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「わああ……扉の装飾めちゃくちゃ凝ってるなあ…」
「生徒会室を前に遠い目をしてどうしたのゆづるん」
項垂れる柚弦に白々しく聞く俺である。
「…つい勢いで調子に乗ったこと言っちゃったけど、やっぱり、俺なんかが生徒会の手伝いなんて恐れおおいよね…?」
「柚弦のいけめんぱわあなら大丈夫大丈夫〜」
「超適当じゃん…」
「本当に大丈夫だよ」
珍しく柚弦が弱腰だ。
えへへ、こーきくんが今日も元気でごめんなさいね?
言質は取りましたからね?
生徒会室を目指して階段を上るごとに、口数が少なくなっていく柚弦とは反対に、うきうきと柚弦の腕の握りしめてきたこーきくんです。
柚弦が躊躇しているので、代わりにさくっと生徒会室の扉を開ける。
「生徒会のみなさまより、柚弦のほうがかっこいいよ」
「ちょ、」
よいしょーと背中を押して生徒会室に柚弦を押し込む。「おわあ…」とか無防備な声を出しながら震えてる柚弦の顔には俺がここいていいのって戸惑いが張り付いているけど、うんうん、豪華な室内も似合います、流石は柚弦です。
しかも柚弦がいるだけで、生徒会室の居心地が最高になりますねえ。
真っ先に俺たちに気付いたのは会計だった。
「あれっ、失恋2号なにしてんの、生徒会室に一般生徒連れて来て」
「失礼なあだ名をつけられている!」
隣のゆづるんが申し訳なさそうにしているよ!
あと気付いてるか知らないけども失恋1号が後ろでへこんでいるよ、もちろん島幸高のことだよ。
「失恋は!してません!まだ!!」
「「まだ〜」」
指さしてきた双子にもこーきくんは負けません。
「え、だって振られたんでしょ?」
「保留という言葉をご存知かな?」
「それ日本人特有の断り文句だってネコちゃん知らない?」
「知らにゃー!」
泣いてた俺を知ってるくせに相変わらず意地悪な会計に噛みつけば、何故か笑顔が返ってきた。おまけに元気になってよかったねとか言われたぞ。俺にされてもときめかないし、会計のことだからなにかしら魂胆がありそうである。一応一般生徒の柚弦がいるからイケメンアピールしてるのか。
まあそれは置いといて、柚弦を連れてダムダムひたすら書類に印を押している生徒会長の机の前まで進む。
今日も今日とて忙しいからね!ちょうどいいね!
「お手伝い要員として、峯柚弦を連れてきました」
「なに勝手なことしてんだ。俺じゃなかったらぶん殴ってんぞ」
「つまり会長さんなので?」
口の端が持ち上がり、さらには自慢げに顎も上がった。手の中の会長印がくるりとまわる。
「…どうせこうなると思って、学校側には打診してある」
「偉そうにしてますけど、発案は幸高ですからね」
「だって、みんなばっかり忙しいって、やっぱりおかしいじゃん!」
名前を出されて気を取り直したのか、島幸高が声を上げた。
「学校行事はみんなでやるものだろ!」
俺が柚弦のことに必死になっていた間、いつの間にか学園に変化があったようである。
柚弦のお手伝い参加は、俺が言うまでもなくほぼほぼ決定事項となっていた。
「ゆづるん知ってたの!?」
「えっ知らなくてそんなノリノリで俺連れてきたの!?」
そう! 連れてきたの!
「金城先生からもちょっと声かけられてて」
「そういう大事なことは晃希くんにも教えてあげよう!?」
要は島幸高が、生徒会のみなさまに負担が集中していることに異を唱えたらしい。
もっと仕事を分担すべき。同じ学生なんだからみんなで協力すべき。
そういう意見が各所に届き始めた。
そもそもの発端は、島幸高が歓迎会の賞品として生徒会の手伝いを申し出たことにあるらしい。
島幸高が生徒会のサポートに入ることが、学園の生徒に衝撃を与えたことは言わずもがな。
と、同時に教師陣にも衝撃が走った。
―――えっ、手伝いがいるほどあいつらヤバいの?
