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さて、柚弦が生徒会補佐になったといっても特権はないし、そもそも授業免除とかの特権を使うほど仕事をしなきゃいけないわけでもにゃー。みんなが参加になってとりまとめが大変なので、仲介役として生徒会とも関わるようになるけど許してね!っていうのを明らかにしたともいう。まあ、その許してね!で許されるか否かっていうのがこの学園では何よりも大事な部分だったりするわけですけども。
生徒会の仕事は主に放課後で、俺の知らない友達に会うことも、1人図書館に行くことも、大好きな部活にいく時間も減っちゃって。俺の傍にいてねっていう実行力の伴ったわがままは、責められてしかるべきなのに、結局のところ優しく受け止められてしまった。
(やっぱり、俺のわがままには、柚弦を振り回す力はないのかあ…)
柚弦が恐る恐る触ってた華美な生徒会室の扉も、俺にとっては何の価値もない。えいえい、と指先で叩きながら開けると、ちょうど大きな窓から夕陽が差し込んだ。
「あれ? 晃希だ。おつかれさまー!」
光のなかから優しい声が降る。
「柚弦だ」
「あはは、眩しい顔してる」
「そうでしょうねえ」
生徒会室にはちょうど誰もいない。夕陽に包まれた俺の好きな人だけがいる。
茶色い髪と目がきらきらしていて、今までみたどんな装飾品より綺麗だと思った。
「ゆづるん、何残り?」
「このあと、委員長会議あるみたいで。会長さんとでることになってんの。それ待ち〜」
柚弦の人脈頼られすぎだぬ。
事務処理がほとんどな俺とは反対に、柚弦はよく会議に連れまわされている。一般生徒と生徒会の繋ぎ役として任命されたとはいえ、柚弦の人たらしっぷりがどんどん明らかになるので、ちょっと流石の俺も嫉妬が追いつきません。
あれだけ恐れ多いって言ってたのに、今じゃ当たり前のように会長さんとも連れだって歩いているわけですからね。
「生徒会室って最上階にあるから、景色よく見えるんだね」
窓から外を見下ろして、柚弦がほう、と息を吐いた。
「この学校って、こんな綺麗だったんだ…」
ゆづるんのほうが綺麗だよ、とか、少女漫画でも今時ないくらいの台詞が思い浮かんでしまって、口の中がかゆくなった。
誤魔化すように当たり障りのない話題を口に乗せる。
「部活行けなくて残念だね」
「ん、部活はそのあと行くよ。いま、美術部で体育祭芸術班担当してるから、みんなで居残り! それで俺も、メインの看板、生徒会の仕事のご褒美に携わっていいって!!」
展覧会は?って聞いたらそっちにもしっかり話がいっているとな。
柚弦の生徒会参加が喜ばれたどころか、体育祭の装飾に大きく美術部が関わるようになったこともあって、むしろ活動が精力的になったという。忙しければ忙しいほど燃えるというか、1人私用で駆り出されるのと、学校行事に部活動として携わるのでは意味合いが違うということかぬ。
そういえば、美術部の部長に正式に依頼しにいった会計が「結構長いこと同じクラスだったんだけど、初めてあんなめっちゃキラキラした目向けられてなんかわかんないけど心が痛い…」と落ち込んでいたような。
性格がいいとは言えない会計、純粋な好意に耐性なさすぎでっすよねえ。
「柚弦は生徒会補佐になったこと後悔してない?」
「ん? めちゃくちゃ楽しいよ?」
なんでそんなこと聞くの?と、首を傾げたあと、むに、と俺の両頬を掴んだ。
「あ、もしかして今更気にしてんの?そりゃ選ばせたのは晃希かもしんないけど、決めたのは俺だし、責める気なんてないよ」
「むええええ」
俺の思惑めちゃくちゃバレてる。
「あはは、変なかお」
「この美少年になんてことを!」
「ふ、あはは、うんうん、美少年美少年」
楽しそうに俺の頬を弄り倒しながら、ふざけた言葉を繰り返した。
じわじわと触られている両頬が熱を持っていく。撫でて、と甘えればそのまま手は頭に移動した。
俺が諦められないの、絶対柚弦のせいもあるなあ。傷ついたって柚弦の自業自得だこれ。
「いつも楽しそうすぎて、会計がドン引いてるもんね」
「えっ、引かれてんの!?」
笑ってる顔が好きだ。ふにゃりとくずれるそのさまが柔らかくて、涙も柔らかいんだろうな。未練がましくそう思った。
「峯、来てるか」
「あ、会長さん」
癒しタイムの終了だ。
「可愛い晃希くんもついていってあげよう〜」
「いらねえ。お前は鍵閉め係」
ぽん、と軽く手渡されたのは、生徒会室の鍵。
「……鍵だ!?」
みんなのアイドル、生徒会しか持つことのできない鍵を、一般生徒に渡されても。
もちろん悪用する気なんてこれっぽちもないけれども。
「これまずいのではないかぬ?」
「はあ? お前も生徒会補佐だろうが?」
「いやそうだけども、島幸高に渡すならともかく」
「幸高に渡したらそれこそマズいだろ、あいつぜってぇなくす」
あれっ、会長島幸高のこと好きなはずでっすよねえ?
そんな疑問が顔に出ていたのか、会長が笑った。
「好きだぜ? ま、一応トップだからな、あいつのダメなところもやらかしてるところも知ってる。そんなのはいくらでも直して、教えてやりゃあいい。そんなことよりあいつがしてくれること、その方が俺たちにとって重要だった、それだけの話だ」
突然惚気られたぞ。
俺の惚気には舌打ちで返すくせに、自分はちゃっかり惚気たぞ。
わあーと素直に感心しているゆづるん。
えっ今のでいいの?今のでいいのかゆづるん!?だったら俺にときめいてくれていいんでっすよ?
会長の堂々とした背中を柚弦が追う。
去り際、柚弦が振り向いた。
「そうだね、本当はちょっとだけ部活は残念かも」
両手の人差し指と親指を立てて、上下にくっつける。俺に向けて景色を切り取るように四角形を作った柚弦は、それを覗き込むようにして片目をつむった。
「描いてみたい絵、最近増えてるから」
「……? 夕陽、きれいだもんね…?」
「あはは、そうそう! 最近はそういうのが多くて、だから楽しいよ」
俺が気にしなくてもいいようにそう言ってくれたんだろうか。
子どもみたいに無邪気に笑ってくれちゃってえ…。
柚弦の笑顔のなかでもレアである。
俺を見てって言って柚弦を生徒会に引き入れたのに、俺がますます好きになってどうするぬ。
「おバカさんめ…」
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