんなも好き。だれだっていつも柚弦のことが好きだよ。だから何も怖くないよ。今までもこれからもみんな柚弦のことが好きだよ。俺も好きだよ」

ひとつひとつ言い出したらきりがない。こんなに毎日毎日柚弦のことが大好きで、理由だっていくつでも余裕で言えるのに、それでも他の人に負けちゃうかもって思うくらい柚弦は人気で。

その柚弦と、キスしたんだ、いま。

「…柚弦は男とのキスは、俺とのキスは嫌だった?」

柚弦の瞳と唇が震えている。それでも視線は合ったままだったからそのまま待った。呆然とした様子のまま唇が開かれる。

「―――嫌…じゃ、」

「嫌だ!!!」

否定は遠くから上がった。立ち上がった島幸高の手からごとんとティーカップが落ちて、その音にハッと柚弦の意識が戻ったのがわかる。

「っゆき、ぅむ」

「ん、」

いいところだって言うのにすぐ他のことばっか気にかけるので、よいしょと唇を塞いだ。

「〜〜ッよ、容赦ねえ…!」

だって、嫌じゃないって言いかけた。柚弦の声は周りがどんなに騒がしくったって、その声が小さくたって聞こえる。

「ここからは俺と島幸高の戦いだから」

否定するだけして、どたどたと生徒会室から逃げる背中を追うのは、俺の役目だ。
そうですねえ、柚弦げっとにお前置いて挑もうなんてライバルに失礼な真似でした、反省するぬ。

「―――だから、」

これだけみなさまに好かれておいて、柚弦に優しくされておいて、また背を向けるの。今だって好きな人とのキスの余韻に浸るくらいしたいってのに、いい加減積りに積もったものが爆発する。

「逃げるな島幸高!!!!」

なりふり構わず叫ぶ。
部屋を出る前に振り返ると、唖然とした顔で固まってる生徒会の皆様。いってらっしゃいと柚弦が手を振ってくれる。それが笑顔だったから、足も心も軽くなった。

「とりあえずみなさまはあとのこと考えておいて!」

とにかく、島幸高に言ってやらなきゃ気が済まなかった。



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