社会を学ぶ役割も求められているとはいえ、学生の本分は学業。
なまじ優秀だっただけに、特権を使えば生徒会だけで仕事をこなせてしまったのが良かったのか悪かったのか。
生徒会の欠席が目立つ現状を振り返り、教師陣が焦りを覚えたというわけである。
「生徒会は基本的に独立してるっつーか、放任っつーか」
「権力握ってるといえば聞こえはいいけどね!!」
「ようやく生徒会の業務量が発覚したというわけですね」
「行事はみんなでやってこそだもんな!前の歓迎会もずっごく楽しかった!」
島幸高が話すたびに黒い鬘がもふもふと揺れる。何回か揺られたところで、ぴたりと柚弦の方を向いて止まった。
「柚弦も楽しかったよな…?」
「ん、そうだね」
珍しい島幸高の控えめな態度にも、生徒会の皆様はいつかのような過剰な反応をしなかった。
それどころか、頑張って話す姿を見守る親のような目線だ。
島幸高が柚弦に失恋したからって、その余裕な態度はいったいなんだというんだぬ…。
(いまだに島幸高をライバル認定している俺が馬鹿みたいですねえ)
でも、島幸高には勝てないという思いが消えずにいる。相手はすっきり失恋をして、俺は多分それより近くにいれている、はずなのに、島幸高と柚弦が話す姿を見るたび、身体のどこかが冷える気がする。
お金持ち学校に不似合いな見た目。
場違いな声量。
突飛的な行動。
そこかしこで陰口は聞こえてくるのに、生徒会の中心にいる島幸高はいきいきとして見えた。
(…あの絵で、なにがわかったの)
聞いたらそれこそ負けを認める気がして、あれ以来島幸高と話したことはにゃー。
「ま、そんなわけで、一般生徒を準備に参加させるにあたって、まず生徒会との繋ぎ役として新たに補佐の白羽の矢が立ったのが峯くんというわけ!」
若干私情も入ってるけど、教員の賛同すぐ得られたしよかったね!と、会計が両手でピースサインを作る。
「今後のことも考えて3年より1年」
「人間関係問題なくて、生徒からの信用がある」
せーの、とわざとらしく双子が声をそろえた。
「「おめでとう、学園の良心!」」
ぱちぱちと書記が送る拍手がわざとらしさに拍車をかける。
「学園の良心!?なにそれ?!」
「いや俺もちょっとビビったんだけどね?」
会計が柚弦に向かって人差し指を立てた。
「運動部会総部長は」
「えっと、友達のお兄さん?」
中指を立てる。
「文化部会総部長」
「美術部の部長ですね」
薬指を立てる。
「放送部長は」
「前委員会でお世話になった先輩」
とんとんと同じような問答を繰り返し、両手の指が上がりきったところで、会計が表情を引き締めた。
「一般生徒ってこんな顔広いもん?おまけに評判もいいときたら利用させてもらうしかなくない?」
「はっきり利用って言った!」
「や、少しでも役に立てるなら嬉しいですけど…」
「みんなでやった方が楽しいもんな!」
心の底からそう思っている弾んだ声の島幸高の後ろで、澄ました顔の皆様が着々と準備を進めている。
そうだね、「島幸高1人を巻き込むと難癖つけられるなら、もっと全体巻き込んじゃえ」っていう下心見え見えですね?
頭いいからうまいこと理屈つけてますけどね?
「ネコちゃんネコちゃん」
生徒会の皆様の潔さに感心していると、小さな声で会計に呼ばれる。
こういうときいいことないんでっすよねえ、と思いつつも素直に近づくと、ぽん、と頭を撫でられた。
しかも。
「峯くんの人徳もあるけど、最終的にはさ、ネコちゃんの働きが認められたからだってさ。急に入ることになったけど、しっかり働いてたし、特権がないかわりに補佐を増やしても問題ないだろうって判断されたみたいだよ」
よく頑張ったじゃん。
と、穏やかに微笑まれてしまった。
「居心地悪くしてた原因ほとんど会計だから全然ときめかにゃー」
「せめて喜べや。…でも、あの峯くんを生徒会に引き込むなんてどんな手を使ったわけ? 補佐候補にはなってたけど、あの子断ってたらしいじゃん? もちろん、『俺なんかが恐れ多いし』みたいな謙虚と善意の塊の言葉でね。そりゃ、下心のない賢い子はこんな悪意も羨望も集まる立ち位置断って当然だし、断るからこそ学園の良心なんだし?」
数分前の柚弦を見てきたかのように、会計が言った。
ほら、やっぱりいいことにゃー。探るような目で見られて、痛い腹がうずうずする。
答えないと柚弦のところへ返してもらえなさそうだったので素直に吐いた。
「縁を切ろうって迫ってみた」
何言ってんだコイツって顔された。
「……てっきり既成事実でも作るのかと思ったら、やっぱり君も、何も知らない外部生なんだね」
「も?」
「君はいいよね、軽々しくそう言えて。…君がそうやって適当に生きれるのはさ、峯くんすきって言ってられんのはさ、どうせ君にとっちゃこの学園なんて高校時代のただの思い出でしかないからでしょ? 別にうまくいかなくても、嫌なことがあっても、こんな辺鄙な学園からバイバイして、新しく生活スタートできることを知ってるからだ。君が今までの友達と離れてここにきたみたいにね」
音が聞こえそうなほどの勢いで青ざめた柚弦を思い出す。何を言ってるかわからないという顔。
「縁切るなんて、できるわけないんだこっちはさ。みんないいとこの坊ちゃんなんだから。卒業後も取引相手だったり、競合相手だったりするわけ。ここでの言動が将来に影響するから、みんな自分の領分を超えた行動をしようとしない。…やっぱり君とは、住む世界が違うのかもね」
何も言わない俺を見て会計は肩を竦めた。
その立場を利用してチャラチャラしておいて、なんだか否定するような物言いだ。
会計の言ってる意味はわかっても、全然納得はしてにゃー。ただうまい言葉も見つからないので、適当にふぬーんと相槌だけ返しておく。
「まあいいや。峯くんいると交渉捗りそうなのは事実だし。あ、クラスメイトへの説明はよろしくね☆」
説明もなにも、俺が俺のために結局柚弦を巻き込んだっていうそれだけの話なんですけども。
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