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生徒会の情報が回るのは相変わらず早い。
会計にも言われたし、みんなにもきちんと伝えなきゃですねえと眠い目をこすって早めに登校すると、何か聞きたげな様子のクラスメイトがおはよう、といつも通りを装って挨拶してくれる。
「あれ、今日は柚弦と一緒じゃねぇのな」
「美術部?」
「それもあるし、俺が早起きした」
「へえー…」
聞きたいけど、聞いていいのかどうしようみたいな雰囲気である。みんなの視線があちこち彷徨って、それぞれ目が合ったりそらされたり。
「…みんな言わないから僕が言うけど」
声を上げたのはトランペット少年塔野だった。
「峯君引き込むのはやりすぎじゃない?一度断ったの、僕ら見てるよ。優しさにつけこんだんじゃないの」
「そうだよ。俺の人生で一番のお願いをしたの」
真面目な塔野にならって、真面目に答えると、ハッとさらに大きな目が見開かれた。
「あれっ、待ってもしかして2人何か進展あった系!?ちょっと生徒会とかどうでもよくなってきた!!詳しく話して!!」
その言葉に固唾をのんで見守っていたクラスメイトが湧いた。
「えっマジ!ついに!?告ったん!?」
「うそ、いつの間に振られてたの!?」
「だから振られてねえええ!!」
「うわ怖っ!いつもの語尾は!?お前顔整ってんだからマジギレこぇーんだけど!」
遠慮なく背中を叩いて、俺を弄るクラスメイト。会計もそうだけど、当たり前のように振られる前提すぎない? 本当に応援してくれてる? ねえねえ?
柚弦を巻き込んだこと責められるかと思いきや、普通に盛り上がってくれてて拍子抜けだぬ。
「おーはよー、何の話で盛り上がってるの?」
騒がしい教室に入ってきたのは話題の中心、ゆづるんだ。
僅かにクラスに緊張感が走ったのを感じたのか、首を傾げた柚弦が俺を見る。
どくどくと早くなりつつある心臓を落ち着けるように一息吸った。
つい手が挙動不審で動いてしまうのを防ぐように、わざと柚弦を指さす。
「あっ、優しさにつけこまれたゆづるんだ!」
「えっ、やさ、なに、あは、あははは!」
朝っぱらから突然突き付けられた台詞に、ゆづるんの動揺はそのまま笑い声に飲みこまれた。
「てか、つけこま、つけこまれたって、あはははは!」
通常運転すぎる。
島幸高が生徒会の補佐に立候補したときも、俺が加わったときも、周りがごちゃごちゃしたの十分すぎるほど知ってるくせに、いつも通りの笑い上戸っぷりだぬ。
ずるい手を使って柚弦を傍において申し訳ないって思ってる俺がついていけないくらいだ。
えっ、みんなのアイドル、生徒会の補佐をやることになった一般生徒の反応ってこんな感じ?こーきくんが気にしすぎ?
恋だけじゃなくて、いろんな面に関して鉄壁の防御すぎない?
だだだだ、と廊下を走る音がして、再び教室のドアが勢いよく開けられた。知らない複数の顔が柚弦の名前を呼ぶ。
「お前、生徒会補佐ってまじかよー!」
「強く生きろよ!」
「なにかあったら骨は拾ってやる」
「力になれることあったら言えよ」
1人1人、柚弦に声をかけていく。俺の時とは違って、何人も。
「あははは、みんなしてなにー!てか、めっちゃ他人事だけど、聞いてねぇの?確かに俺も補佐って名前つくけど、準備はみんなもやるんだよ?」
「「「「「えっ?」」」」」
「よろしくネ!」
ぽかんとした顔が一斉にこっちを向いたので、とびきりかわい子ぶってウインクを飛ばしておいた。
そんなわけで。
柚弦属する美術部はもちろんのこと。
競技中の審判は該当する運動部。
簡単な大道具は工作部。
来賓のおもてなしは茶道部や華道部。
司会や実況は放送部。
パンフレットやポスターは広報部。
その他諸々。
俺も知らなかったいくつもの部活に少しずつ、仕事が割り振られる。
「この学校は良い家柄が集まるから、行事1つとってもお金を回す思惑があってね。特にお偉いさんがくるようなイベントは注目されててさ。毎年、寄付とかもらう代わりに行事で芸術家の作品発表の場を提供したり、企業に仕事を依頼してたりしたんだよね」
そもそも、普通はそれくらい生徒がやるんじゃないのって、俺と島幸高が首を傾げていたら、会計が仕事の合間に教えてくれた。親衛隊のことも学園のことも好きじゃなさそうなオーラを出しているわりに、3年だからか詳しいぬ。
「新歓で小型機器使ったのだって、大量受注による雇用の生産とか新ネットワーク、システムの実践的な検証の場として意味があったわけだし」
