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ぽろろんぽろろん、と耳元で電話の着信音が鳴って目が覚めた。

「寝落ち!」

どっぷりと日が暮れて、夏の夜とはいえ部屋が真っ暗である。
体育祭が間近にせまって、補佐も大忙しの生徒会業務に、部屋についてからの記憶がにゃー。

瞼ごしにも着信の光が見えて、ベットのうえでもぞもぞと腕を伸ばす。

「ほいほい~」

寝ぼけ眼のまま電話にでる。

『晃希っ、外、今外でてこれる!?』

「ゆづるんだ!?」

一気に目が覚めた。

「外っていまどこに?」

『いまは晃希の部屋の前』

へえ!?
とりあえず寝起きの顔を水で洗って、駆け出した勢いのまま部屋の扉を開けると、目の前にはツナギ姿のゆづるん。ウッ、かっこいい。

「はい、懐中電灯一個もって!」

「はい!?」

「来て来て!」

呼ばれるまま走る。時間が時間だからか、しーっと唇に人差し指を当てて、柚弦がいたずらっぽく微笑んだ。ううう起き抜けにとんでもないものを見せられている…!

そのまま寮の出入り口までくると、こんこん、と寮受付の小窓をノックする。

「お、来たね~、峯くん」

「約束通り30分だけ!」

「きっかり30分だからな~」

寮を管理する守衛さんが、カギを揺らしながら出入り口を示す。

「ありがとー!」

「真面目な峯くんの珍しいお願いだからね」

「ぜったいぜったい内緒にしてくださいね!」

「時間内ならね」

ゆづるんちゃっかり守衛さんとも仲良いぞ~、と内心うぐうぐしていると、再び腕をとられた。
カチっと懐中電灯のスイッチを入れられる。

「じゃ、急いで行こっか」

「どこに?」

「体育祭会場!」


お金持ち学園の敷地内には、寮をはじめいろいろな施設がある。今回体育祭会場となる第1競技場もそのひとつだ。
真っ暗な中、懐中電灯を片手に、会場を目指して走る。山の中にある学校だから本当に真っ暗だぬ。

「うおー!星がいっぱい!!」

「星?」

月がないからよりよく見える。こんな星空は見たことがなかった。

「降ってくるみたい!!すごい!!」

綺麗だね!すごいね!って興奮して何度も同じことを言ったにも関わらず、柚弦はその度にそうだね、すごいね、と繰り返してくれる。
好きだよって、言っちゃえばよかった。


「着いた!」

大分走ったというのに満面の笑みで柚弦は体育祭会場を指さす。懐中電灯に照らされて、達成感で赤くなった頬がつるりと光る。

「体育祭の看板、完成したの!」

ぱっと光が向けられた先に、「光紅高校体育祭」の文字が浮かんだ。

「お、わあああ…!!」

見上げるほど大きい看板は、アーチ状になっていて、まさしくイベントを飾るメイン看板だ。
持ってきた二つの懐中電灯じゃ照らしきれないほどのそこに、知識がない俺でも、じっくり構想が練られたとわかるほど、色が散りばめられている。

「ここはね、本当にメインだから、毎年有名なアーティストさんに頼んでやってもらってたところなんだ」

看板に圧倒される俺を見て、嬉しそうに柚弦がいう。

「俺がここの看板の制作に関われるとは思ってなかった……。実際に飾ってから手直しもして、今日ようやく完成したんだ!部での打ち上げも終わったし、晃希に早くみせたくて連れてきちゃった」

隣からずっと弾んだ声がする。

「晃希のおかげだよ。ありがと」

ありがとうって言いたいのはいつも俺のほうだ。
柚弦が傍にいてくれることが、どれほど安心するか。
俺に向けられる笑顔一つで、あれだけ圧倒された看板すらかすんで見える。


あれ、っていうかほんとに光がちらつく。


「って、ぎゃーーー!!虫寄ってきてるう!!」

「あははは! 山だしね?」

がつがつと次々に懐中電灯にぶつかってくる。山だしね!?

「サイズでかくない!?」

「山だしね?」

ゆづるん余裕ですねえ!?自分で持っている懐中電灯のスイッチを切ると慣れたようにぶんぶんと振って虫を払う。
わたわたと慌てる俺をみて、柚弦が肩口に顔を埋めた。

「笑いたければ遠慮なくどうぞ!!!」

虫に群がられる高校生がお気に召しましたかな!?
笑うたびに揺れる肩が、胸が、おいでって言ってるように見えたから、虫にびっくりしているふりをして抱き着いた。

「おわっ、びっくりした!」

かちり。懐中電灯を切ると、星明りだけが残る。

「これが幸せのぬくもり…」

「ふは」

ぎゅうっと抱きしめ返されてじんわりと身体が温まる。振動が伝わって、見えないのに、笑ってるんだとわかった。
すん、と匂いをかぐ。絵具に混じったゆづるんの匂い。
肩に頬をすり寄せる俺の背中を、とんとんと温かい手が撫ぜる。

ねえねえこれ期待しちゃだめなのかなあ。
夏の夜。じんわり汗をかいてるのに、離れたくないなあって思ってしまうこと。同じように抱きしめかえしてくれること。

期待しちゃだめなのゆづるん。

延長タイムはどこまで、って聞くのを忘れていた。


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