「ほほう」
「…だから、今さら突然今年はお願いしません、なんて言ったら絶対怒られると思ったら、その逆だった」
会計が珍しく素直に笑う。
「応援してるなんて言われちゃってさ。会長なんて嬉々として仕事振り分けてるし、みんな、各所に頭下げまくってわけわかんないくらい忙しいけど、なんか、全然嫌な気持ちじゃないんだよね」
「『部活動も大事だけど、俺らの見せ場はそれだけじゃないしな!』って言ってた!」
「『体育祭は親も来るし、部活のアピールにもなるんだよね!』って言ってた!」
ぴょっと挙手してクラスメイトの様子を報告すると、島幸高も真似して続いた。
「わがまま言ってみるもんだ〜」
「君はもっと考えて行動すべきだと思うけど?」
残念ながらその結果がこれなのですねえ。
俺は柚弦を巻き込むって選択をしたけれど、それって考えてみれば島幸高と同じことだ。
自分を見てほしくて、諦められなくて俺は柚弦を巻き込んだけど、島幸高はどうして俺を指名したんであろー。
なんだかんだ、親衛隊から制裁されることもなく今日まできている。
「島幸高はなんで補佐立候補して、俺を選んだの」
どうせ隣にいるしねえ、と思ってついでに聞いてみた。
「みんなで行事に参加してみたかったから!」
「いやそれ何回も聞いたけど、補佐関係にゃー!!」
俺が号泣かましていた間、新歓でうきうき楽しげだったのは誰だ。
ていうか本当にそれなんだ理由が!?
「晃希にとっては大したことじゃないかもしれないけど、俺中学は保健室登校で友達いなかったし、学校行事、みんなとやったことなかったから」
「ウッ」
「それに、外部生の俺は、変えるのが役割だって」
「う?」
役割? 誰だぬそんなこと島幸高に言ったの。
ぽかんと島幸高を見ていると、そのまま続けていいと判断したのか、話す勢いのまま立ち上がった。
「だって、特権がつくなんておかしいと思ったんだ! 思わないの? 授業も出ないで生徒会だけ働いておかしいって、俺が、『一般生徒の俺』が思うんだから、みんなだってそう思うでしょ? 特権なんてなくても手伝いたいって、ていうかみんな学校行事の準備したいって、思うもんじゃないの?」
あれ? なんか、違くないかぬ?
島幸高への認識がズレていく。
「あんなにみんな、歓迎会楽しそうだったじゃん…。だから俺、もっとみんなが行事に参加できるようにあのお願いをしたのに、どうしてみんな怒るの? 外部生の俺と晃希ならなんとかできるって思うのは、悪いこと?」
「こっ、言葉が足りてにゃーーー!!!!」
つい俺まで立ち上がってしまった。がらりと島幸高像が崩れて眩暈がする。
コミュニケーション下手か!?
あとそんな思惑あるなら巻き込む俺にあらかじめ言おうね!?びっくりしちゃって勘ぐっちゃうからね!?
島幸高は、生徒会には言ったのか。
働いている皆様に、俺も一緒に頑張るよって。
誰もが一目置いて、有能だから問題ないって教師すら当たり前に欠席を見送るなか、大変なら俺も手伝うって面と向かって言った島幸高に確かに皆様は救われたのかもしれにゃー。
(だから、みなさまも島幸高のために変えようと努力したんだ)
自分の言いたいこともちゃんと伝えられないほど不器用なくせして、生徒会のためにって声を上げた優しさを知っているから。
「こんな山の中で寮生活、なんて高校で、外部生の受け入れする目的なんて、大抵が異なる価値観と触れる〜みたいな、そんなもんでしょ? それにここの理事長さん、幸の叔父さんだしね」
「余計なことを吹き込んだのはトップでしたか!」
そりゃ学園が変わるのも早いはずですねえ!
島幸高に好意を寄せている生徒会と学園のトップが全面的にライバルの味方とは!
どうやら転校生という立場でいろいろ頑張ろうとしていたらしい島幸高(そのほとんどが空回っているわけだけれども)。
そんなことはつゆ知らず、ときめき学園生活を満喫していた俺である。
「まあ肩書きは利用するものであって、肩書きに利用される俺ではないからね!?」
「うん、だから君はもっと考えて行動すべきだと思うけど」
そうは言ったって、島幸高も生徒会もいつだって俺の予想を超えてくるんだし、俺が変えたいのは柚弦の心だけですし!?
俺のテンパった台詞にも、「晃希はすごいなあ」と口にする島幸高はやっぱり謎だ。
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